溢れる雫

五嶋樒榴

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ウヰスキー

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それから比呂志は、時間がある時には積極的に弥生に電話を掛けた。
季節はシトシトと雨が降る梅雨の時期に入っていた。
話せば話すほど比呂志は弥生に夢中になり、もう彼の話しを全くしなくても、会話が続くようになっていた。と言うより、不思議と弥生が彼の話を全くしなくなっていた。
どうせなら弥生と直接会ってもっと話をしたかったが、どうしても誘う勇気がなく、今は弥生との繋がりを大事にしていた。
でも、比呂志にとっての幸せな時を揺るがす日がやってきた。弥生の恋人の命日の日、6月18日がやってきたのだ。
この日比呂志は、利益相反行為の売買の登記に関わる、取締役総会議事録の作成の為に、弥生の会社の法務部に打ち合わせに来ていた。18日だったのでやはり取締役は黒のネクタイ。しかも、今日は三回忌でもあり、社内全体が静粛だった。そして朝から降る雨が余計に悲しみを増幅させていた。
「もう遠山くんの三回忌か」
法務部長がポツリと漏らした。
「遠山くんは、先生に交通事故の処理をやってもらっている、秘書の中林さんの恋人だったんだよね」
比呂志は知っていたので、あえてなにも返事はしなかった。
「あの事故がある前は、彼女はとても天真爛漫な性格だったのに、今は彼女の笑顔が少なくなって本当に寂しいよ」
法務部長が言いたいことは分かる。比呂志だって彼女の心からの笑顔が見たいのだから。
その弥生は仕事を休んでいた。三回忌法要で恋人遠山和也の家族から呼ばれて、和也の実家の愛知へ出かけていた。
法事も終わり、弥生は和也の部屋で和也を感じていた。
「弥生さん。今まで本当にあの子を大切に思ってくれてありがとうね」
和也の母親は、そう言って弥生の手を握った。
「やめてください、そんな。私は、今でも和也さんの恋人だと思っています」
弥生の言葉に、和也の母親は首を振った。
「もう充分よ。結婚していた訳でもないのに、ここまで弥生さんを引き止めてしまってごめんなさいね。あなたはあなたの人生を生きなきゃいけないの。これを区切りに、和也のことはもう忘れていいのよ」
弥生を思ってのことだと言うことは十分わかっていた。でも、そんなに簡単に気持ちの切り替えなど弥生にはできなかった。
「私は和也さんだけなんです。和也さんの思い出を、これからもお母さんとお父さんと共有させてください!」
弥生は必死にすがりついた。和也の母親は再び首を振った。    
「お願いよ、弥生さん。和也の為にも幸せになって。自分を犠牲にしないで。そんな事はきっと優しい和也のことだもの、望んでなんかいないの。お願い、分かって」
和也の母親の言葉に、弥生は今まで自分が独りよがりだったと思った。
和也を失って、一番苦しい思いをしていたのは和也の肉親なのだ。
きっと弥生が今のままでは和也の両親だって、弥生に負い目を感じながら生きていくことになる。
それを感じ取った弥生は、涙ながらも和也との別れを承諾するしかなかった。
弥生が新幹線で東京に帰る途中に比呂志から電話が入った。比呂志はまだ事務所で仕事中だったが、弥生が気になって席を外して電話をかけた。
スマホが鳴り比呂志だと分かると、慌てて弥生はデッキに出て電話に出た。
「はい」
力なく、弥生は返事をした。
「月島です。今日は彼の三回忌だったよね。俺も用があって君の会社に昼間行ってたんだけど、流石に会えなかったのでなんとなく気になって電話しました」
比呂志の優しい声に、弥生は泣き出してしまった。
「弥生さん?」
びっくりして、比呂志は心配になった。
「今日は会社休みました。今、彼の三回忌法要の帰りです。私、彼のお母さんから言われました。もう、和也を忘れなさいって」
弥生の言葉に比呂志は嫌な予感がした。
「やっぱりあの時、私も死んでしまえば良かった。そうしたら、こんなに苦しくなかったのに。今私は、和也のそばに行くこともできないんですもの」
嫌な予感がより一層濃くなり、比呂志は今どこにいるのか尋ねるも弥生は言わない。
「先生との電話楽しかったです。先生は一度も和也の存在を否定しなかった。ありがとうございました」
弥生が電話を切らないように比呂志は続けた。
「待って!俺はまだ君に言ってないことがあるんだ!正直に言うよ!俺は君が好きだ!電話したのも下心だよ!君がいつか、彼を忘れればいいってずっと思っていた!俺はそんな卑怯な奴なんだ。それにまだ言ってなかったけど、俺は本当の愛なんて信じてなかったんだ。君に会うまで!」
弥生は比呂志の必死な声をじっと聞いた。
比呂志の叫ぶ声が聞こえ、仕事中の弁護士達やパラリーガル達がびっくりして、姿はないが比呂志の声がする方を見る。でも比呂志は他に聞かれているのも気付かず構わず続けた。
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