熱い夜と冷たい夜と(鳴かない杜鵑 side episode1)

五嶋樒榴

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想い出のあとさき

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『親愛なる、伊丹悠介様。
この手紙をあなたが読んでいる頃、俺はもう日本にはいません。
あなたが俺を地獄の底から引き上げてくれた時から、あなたの踵の音を聞いてから、俺には希望ができました。
どんな事をしても、あなたのそばで、あなたを支えていける人間になろうって。
5年近くあなたのそばに仕えることが出来て、俺は本当に幸せな毎日でした。
ジュリと一緒にあなたを待つ毎日が、本当に充実していました。
俺が論文を書けたのもあなたのおかげです。
研究所の人間に裏切られて、それでも最後まで論文を書き上げることが出来たのは、あなたが俺に豊かな気持ちを持たせてくれたから。
だから俺は旅立つ事を決めました。
巣立つ事を決めました。
あなたから離れないと誓っていましたが、前を向く勇気が持てました。
背中を押してくれてありがとうございます。
このご恩は一生忘れません。
またいつか、笑顔で再会できる日を願っています。
お体に気をつけて、お元気で。
夏井大河』

大河がアメリカに渡る前に残した手紙を読みながら、伊丹はブランデーを飲んでいた。
アメリカに渡ってから、一度も連絡はない。
今、どこにいるのかも分からない。
幸せに暮らしているのかも分からない。
ただ、またいつか会えると思いながら、伊丹は大河の活躍を祈っていた。
一夜明けて、ジュリがフリースクールに出かけると、伊丹はゆっくりと新聞を読みながら朝食を食べていた。
電話が鳴る。
家政婦の勝子が慌てて伊丹のところに走ってきた。

「旦那様!外務省からお電話です!」

外務省と聞いて、伊丹は嫌な予感がした。
大河に何か有ったのだとすぐに分かった。
伊丹は深呼吸をすると電話に出た。

『突然のお電話失礼いたします。こちら外務省北米局、北米第1課の佐藤と申します。夏井大河さんのご家族の方でしょうか?連絡先がこちらになっていたので、ご連絡させていただきました』

伊丹はゴクリと唾を飲み込んだ。

「大河は、家族です。大河に何か有ったのでしょうか?」

伊丹の声が震える。嫌な予感しかしない。

『昨日、夏井大河さんが刺されて重体だと、アメリカの日本大使館から連絡を受けました。できれば近日中に渡米して、確認をしていただきたくご連絡を差し上げたのですが。もしパスポートをお持ちでなければ、早急に手配させていただきます』

伊丹は目の前が真っ暗になった。
何が起きたのか分からない。
なぜ、大河がアメリカで刺されたのか、詳しいことは現地でないと分からないと言われた。
大河を刺した相手は、もう警察に身柄を拘束されていると聞いた。
どんな事件に巻き込まれたのか、伊丹には全く分からなかった。
伊丹は震える手で、ジュリのスマホに電話をかけた。まだ授業前だったのかジュリは電話に出た。
伊丹から話を聞くと、ジュリは血相を変えて家にすぐ様戻ってきた。

「大河がアメリカで何が有ったの!」

ジュリは叫びながら伊丹に問い詰める。

「詳しいことは全く分からないんだ!とにかく、すぐにニューヨークに行くぞ!緊急用のパスポートが発行される」

なぜこんなことになったのか、伊丹は全く理解できなかった。
とにかくジュリを連れて緊急旅券を発行してもらう手続きと、ニューヨークへの飛行機のチケットを手配した。
全ての準備が整い、伊丹とジュリは渡米し、大河が運ばれたと言う病院に、伊丹とジュリは大河が刺されて3日目の朝に到着した。
アメリカの日本大使館の駐在員が伊丹に事件の真相を語った。
日曜日の昼間、ショッピングセンターの中で大河は刺されたという。
犯人はその場で捕まったが、大河に対して恨みを持っていた顔見知りだという。

「犯人からの供述では、その、大河さんがお付き合いしていた人との間でトラブルがあったようです。嫉妬に狂った犯人が、大河さんを……」

ジュリは泣いて憔悴していた。
動こうともせずに椅子に座ったまま、ただ涙だけを流している。
伊丹はジュリの隣に座ると、ジュリの肩を抱いた。
大河はまだICUにいるが、大河の生命力の強さを伊丹は信じている。
必ず大河は目覚めると信じている。
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