すぐ隣の非日常

紫ノ宮風香

文字の大きさ
6 / 6

横丁─迷い人の正体

しおりを挟む
「こんにちは。今日は早くに来ちゃいました。
準備中だったらごめんなさい」

夕暮れ時よりも少し早い時間に、涼やかな声で《隠り家》の引き戸を開けたのは、この店の唯一の人間女性の常連客。

「お嬢さんか、いつもより早いね。いらっしゃい」
「今日は法要とややこしい手続きがあって、お昼食べ損ねたので来ちゃいました」
「それは大変だったね。今日は珍しく先客がいるけど」
「大将も隅に置けないね。いつの間に可愛らしい女の子の常連作ってるの」

大将の言葉を遮って突っ込みを入れたのは、カウンターの一番奥に座っている和服姿の女性。

「色々あってな、しばらく前からさ。
お嬢さん、あちらは山吹と言って時々山の幸を持ってくる仕入先兼常連だよ」
「わあ、間接的にお世話になってたんですね!
美味しい山菜とか川魚とかですよね。ありがとうございます」
「大将にはもったいないくらいの可愛いお嬢さんね。
うちの山は大きくてね、山の幸が沢山採れ過ぎて食べきれないの。時々ここに持ってきて使ってもらってるのよ。

お酒も時々作っててね、果実酒もあるわ。
大将! このお嬢さんにこの前持ってきたあれを出してあげて」

優雅に微笑んで話す女性─山吹─は年齢不詳な雰囲気で、落ち着いた熟年女性の雰囲気を持ちながら、年若い娘のあどけなさも持ち合わせていた。

「山吹、あれってどっちだ?」
「見た目が鮮やかな方がいいわね。山葡萄の方を出してくれる?
お嬢さんは私の隣にどうぞ。聞かずにお酒出すように言ってしまったけど、お酒は大丈夫かしら」
「お言葉に甘えてお隣にお邪魔しますね。お酒はすごく久しぶりなので、少しだけいただきます」





《隠り家》のカウンターで女性客が2人で果実酒を飲みつつ食事をするという光景は、非常に珍しいものであった。通常なら男のあやかしの常連の方が多数で、彼等は深夜に大将の作る料理を肴に飲んだくれているからだ。
この日は山吹の持ってきた山の幸をコース風に出し、2人の女性客はそれを堪能しつつとりとめない会話を楽しんでいた。

「すごく楽しくて名残惜しいですけど・・・そろそろ帰ります。ごちそうさまでした。
山吹さん、今日は美味しい山の幸と山葡萄のお酒と、楽しい時間をありがとうございました」
「すごく美味しそうに幸せそうに食べてるのを見て、ご馳走した甲斐があったわ。またご一緒しましょうね」
「はいっ!」

ほろ酔いになった人間女性の常連客は、幸せそうに─この店から普段帰る時よりも─とても幸せそうに帰っていった。





「山吹。お前さんが見返りなく施すのは珍しいな」
「大将も薄々気付いてるんじゃない?」
「最初だけは偶然だったがな。ここの飯に馴染んだだけでも只者じゃない。が、放っておけない背景もあってな、見守ってる最中さ」
「確かに只者ではないわね。あのお嬢さんは私の神巫の末裔の1人よ。大将とも縁が出来てて不思議じゃないわ。
神巫の資格持ちだけど本人の自覚はなし。黒鬼辺りが狙いそう」
「狙った形跡はあったな」
「忌々しいわね。早めに手を打ちたいところだわ」
「何ヵ所かに打診はしてるさ。山吹も手を貸してくれるだろ?」
「勿論よ。
今日はいい日だったわ。あの子の末裔に会えたのだもの。
近いうちにまた来るわ」

カウンターには既に誰の姿もなく。

黒鬼奴等現し世向こうでやり過ぎたよなぁ。
俺等天狗一族山吹山神を敵に回した事を悔やみながら滅びるがいい」

カウンターを片付けながら呟く大将の言葉は、低く昏く響いた。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

処理中です...