インシデント～楜沢健の非日常〜

●目には目を歯には歯を●

プロローグ

2020年。

夕飯を買いにコンビニにやって来た戸辺重夫となべしげおは、弁当とカップラーメン、ペットボトルの清涼飲料水をレジで会計し、鼻歌を歌いながら自宅のアパートへと向かった。
カンカンと階段を登り、部屋の前でジーパンの後ろポケットから鍵を出す。
ガチャッと玄関を開けて中に入ろうとした時だった。外廊下に置いてあった洗濯機の影から人影が動き、あっ！と思った次の瞬間には、腰に激痛が走っていた。
部屋の中に重夫は崩れ落ち、刺した男は素早く玄関の扉を閉めた。

「……このッ！……クソッタレ」

グッと強く刺されながらも重夫は声を絞り出して振り返り、犯人の顔を確認しようとした。
フードを被ったその相手は、鋭い眼光で重夫を睨む。

「誰だ？お前……」

重夫はその顔に見覚えはなかった。

「いてーよー。いてー」

力が入らなくなってきて、重夫はその場に蹲る。
震える手で腰に手を当てると、ヌルリとした感触に寒気がしてきた。

「いてーよな、そりゃ。刺されたんだ。血だって出てるもんなー」

ようやく重夫に話しかけたのは、弟の復讐のために乗り込んできた黒井純也くろいじゅんやだった。

「……お前、マジ、誰、だよ」

重夫は誰だか見当がつかない。刺された事で出血し、寒気がして体が震えてきた。

「お前の仲間の2人も、もう片付けて来てやったよ」

純也は笑って重夫の傷を足でグッと踏みつける。
重夫は恐怖と痛みで声がもう出ない。

「礼は返した。じゃあな」

純也は何事もなかったように玄関の扉を開けて、重夫の部屋を後にした。