溢れる雫

五嶋樒榴

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あの出会いから、出会ったスーパーに行っても、なかなか美女と美少年の親子に会う機会もなく、颯人も半ば諦めていた。
そして1ヶ月も経つ頃には、その想いも薄れ、気分次第で何人もの女性とその場限りのゲームを楽しんでいた。
仕事に向かう途中の駅で何か揉めている声が聞こえて、颯人は半ば野次馬根性でその様子を見に行くと、駅員の隣にいる女性に、あの美女がそっぽを向く美少年を連れて頭を下げていた。
颯人は野次馬を割って美女に近づいた。
「おい、どうしたんだ!」
颯人が声をかけると、美女は颯人を見て驚いた。
「……息子が、こちらの女性の手を電車の中で握ってしまって、痴漢と間違われて」
美女が颯人に説明すると、痴漢を主張する20代くらいの女性は興奮気味に言った。
「間違ってないわよ!この子、急に手を伸ばしてきたのよ!手を握られたけど、もしかして、他を触ろうとしたんじゃないの!」
ギャーギャー騒ぐ被害女性に堪らず颯人は言った。
「こいつは自閉症児なの!障害児なの!わざとじゃないんだから、ギャーギャー騒ぐなよ!」
颯人が大声で訴えると、小柄の美女は大柄の颯人を自分の目線まで屈ませると頬を引っ叩いた。
あまりの事で、被害女性も、駅員も、野次馬もびっくりしてシーンとなった。
1番驚いたのは、颯人だったが言葉が出ない。
「望亜の事、何も知らないのに、知った風に言わないで。やってはいけない事は、障害児も健常児も一緒なの。そんなの言い訳にならないの」
美女は被害女性に再び頭を下げた。
「本当にごめんなさい。二度とこんなことしないように注意します。本当にごめんなさい」
美女の態度に、流石の被害女性も大人しくなった。冷静になって周りの視線を感じたからだった。
「本当に気をつけてね!」
と言ってそそくさと立ち去った。駅員も収束したと思い持ち場に戻った。野次馬も引いて行った。
颯人はまだ放心状態だった。美女は颯人に頭を下げた。
「前にトイレで助けてもらって、今だって助けに入ってくれたのに、引っ叩いてごめんなさい。あなたに言われたことについカッとなって。本当にごめんなさい」
美女はしきりに謝り、返事もしない颯人の前を息子と共に立ち去ろうとした。
ハッとした颯人は美女の腕を取った。
「俺は二度も助けてやったんだ。お礼に俺と飯喰え」
支離滅裂な言葉を吐いて、颯人は無理やり駅から美女親子を連れ出した。びっくりしたものの美女は颯人に従った。
3人はステーキ屋に入った。美少年がハンバーグが好物だと言ったからだ。
「コーン、コーン」
サラダバーのコーンとプチトマトだけを、美女親子はサラダボウルに入れてきて、美少年は嬉しそうに食べ始めた。
「本当にごめんなさい。つい感情のまま叩いて。イライラをあなたにぶつけて」
まだ恐縮している美女に颯人は言った。
「まだ名前聞いてなかったな。俺は神原颯人。息子はのあって言うの?そう呼んでたよね」
美女は頷いた。
「私は佐田唯香です。息子の望亜。希望の望に亜と書いてのあです」
唯香はテーブルに指で字を書いた。
熱々の鉄板のハンバーグが唯香と望亜の前に置かれ、分厚いステーキは颯人の前に置かれた。
唯香は望亜のハンバーグを食べやすい大きさに切り、熱いからフーフーね、と教えている。
「誘っておいて言うのも変だけど、こんなところ誰かに見られたらまずかったか?」
冷静に颯人が言う。
「いえ、私、シングルマザーなので、気にする人もいないです」
シングルマザーと聞いて、颯人は心の中でガッツポーズをした。
「シングルマザーで育てるのは大変?確かに俺は自閉症児って奴を分かってないけど、あんたを見るたび放っておけないんだよ」
真剣な表情で颯人は言った。
「正直大変です。小さい頃は今以上に目が離せなくて、気の休まる時が無くて。夫とは若い頃に結婚したから、望亜の障害が分かってからは毎日喧嘩ばかり。夫はほかに女性を見つけて離婚。それからは、私の実家に手伝ってもらって育ててきましたが、今は父が体を壊して、母もこの子の面倒は見きれなくて、実家で一緒に住んでますが両親には頼れなくて」
美味しそうに食べる望亜の顔を2人でじっと見つめた。
「そっか。ねえ、良かったら、友達にならない?これも何かの縁だろ。俺は、あんたと望亜ともっと仲良くなりたい。まだ会ったの2回目だけどダメかな?」
なぜか必死に訴える颯人の姿に唯香は笑った。
「友達っていいですね。はい。よろしくです」
美女の笑顔に、颯人は内心メロメロになった。
「あ、望亜っていくつ?それと唯香も」
唯香と呼ぶ時、ちょっと声が上擦って、颯人は恥ずかしくなった。
「望亜は中3です。私は36」
36と聞いてびっくりした。颯人より5つ上だが、年下にしか見えなかった。
「俺は、31。ホストクラブのオーナーしてる」
ホストクラブと聞いて唯香はちょっと驚いたが、にっこり笑った。
「颯人くんて呼ぶね、私の方が年上だから」
仕事の事に触れなかったのはどう言う意味か分からなかったが、唯香が驚いた顔をしたのも仕方ないと思い、颯人からもそれには触れなかった。
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