鳴かない杜鵑-ホトトギス-(鳴かない杜鵑 episode1)

五嶋樒榴

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跳ねる水

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警視庁の特別捜査本部に水帆が入って来た。

「また会うと思わなかったな」

ニヤリとして疾風に声をかける。
疾風は特に声をかけるでもなく一礼した。
水帆がわざわざ警察庁から応援に来ると言うことは、この事件も難航かと疾風は思った。

「犯人と思われる人物から送られた映像を流します。気分の悪くなった方は、我慢せずに退室してください」

水帆が言うと、スクリーンに映像が映し出された。
女性がベッドに手足を縛られて身動きが取れず、泣き叫んでいる。薄暗くて顔も良く見えない。
資料を見ると、第1の被害者だった。
しばらくして、薄暗い中で被害女性の体にだけ光が当たり、身の毛もよだつ画像が繰り広げられ、その衝撃映像を見て口に手を当て退出する捜査員が後を絶たなかった。
場面が変わり白い食器の上に、被害女性の体の一部と思われる物がのり、犯人らしき男がそれをフォークに刺してナイフで切り、口に入れそうなところで画像は終了した。
100人以上いた捜査員が半分近くほどに減っていたが、それでも残った者も皆顔を下に向け吐き気と戦っているようだった。
ずっと直視していた疾風は、また猟奇殺人かとうんざりしていた。

「以上のことから、この連続殺人事件は……」

水帆が説明する間にも、数人が脱落していった。

「やはり、君は顔色1つ変えずだったね」

会議が終わり、楽しそうに水帆が疾風に言う。

「やはり、って。仕事ですから、仕方ありません。確かにかなり衝撃的でしたが。しかし、残忍な犯行ですね」

資料を抱える水帆が大変そうで、疾風が無言で資料を持ってあげる。

「ありがとう。そうだね。残忍すぎる。こう言う人間の思考をどうにかして断絶したいものだ」

スタスタと水帆は歩くが、歩幅の違う疾風はゆっくり歩いているように見える。

「好きな相手を食べてしまいたいと思うものかな?」

不意の質問に疾風は水帆を見つめる。

「さっきの2人は恋人同士、と言う感じではありませんでしたよね。2人目の被害者も出ているわけですから、完全に倒錯した犯人の身勝手な犯行でしょう」

疾風がまともに答えると、水帆は疾風をじっと見つめる。

「真面目だな。固定概念をなくして、想像しないと、犯人の思考を理解できないよ」

挑むように水帆が言うと疾風は笑う。

「そっち側の人間じゃないので、頭のイカれたカニバリズムを行う犯人の思考まで理解できませんね」

プロファアリングチームの部屋に入ると、デスクの上に運んだ資料を置いた。

「助かったよ。コーヒーでも飲んでいく?」

「いえ。犯人確保のために、聞き込みして来ます。しかし、あの画像をわざわざ見せた意図は?」

疾風の質問を、水帆はコーヒーサーバーのコーヒーをカップに入れながら聞いている。

「どうせ殆どの捜査員が脱落して見れなかった。分かっていたのでは?」

「分かっていたが、あれが現実だ。あれを見た捜査員たちがどっちに転ぶと思う?俺はその正義感に発破をかけただけだよ」

コーヒーを啜って水帆は少年のような顔で微笑む。

「本当ですかね?俺にはあなたが楽しんで見せたとしか思えなかった。失礼します」

入り口で疾風はそう言うとフッと笑って出ていった。

「……面白い、男だ」

水帆は楽しそうに呟いた。
捜査一課に戻ると、やっと吐き気が収まった部下達に疾風は指示を出す。ケロッとした態度に部下達は疾風を見つめる。

「主任、よく平気でいられましたね。俺なんて、今夜1人で家に帰るのだってゾワゾワしそうなのに」

「俺は感受性が強くないんだろ。ありのまま、現実と捉えているだけだよ」

疾風の言葉に部下達はさすがと言う。


好きな相手を食べてしまいたいと思うものかな?


そのセリフを聞いた時、疾風は真幸が浮かんだ。
別の意味で食べてしまいたい。
早くこの腕に抱きしめたいと思った。


もう、どれくらい会っていない?
そろそろヤバいか?
あとで、電話ぐらいかけておくか。


疾風はそう思うと、遺体発見現場周辺の聞き込みに向かった。
水帆はデータをパソコンで見ながら、犯人の動機などを考えていた。
ふと泉水のことが頭に浮かんだ。
スマホを取ると泉水に電話をかける。

「ああ、泉水。俺だけど」

『どうした?』

「泉水こそどうしてるかと思って。問題は解決したかい?」

水帆の質問に泉水は笑う。

『なかなか無理っぽい。恋人にまで心配をかけている不甲斐ない男になってるよ』

自虐的な言葉に水帆は笑う。

「今夜、時間あるかい?」 

『いつも急だな。ちょっと待って』

泉水が予定を調べているようだ。

『午後から視察に行く場所があるんで、20時近くになりそうだけど? 』

「俺は構わないよ。じゃあ、前にあったホテルのラウンジで」

約束を取り付けて水帆は電話を切ると、また仕事を再開した。

夕方過ぎに、疾風は捜一に戻ってきた。デスクで書類の整理をする。
とりあえず仕事がひと段落したら真幸に電話をかけようと、書類をまとめるペン先の動きも早くなる。
窓の外の夜景を見つめる。だいぶ陽が落ちるのが早くなってきた。
大人しく自分からは連絡をしてこない真幸を思う。
確かにメールは突拍子も無い画像を添付して来るが、真幸からは滅多に電話もかけてこない。
真幸は全てに受け身だなと疾風は思うとつい顔が緩んだ。

「恋人を想いながら仕事?」 

水帆の声に疾風は顔を上げる。
なんでこうも鋭いし、自分に絡んでくるんだと思った。

「俺が思う犯人像。読んだ後に君の意見を聞きたい」

水帆からファイルを受け取る。

「なぜ俺に?」

疾風が尋ねると水帆は疾風をジッと見つめる。

「君なら冷静に判断してくれそうだから。とても優秀だと思っているし」

「買いかぶりです」

そう言いながらも、ペラペラとファイルの中身を確認する。

「何か参考になったら教えてくれ。じゃあ」

水帆は捜一から出て行った。疾風はデスクの引き出しから紙袋を出すと、ファイルをその中に入れた。
水帆が何を考えているのか、全く理解できなかった。
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