すぐ隣の非日常

紫ノ宮風香

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横丁──迷い人

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現し世と隠り世の狭間にて、ふたつの世界を繋ぐ場所が幾つかあると言われている。
そのひとつが《横丁》
妖たちが人の世の文明を取り入れ、店を連ねているところ。そして、人が迷い込んでも神隠しに直結しない稀有なところでもある──





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横丁の一角にある小料理屋《隠り家》
この店には、毎夜様々な妖達が店主の妖力のこもった料理を目当てに集っている。

そんなこの店のルールは【客同士で争わない】だけだったのだが、最近もうひとつ追加されている。
それは《横丁》に迷い混んできた人間のうちの一人が客人となって、時折《隠り家》に訪れるようになったため。
【店に訪れる客は必ず人の姿をすること】
これに反発する常連もいたが、店主に諸々の意味で敵うわけもなく、出入り禁止になりたくない者たちばかりだったので、皆大人しく従っている。

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「大将、人間が横丁に迷い混んできてるぜ!」

そう叫んで《隠り家》に飛び込んできたのは天狗の若者。

「迷い混んで来ただけなら道案内してやればいいだろう?」
「それが・・・、かなりやばそうなんだって!」
「どんな風にやばいのさ?」
「倒れた状態で、こっちが声をかけても反応しないんだよ。しかも若い女だから危なすぎるだろ」

慌てている様子の天狗の若者と常連客とのやり取りを聞いていた大将がそこで口を開く。

「濡れ女。そいつと一緒に人間の女性の保護に行ってくれないか? 部屋は二階の一番奥で」
「わかったよ、大将。ほら若造、道案内しな」
「姐さん有難い。こっちです」

大将はこの時、若い女性がただの酔っ払いだろうと思い一時的に保護のつもりで指示を出したのだが、全てが斜め上の結果になるとは思ってもいなかった。






保護された女性のびっくりした悲鳴が店内に響き渡り、事情を知った大将や主だった常連客が気の毒がり、唯一の人間の常連客になったのはこの時から。

隠り世の入り口という事や、大将筆頭に他の客が全てあやかしだという事を彼女は知らぬまま、大将のご飯に餌付けされて通っている。















過労死しかけていた彼女は、人界の病院に運ばれていたとしたら助からなかった。
その後も常人ならば過労死してもおかしくない状態に何度もあっている。

隠り世の事を知り、大将に護られている事を知るのはもう暫く先の話。
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