すぐ隣の非日常

紫ノ宮風香

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遠くに祭り囃子の音が聞こえる。
前に聞いたのは何時だったろう。

私の幼い頃、両親がいた頃に行ったお祭り以来、縁のなかったもの──





懐かしさでその音の聞こえる方向へ向かっていた。
その時の私がいた場所を理解していないままに。



********************

どこをどう歩いていたか自覚のないまま、たどり着いたのは大きな鳥居の前だった。
その向こうには沢山の屋台と、法被や浴衣を着た沢山の人たち、飾り付けられた神輿や山車があった。
大きな鳥居は初めて見るはずなのに、どこか懐かしいように見えながら、近寄りがたい雰囲気で。
畏れ多い、というのはこういう感じなのか。
お祭りは名残惜しいけども帰ろうと思い振り返れば、そこにはあった筈の道がなく、森が広がるのみ。

「お姉さんは《迷い人》?」

突然後ろから声がしたので、驚いて振り向いた。
声をかけてきたのは狐の面をつけた少年だった。

「まよい・・・びと?」
「そうだよ。色々忘れてここに迷い込む人がたまにいるんだよ」

色々忘れて?
すぐに浮かんだのは、祭り囃子の音と幼い頃のおぼろ気な記憶。
両親がすでに居ないことはわかっていても、何故そうなったのか、そこから今までの私の記憶が抜け落ちていた。

「お姉さんは森に護られたんだね。社の裏手に小屋があるからそこで休むといいよ」

私は記憶のない自分にショックを受け、少年の言葉も手を引かれて小屋まで案内された事も気付かぬままになっていた。



********************

「主様、客人ですか?」
「そうだね。《迷い人》だけど、森が彼女を護ったし、約定もあるし。僕も気に入ったからね。保護するよ」
「わかりました。誰を向かわせましょう?」
「僕が行くよ。この地に相応しくない輩が近くに居るから、ついでに排除してくるさ」

主様と呼ばれた少年は狐の面を外し、その場に控える者に意味ありげな目線を投げ掛けてから森へ向かった。



********************

森に打ち捨てられた女性。そこが《神の森》だったことが幸いなのか不幸なのか。

女性を打ち捨てた男たちは、森の入り口にいた。
男たちの会話から、女性を瀕死の状態にして森に打ち捨てたようだ。
血縁を悪用して全てを奪い尽くすための最後の仕上げのつもりのようだった。

「薄汚い罪人どもめ」

少年は小さく呟き、金色の瞳を光らせ男たちを睨み付けた。
男たちの姿はだんだん小さくなり、そこには二匹の歯と爪のないネズミがいた。

「歯も爪も貴様等には勿体無い。食い物にされる気分を身をもって味わえ」

ネズミになった男たちは、少年の言葉を理解していないまま走り去っていった。

「さあ、お姉さんを迎えに行かなきゃ」

ネズミたちが森と反対の方向に走り去ったのを見届けてから、少年は神社に戻っていった。



********************

祭り囃子の音が聞こえる。
最後にお祭りに行ったのはまだ幼い頃だった。余りにも遠い記憶。

「お姉さん起きた?」

ドアをノックする音と少年の声。
見覚えのない部屋で目が覚めた私。

長椅子でうたた寝をしてしまっていたようだ。いつ着替えたのか全く記憶にないが、浴衣姿になっていた。

「お祭りに一緒に行こう!」

未だにぼーっとしている私の前に、いつの間にか少年は立っていた。私の手を握り、連れ出す気満々な笑顔で。

「さっきの・・・子だよね?」

狐の面をつけていない少年はものすごい美少年だった。薄茶色の髪に金色の目で、見慣れない色の筈なのに全く違和感を感じない。

「そうだよ。ここは毎日お祭りなんだよ。お姉さんもきっと楽しいと思うよ!
寂しいことも悲しいことも此処にはないからね」

少年はそう言って私の手を引き、お祭りの広場に連れてきていた。

両親に手を引かれて一緒に行ったお祭り。あれから何年経っただろう。では今の私は何歳?
自分の手を見る。皺だらけの手がどんどん変化していく。驚いて声も出せないうちに視線がどんどん低くなり・・・・・ 気付けば少年より少し背の低い子供になっていた。

混乱したまま少年を見上げると、彼は妖しく微笑んでいた。

「ようこそ僕の領域へ。主たる僕の主催する祭を是非楽しんでおくれ」






********************

「主様は意地が悪いですな」
「お前に言われたくない」
「お客人をいきなり若返らせて驚かすのはどうかと思いますよ」
「森が読み取った記憶が酷かったからな。以前森で拾った神主夫妻を覚えているか?」
「確か瀕死の状態で森に捨てられて・・・、森が穢される一歩手前の大事件ではないですか!」
「あの夫妻の娘だよ」
「!!!」

従者の驚いたところを見て、やっとわかったかと言わんばかりの顔になる。しかしその姿は少年のものではなく、成人した姿で。

「瀕死だったがために、彼等が生き延びるには我が眷属になるしかなかった。唯一の心残りがこれで解消するのだからよいではないか」
「しかし・・・」
「娘はここ我が領域で生き直す。
森が記憶を全て奪わなかったのは、神主夫妻のこともあったのだろう。
大切な妻候補だ。そのつもりで対応するように」

主と呼ばれた青年は、金色の目を輝かせて微笑む。
その背後には大きな九つの尾の影があった。
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