インシデント～楜沢健の非日常〜

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健の親友で新聞記者の鵜飼大知は、懇意にしている警視庁捜査一課の管理官、神城一成かみしろかずなりと河川敷の公園で落ち合い離れてベンチに腰掛けていた。

「県警の取り調べでは、櫛野麗花は東田が妻の朱鷺子の首を絞めて殺したと証言した様だ。東田の妻の死後2人だけの生活になり、次第に麗花は東田に殺意を募らせ、ペンションの一室で情事の後寝入った東田を刺殺し、東田が妻にした同じ方法で遺体を損壊したらしい」

証言したのは実はミラであって、本体の麗花は依然眠り続けている。
ペンションの一室。それは、1番良い部屋が荷物置き場になっていて健が不審がっていた場所だった。
そもそもその部屋で麗花は禄郎に性的虐待を受けており、居住部分の寝室で禄郎が朱鷺子を殺害してからは、その部屋が禄郎と麗花の寝室になっていたのだった。

「しかし、屍蝋化なんて現実にあるんだな。聞いた時は驚いて調べまくったよ」

かなりのレアケースに、大知も聞いた時は興奮した。

「東田朱鷺子の怨念だったのかもな。頸部が綺麗に残っていたから、扼殺（手や腕など、体を使って首を絞めて殺害する事）による吉川線も犯人の指紋も発見出来たんだから」

頭部も切断されていたが、首の部分に朱鷺子が禄郎に殺害された決定的な証拠が残っていた。
禄郎に扼殺された時、もがき苦しんだ朱鷺子が禄郎の手を解こうとした時に、自らの手で首を傷つけたのだった。その時の傷が吉川線と呼ばれる。

「朱鷺子の首や体に残っていた指紋と、東田禄郎の私物の指紋が一致した事で直接の死因が扼殺だと認められ、東田が死体損壊、遺棄だけでなく殺人罪でも書類送検された。ただ、当の麗花の問題が残っている」

神城は1番の問題を指摘する。

「刑法39条か」

刑法39条。心神喪失者は罰せず。
麗花の責任能力の有無を判断する時、解離性同一性障害の麗花が、犯行時解離状態だったのかが争点になるのだ。

「確かに、麗花も被害者だった事は考慮され、殺人罪で起訴されても減刑の対象になり得るが、もし別人格の犯行だと認められれば麗花は無罪になるだろう」

それは司法の判断であり、警察はもう何も手出しはできない。
ただ、それが本当に正しい判断なのかは誰にも分からない。

「事件があまりにも大きく話題性があるから、記事にするのにも神経を使うよ」

大知はヤレヤレと言う顔になる。

「そうだな。きっと俺も、もう二度とこんな事件を知る事はないだろうな」

神城もしみじみと語る。

「じゃあ、また何かネタがあったらよろしくね」

大知は立ち上がり神城と別れると、直ぐに健に連絡を取り内容を伝えた。