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日本酒
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あの湿気はどこへ消えたのか、緑の葉も赤く染まり、銀杏の美しい黄金色の葉が街並みを彩る中、華道家、周小路宗嗣、27歳は、久しぶりに訪れた街にある、静かな佇まいのバーの重厚なドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
妖しい雰囲気の美しいマスターが宗嗣を出迎えた。
「お久しぶりですね。それに今日はお着物とは。初めて拝見するかもしれません」
宗嗣は身長こそ普通だが、姿勢が良く細身、中性的な顔立ちに切れ長の一重の目が印象的なイケメンで、着物姿もとても似合っていた。
「今日は銀座で師範たちの集まりがあって、僕も借り出されました」
やれやれと言った感じで言いながら椅子に座る。
「そうでしたか。それはお疲れ様でした」
マスターは優しく労う。
「せっかくのお着物ですし、本日は最初のお飲み物も、和ではいかがです?」
マスターが雰囲気に合わせて進言してみた。
「良いですね。バーで日本酒も粋ですね」
楽しそうに宗嗣も同意した。
マスターは、江戸切子の美しい酒器揃を出すと、キンキンに冷えた日本酒の瓶をカウンターに置いた。
「純米大吟醸の越乃景虎です」
徳利に注がれ、宗嗣の前に出された。
江戸切子の美しさが、バーのライトで浮かび上がりキラキラしている。
マスターが盃に注ぐと宗嗣はクイっと一気に飲んだ。
「全くマスターは相変わらず粋ですね。枡ではなく、江戸切子とは」
「良い酒は是非、余計な香りが無い方がよろしいですから」
マスターの美意識の高さも気に入って、宗嗣はこのバーに訪れる。
「最近はお忙しいようですね。こちらにお見えになったのも半年ぶりですか?」
マスターは美しい所作で景虎を注ぎながら宗嗣に尋ねた。
「そうですね、それくらい経つかも。ここ最近見合いの話ばかりで華道とは関係ないことで多忙でした」
うんざりした顔で宗嗣は言う。
「仕方ありませんよね。周小路家の次期当主でお家元となると、お父様も早く落ち着かれて欲しいでしょうから」
涼しい笑顔でさらっとマスターが言うので、宗嗣は面白くない。
「それは一般論でしょ。僕はまだ結婚なんてしたくありませんよ。しかも政略結婚なんて、時代錯誤だ」
イラつきながら宗嗣は吐き捨てた。
マスターは腕組みしながら、唇に指を当てる。
「政略結婚ですか。どこのご令嬢で?」
静かなバーで、他の客に聞こえないようにマスターは囁いた。
「丸葉銀行の頭取の娘です」
宗嗣もそっと囁いた。
大手都市銀行の頭取の娘と聞いて、マスターも流石に驚いた。
「それはまた、厄介なお相手ですね」
妖しく笑いながら言うと宗嗣はむくれた。
「絶対、楽しんでるでしょ。勘弁してくださいよ。僕は本当に彼女とは無理です」
宗嗣は首を振った。
「お顔はご覧になりましたか?」
まだまだ楽しくてしょうがないマスター。
「見ましたよ。先日見合いさせられましたから。とても綺麗な方でした。確か23歳だったかな。飛鳥さんと言います。僕のファンだと言って、自分の父親に見合いの話をして、僕は家元の言いつけ通り見合いもしました」
女性雑誌の企画で宗嗣の写真が載って、それを見た令嬢が一目惚れをしたと言う事だった。
「宗嗣さんには、ほかに好きな方がいるんですね。だから乗り気になれない」
宗嗣は頷き、悲しい目をする。
「その通りです。でもまだ晴美に気持ちも告白してません」
片思いだと知り、マスターは、ふふふと妖しく笑う。
「まだお話にもなりませんね。まずはその晴美さんを振り向かせるのが先決では?」
宗嗣はカウンターに片肘をつき頬づえをついた。
「分かってます。でもね、晴美とは幼馴染で、ついそんな雰囲気になったことがないんです。今彼氏がいるかも分からないし」
弱音を吐く宗嗣の空になった盃にマスターはまた景虎を注ぐ。
「では、いっそのこと、告白してうまく行ったら駆け落ちでもなさったらいかがです?」
マスターの突拍子もない提案に宗嗣は固まった。
「令嬢を振ると言うことは、家元の顔に泥を塗ることになるのでは?もしかして丸葉銀行に融資を受けていたりしてません?いくら令嬢の頼みといっても、華道会で5本の指に入る一水流の次期家元とそう簡単に結婚とは行きませんよね?なのに家元は見合いまでさせている。それを断るとなると、尚更勘当でもされなければ、令嬢も納得いきませんよね」
