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●愛したのが始まり●

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2016年。

石浜静真いしはましずまは、もう机しか残っていない自分の部屋を眺めていた。
この春、高校を卒業し、就職先の東京へと引っ越すのだった。
住み慣れた実家から離れ初めての一人暮らしに、希望と不安が入り混じっていた。

「静真。なんだか何もない部屋を見ると、一気に寂しくなるな」

静真の部屋を覗いたのは、父の石浜弘いしはまひろしだった。

「うん。俺が5歳の時に引っ越しして来て13年間暮らした家だからね。部屋に机しかないと、すっげー広く感じるね」

静真はしみじみ思う。

「別にいつでも帰って来れる距離だ。仕事に慣れるまでは大変だろうが、いつでも帰ってくれば良い」

「うん。ありがとう、父さん」

静真の笑顔に、弘も微笑む。

「母さんは?」

「下で料理を持たせるって色々作ってるよ。荷物になるからよせって言ったんだが」

キッチンにいる母の石浜裕子いしはまゆうこは、一人息子の旅立ちに、食事が特に気になるのだった。
そのため朝早くから、いくつもの静真の好物を作ってはタッパーに詰めていた。

「嬉しいよ。当分母さんの手料理も食べられないからさ」

静真はデイパックを背負うと、階段を降りて裕子のいるキッチンへ向かう。

「母さん」

静真が声をかけると、裕子はびっくりして振り返る。
その目は、真っ赤で泣いているのが分かった。

「もう、泣くなよ。別にいつでも帰ってくるからさ」

「……そうだけど。分かってるけどさ。寂しいよ」

我慢が出来なくなり、裕子はタオルを目に当てる。
キッチンの入り口で、弘は優しい顔で裕子を見つめる。

「母さん。美味しい料理いっぱい作ってくれてありがとう。大事に食べるよ」

静真の優しい言葉に、裕子はタオルで顔を隠したままうんうんと頷く。

「クーラーバッグに入り切るか?保冷剤これで足りるか?」

布製のクーラーバッグに、料理の入ったタッパーと保冷剤を弘が入れてくれた。

「わ!やっぱ重いや」

静真は笑いながらクーラーバッグを肩に担いだ。

「なんでも困ったことは、たとえ小さな事でも連絡しろよ」

「毎日電話するからね!風邪ひかないように、夜更かしはほどほどにするのよ」

心配する両親の顔を交互に見て、静真は終始笑顔で頷いた。

「分かってます!じゃあそろそろ行くよ」

静真は玄関から出ると、車のトランクに荷物を詰め込む。
弘と裕子も駅まで見送るために車に乗り込んだ。
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