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横丁─迷い人の正体
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「こんにちは。今日は早くに来ちゃいました。
準備中だったらごめんなさい」
夕暮れ時よりも少し早い時間に、涼やかな声で《隠り家》の引き戸を開けたのは、この店の唯一の人間女性の常連客。
「お嬢さんか、いつもより早いね。いらっしゃい」
「今日は法要とややこしい手続きがあって、お昼食べ損ねたので来ちゃいました」
「それは大変だったね。今日は珍しく先客がいるけど」
「大将も隅に置けないね。いつの間に可愛らしい女の子の常連作ってるの」
大将の言葉を遮って突っ込みを入れたのは、カウンターの一番奥に座っている和服姿の女性。
「色々あってな、しばらく前からさ。
お嬢さん、あちらは山吹と言って時々山の幸を持ってくる仕入先兼常連だよ」
「わあ、間接的にお世話になってたんですね!
美味しい山菜とか川魚とかですよね。ありがとうございます」
「大将にはもったいないくらいの可愛いお嬢さんね。
うちの山は大きくてね、山の幸が沢山採れ過ぎて食べきれないの。時々ここに持ってきて使ってもらってるのよ。
お酒も時々作っててね、果実酒もあるわ。
大将! このお嬢さんにこの前持ってきたあれを出してあげて」
優雅に微笑んで話す女性─山吹─は年齢不詳な雰囲気で、落ち着いた熟年女性の雰囲気を持ちながら、年若い娘のあどけなさも持ち合わせていた。
「山吹、あれってどっちだ?」
「見た目が鮮やかな方がいいわね。山葡萄の方を出してくれる?
お嬢さんは私の隣にどうぞ。聞かずにお酒出すように言ってしまったけど、お酒は大丈夫かしら」
「お言葉に甘えてお隣にお邪魔しますね。お酒はすごく久しぶりなので、少しだけいただきます」
《隠り家》のカウンターで女性客が2人で果実酒を飲みつつ食事をするという光景は、非常に珍しいものであった。通常なら男のあやかしの常連の方が多数で、彼等は深夜に大将の作る料理を肴に飲んだくれているからだ。
この日は山吹の持ってきた山の幸をコース風に出し、2人の女性客はそれを堪能しつつとりとめない会話を楽しんでいた。
「すごく楽しくて名残惜しいですけど・・・そろそろ帰ります。ごちそうさまでした。
山吹さん、今日は美味しい山の幸と山葡萄のお酒と、楽しい時間をありがとうございました」
「すごく美味しそうに幸せそうに食べてるのを見て、ご馳走した甲斐があったわ。またご一緒しましょうね」
「はいっ!」
ほろ酔いになった人間女性の常連客は、幸せそうに─この店から普段帰る時よりも─とても幸せそうに帰っていった。
「山吹。お前さんが見返りなく施すのは珍しいな」
「大将も薄々気付いてるんじゃない?」
「最初だけは偶然だったがな。ここの飯に馴染んだだけでも只者じゃない。が、放っておけない背景もあってな、見守ってる最中さ」
「確かに只者ではないわね。あのお嬢さんは私の神巫の末裔の1人よ。大将とも縁が出来てて不思議じゃないわ。
神巫の資格持ちだけど本人の自覚はなし。黒鬼辺りが狙いそう」
「狙った形跡はあったな」
「忌々しいわね。早めに手を打ちたいところだわ」
「何ヵ所かに打診はしてるさ。山吹も手を貸してくれるだろ?」
「勿論よ。
今日はいい日だったわ。あの子の末裔に会えたのだもの。
近いうちにまた来るわ」
カウンターには既に誰の姿もなく。
「黒鬼は現し世でやり過ぎたよなぁ。
俺等と山吹を敵に回した事を悔やみながら滅びるがいい」
カウンターを片付けながら呟く大将の言葉は、低く昏く響いた。
準備中だったらごめんなさい」
夕暮れ時よりも少し早い時間に、涼やかな声で《隠り家》の引き戸を開けたのは、この店の唯一の人間女性の常連客。
「お嬢さんか、いつもより早いね。いらっしゃい」
「今日は法要とややこしい手続きがあって、お昼食べ損ねたので来ちゃいました」
「それは大変だったね。今日は珍しく先客がいるけど」
「大将も隅に置けないね。いつの間に可愛らしい女の子の常連作ってるの」
大将の言葉を遮って突っ込みを入れたのは、カウンターの一番奥に座っている和服姿の女性。
「色々あってな、しばらく前からさ。
お嬢さん、あちらは山吹と言って時々山の幸を持ってくる仕入先兼常連だよ」
「わあ、間接的にお世話になってたんですね!
美味しい山菜とか川魚とかですよね。ありがとうございます」
「大将にはもったいないくらいの可愛いお嬢さんね。
うちの山は大きくてね、山の幸が沢山採れ過ぎて食べきれないの。時々ここに持ってきて使ってもらってるのよ。
お酒も時々作っててね、果実酒もあるわ。
大将! このお嬢さんにこの前持ってきたあれを出してあげて」
優雅に微笑んで話す女性─山吹─は年齢不詳な雰囲気で、落ち着いた熟年女性の雰囲気を持ちながら、年若い娘のあどけなさも持ち合わせていた。
「山吹、あれってどっちだ?」
「見た目が鮮やかな方がいいわね。山葡萄の方を出してくれる?
お嬢さんは私の隣にどうぞ。聞かずにお酒出すように言ってしまったけど、お酒は大丈夫かしら」
「お言葉に甘えてお隣にお邪魔しますね。お酒はすごく久しぶりなので、少しだけいただきます」
《隠り家》のカウンターで女性客が2人で果実酒を飲みつつ食事をするという光景は、非常に珍しいものであった。通常なら男のあやかしの常連の方が多数で、彼等は深夜に大将の作る料理を肴に飲んだくれているからだ。
この日は山吹の持ってきた山の幸をコース風に出し、2人の女性客はそれを堪能しつつとりとめない会話を楽しんでいた。
「すごく楽しくて名残惜しいですけど・・・そろそろ帰ります。ごちそうさまでした。
山吹さん、今日は美味しい山の幸と山葡萄のお酒と、楽しい時間をありがとうございました」
「すごく美味しそうに幸せそうに食べてるのを見て、ご馳走した甲斐があったわ。またご一緒しましょうね」
「はいっ!」
ほろ酔いになった人間女性の常連客は、幸せそうに─この店から普段帰る時よりも─とても幸せそうに帰っていった。
「山吹。お前さんが見返りなく施すのは珍しいな」
「大将も薄々気付いてるんじゃない?」
「最初だけは偶然だったがな。ここの飯に馴染んだだけでも只者じゃない。が、放っておけない背景もあってな、見守ってる最中さ」
「確かに只者ではないわね。あのお嬢さんは私の神巫の末裔の1人よ。大将とも縁が出来てて不思議じゃないわ。
神巫の資格持ちだけど本人の自覚はなし。黒鬼辺りが狙いそう」
「狙った形跡はあったな」
「忌々しいわね。早めに手を打ちたいところだわ」
「何ヵ所かに打診はしてるさ。山吹も手を貸してくれるだろ?」
「勿論よ。
今日はいい日だったわ。あの子の末裔に会えたのだもの。
近いうちにまた来るわ」
カウンターには既に誰の姿もなく。
「黒鬼は現し世でやり過ぎたよなぁ。
俺等と山吹を敵に回した事を悔やみながら滅びるがいい」
カウンターを片付けながら呟く大将の言葉は、低く昏く響いた。
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