涼しい顔で、いとも簡単に言うマスターに、宗嗣は恨めしい目で見る。
「やっぱりマスターは鬼です!ドSです!」
「いらっしゃいませ」
妖しい雰囲気の美しいマスターが宗嗣を出迎えた。
「お久しぶりですね。それに今日はお着物とは。初めて拝見するかもしれません」
宗嗣は身長こそ普通だが、姿勢が良く細身、中性的な顔立ちに切れ長の一重の目が印象的なイケメンで、着物姿もとても似合っていた。
「今日は銀座で師範たちの集まりがあって、僕も借り出されました」
やれやれと言った感じで言いながら椅子に座る。
「そうでしたか。それはお疲れ様でした」
マスターは優しく労う。
「せっかくのお着物ですし、本日は最初のお飲み物も、和ではいかがです?」
マスターが雰囲気に合わせて進言してみた。
「良いですね。バーで日本酒も粋ですね」
楽しそうに宗嗣も同意した。
マスターは、江戸切子の美しい酒器揃を出すと、キンキンに冷えた日本酒の瓶をカウンターに置いた。
「純米大吟醸の越乃景虎です」
徳利に注がれ、宗嗣の前に出された。
江戸切子の美しさが、バーのライトで浮かび上がりキラキラしている。
マスターが盃に注ぐと宗嗣はクイっと一気に飲んだ。
「全くマスターは相変わらず粋ですね。枡ではなく、江戸切子とは」
「良い酒は是非、余計な香りが無い方がよろしいですから」
マスターの美意識の高さも気に入って、宗嗣はこのバーに訪れる。
「最近はお忙しいようですね。こちらにお見えになったのも半年ぶりですか?」
マスターは美しい所作で景虎を注ぎながら宗嗣に尋ねた。
「そうですね、それくらい経つかも。ここ最近見合いの話ばかりで華道とは関係ないことで多忙でした」
うんざりした顔で宗嗣は言う。
「仕方ありませんよね。周小路家の次期当主でお家元となると、お父様も早く落ち着かれて欲しいでしょうから」
涼しい笑顔でさらっとマスターが言うので、宗嗣は面白くない。
「それは一般論でしょ。僕はまだ結婚なんてしたくありませんよ。しかも政略結婚なんて、時代錯誤だ」
イラつきながら宗嗣は吐き捨てた。
マスターは腕組みしながら、唇に指を当てる。
「政略結婚ですか。どこのご令嬢で?」
静かなバーで、他の客に聞こえないようにマスターは囁いた。
「丸葉銀行の頭取の娘です」
宗嗣もそっと囁いた。
大手都市銀行の頭取の娘と聞いて、マスターも流石に驚いた。
「それはまた、厄介なお相手ですね」
妖しく笑いながら言うと宗嗣はむくれた。
「絶対、楽しんでるでしょ。勘弁してくださいよ。僕は本当に彼女とは無理です」
宗嗣は首を振った。
「お顔はご覧になりましたか?」
まだまだ楽しくてしょうがないマスター。
「見ましたよ。先日見合いさせられましたから。とても綺麗な方でした。確か23歳だったかな。飛鳥さんと言います。僕のファンだと言って、自分の父親に見合いの話をして、僕は家元の言いつけ通り見合いもしました」
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宗嗣は頷き、悲しい目をする。
「その通りです。でもまだ晴美に気持ちも告白してません」
片思いだと知り、マスターは、ふふふと妖しく笑う。
「まだお話にもなりませんね。まずはその晴美さんを振り向かせるのが先決では?」
宗嗣はカウンターに片肘をつき頬づえをついた。
「分かってます。でもね、晴美とは幼馴染で、ついそんな雰囲気になったことがないんです。今彼氏がいるかも分からないし」
弱音を吐く宗嗣の空になった盃にマスターはまた景虎を注ぐ。
「では、いっそのこと、告白してうまく行ったら駆け落ちでもなさったらいかがです?」
マスターの突拍子もない提案に宗嗣は固まった。
「令嬢を振ると言うことは、家元の顔に泥を塗ることになるのでは?もしかして丸葉銀行に融資を受けていたりしてません?いくら令嬢の頼みといっても、華道会で5本の指に入る一水流の次期家元とそう簡単に結婚とは行きませんよね?なのに家元は見合いまでさせている。それを断るとなると、尚更勘当でもされなければ、令嬢も納得いきませんよね」
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