溢れる雫

五嶋樒榴

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日本酒

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今日は、湾岸の新築高層ビルの完成披露があり、その大ホールでライブでの生け花の依頼が一水流にあり、早朝から十数人のスタッフや弟子を連れて宗嗣はステージの準備をしていた。
招待客の中には、丸葉銀行頭取の名もあったので、飛鳥も来るかと宗嗣は嫌な予感がした。
「宗嗣!」
久し振りに聞く晴美の声に宗嗣の心は踊り、声の方に顔を向けた。
「晴美も来てたんだね」
嬉しそうに宗嗣は駆け寄った。晴美の隣に立つ35歳前後の優しそうな顔立ちのスーツを着た男にも目線を移した。
「このビルを建てたのは我が社ですもの。こちらの乾さんのチームが担当していたの。このビルの我が社の事業が終了と同時に今は私の部に配属されて、私の上司でチーフなの。乾さんがチーム代表で今日お呼ばれしたので、私も勉強のためについてきちゃった」

こいつのせいで晴美は仕事が忙しくなって朝も会えなくなったのか。

宗嗣は心の中で思った。
「乾です。周小路さんのお噂は、よく彼女から聞いています」
乾は名刺を差し出し、険しい顔で宗嗣は受け取った。
「周小路です。晴美がいつもお世話になってます」
宗嗣が言うと晴美は笑った。
「やだ、幼馴染だからってまるで父親みたい」
宗嗣はケラケラ笑う晴美の腕を取り、乾と離れ耳打ちする。
「今夜、話がある。しばらく会えなかったから、話したいことがいっぱいあるんだけど」
宗嗣の真剣な顔に晴美は少し困った顔をする。
「今夜は……」
そう言って晴美は乾を見る。
「良いわ。分かった」
晴美はそう言うと、バッグからシステム手帳を出して、何かを走り書きした。そしてその部分を切り取ると宗嗣に渡した。
「このメモの場所に来て。20時に」
晴美はそう言って笑顔で手を振り乾と去って行った。
乾の事が引っかかりはしたが、宗嗣は今夜晴美に告白して、いざとなれば家を捨てる覚悟でいた。
マスターが言ったように、駆け落ちでも良いさ。俺はやっぱり晴美が好きなんだ。
宗嗣はそう決心すると力が漲り、その勢いのまま、ステージでの生け花披露も大成功をおさめた。
招待客の中に飛鳥がいなかったことにホッとしながら、飛鳥の父親に捕まらないように、その後のパーティーは遠慮してとっととビルを出た。
スマホにLINEが入り誰かなと宗嗣は見た。飛鳥だった。
見合いの席で、半ば無理矢理交換させられたのを宗嗣は忘れていた。飛鳥もLINEしてきたのは今日が初めてだった。
【本日のステージとても素敵でした。大成功おめでとうございます】   
そのメッセージにやっぱりあの場に来ていたのかと宗嗣は思った。
【ありがとうございます。飛鳥さんにお願いがあります。今回のお話は白紙にしてください。僕はあなたと結婚する意思はありません】
宗嗣のLINEはすぐに既読になったが、飛鳥からは返事がなかった。
20時少し前に、晴美が指定した店に着いた。カフェだったので、晴美と落ち合ったら場所を移せば良いと宗嗣は思った。
晴美はもう来ており、宗嗣も急いで席に着いた。
「この後どこかでご飯でも食べながら話をしよう」
とりあえずコーヒーを頼み嬉しそうに宗嗣が言うと、晴美は首を横に振った。
「ごめんね。この後約束があって時間があまりないの。でも、宗嗣とても話したがってたから、大事な用事かなって思って」
晴美は本当に時間がないのか、テーブルの上に置いてあるスマホをチラッと見た。
「約束って、誰?」
つい宗嗣は言ってしまった。なんとなく予想はついている。でも認めたくない。
「午前中に会った乾さん」
やっぱりと思って宗嗣は一瞬目の前が真っ暗になる。
「いつから?付き合っているんでしょ?」
畳み掛けるように宗嗣は詰問する。
「去年、社内合同の飲み会があってそこで仲良くなって。私の部に入って来て、すぐ付き合い始めたの。最近一緒に暮らしてる」
宗嗣は何も言えなかった。
朝に会えなくなった理由まで分かると思わなかった。
今までもお互い違う人と付き合ってはいたが、それでもいつも晴美が好きで晴美を忘れられなかった。でも、もうこれが最後なんだと自覚した。
「………そっか。会った時から、あの乾って人と、ただの上司と部下ではないのは、本当は薄々感じてた」
晴美は居心地が悪かった。乾にはちゃんと許可を取ってここにいるが、乾が面白くないと思ったらと思うと気が気では無かった。晴美は乾にぞっこんだった。
「私のことは良いわ。宗嗣の話は?」
晴美に尋ねられ、お前が好きだとは流石に言えず宗嗣は黙った。
沈黙で居辛い晴美と何を言って良いか分からない宗嗣。
「黙ってないで」
晴美がそう言うと、宗嗣は深呼吸をした。
「良かったね、彼氏優しそうで。俺は無理矢理見合いさせられて困ってるさ。まだ結婚する気もないし、見合いとかで結婚て僕の中でありえないって思ってるし」
宗嗣は無理に笑ってみせる。話を始めてくれて晴美もホッとしていた。
「そっか、そんなことあったんだね。話したいことってそれだったんだね」
宗嗣は晴美の顔をじっと見つめ、テーブルの上の伝票を取ると立ち上がった。
「時間ないでしょ。彼と幸せに」
精一杯の笑顔でそう言って、宗嗣はカフェを出た。
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