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第九幕。

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 山を一つ越えた先にある森の中に、彼奴あやつと呼ばれる者はいると言う――。

 徒歩で行くには遠く、馬も馬車も手元には無い。
 在った所で、私に乗馬なんて出来るとは思えないし、馬車にしてもきっと操れないと思う。
 当然、紅き竜に乗って飛んで行く事になる訳で。
 竜に乗って飛ぶ等、現代では有り得ないのでね、二度目とは言え、しがみ付くので精一杯だった。
 少し怖くて、若干、涙目になっているってのは内緒だ。

 必死に縋り付いて耐えていると、長閑のどかな森の一角に、突如、見えてきた広い草原。
 その中央付近に舞い降りた紅き竜だった。

 例の如く、私が降りやすい様にと頭を下げて、翼をスロープにしてくれる。
 私を降ろした後で、美女の姿に戻った。

「彼奴はでの。この世界のことわりに縛られておらぬ存在。儂にしても詳しくは知らぬ。ただ、この世界においても高次存在には違い無い。――簡単に言えば、神に等しい存在と言う事だ。儂は神何ぞは信じておらぬ故、彼奴の事は別称で、世捨人ひきこもりと呼んでおるのだがな?」

 これから会う事になる人物らしき者について、軽く教えてくれた紅き竜。

「超越者――。神――。世捨人――」

 高次存在については知っている。
 現代においても、神と呼ばれる存在に等しい。
 しかし、何故その様な者に、紅き竜は気軽に会えるのか?
 そして、その様な事を何故に知り得ているのか?
 紅き竜とは一体、何者なのだろうかと疑問に思ってしまう私。

「天上天下唯我独尊に天真爛漫と、理解し難い良く解らぬ性根をしておる故、常識も何もかもが通用せぬ。――場合によっては会話すら成り立たぬでの? 妙な事をしくさっても、あまり驚くで無いぞ?」

「了解した。――しかし、貴女とはどう言った由縁で――」

 紅き竜に、知り合った経緯を尋ねようと口にするも無視された。
 それ程迄に一心不乱に、聴き取れない妙な綴りの言葉――唄を空に向かって奏でていた。
 すると、今迄、何も無かった場所に、突如、現れた住居――こじんまりとした、喩えると煉瓦レンガ造りの様な家だった。

 そして扉がゆっくりと開け放たれ、出迎えてくれた、紅き竜が彼奴と呼ぶ者――。

「早かったわね、アカ

 扉の取手を握るしわくちゃな手に顔、やや腰が曲がり杖を突いた姿勢は、誰がどう見ても大概なお年を召したお婆さんに他ならなかった――。

「その様子だと来るのが解っておったようだの」

「まぁ~ねぇ~♪ そっちの方もビックリしないでよ」

「――済まない。つい唖然としてしまっていた」

「兎に角、中へどうぞ~」

「――相変わらずな態度だの」

「失礼、お邪魔する」

 玄関を潜り、贅沢とも質素とも言えない、妙な部屋に案内される私。
 壁と言う壁には、見た事も無い図柄や文字が描かれており、妙な匂いが立ち込めていた――。

 一言で言うなら、香水か薬品が混じり合った匂い。
 良い香りのする香水が混じり合うと、元々の良い香りを台無しにしてしまうアレだ。
 凄いキツい匂いが私の鼻を刺激して止まないが、気分を害されても良く無いので、素の表情を必死に保って我慢する。
 その部屋にあるソファーに対面で腰掛ける私。

「お茶菓子もあるから。良かったら食べてね」

 何処から出したのか解らないが、ソファーに挟まれた机の上に、お茶とお菓子が用意された。

「気が効くの。遠慮無く戴こう」

 紅き竜はさも当然の如く手を出すが、私は――。

「――お気遣い無く」

 と、言って拒否しておく。

 匂いに充てられて気分が優れないのもあるが、お菓子とは名ばかりの下手物ゲテモノ――蜥蜴と蛙の干物だったからだ。

 なんの嫌がらせか……。

 この世界の食べ物は全てこんな感じなんだろうか……先が思い遣られる。

「お忙しい中、時間を割いて頂き申し訳ありません。早速ですが――」

 此処に居るのが辛いので、早々に立ち去ろうと、挨拶も端折って本題を口にする私。

「貴方が聴きたい事――アタシが君をこの世界に誘った張本人だよ。でもね、失敗しちゃったんだな~」

 それを遮って、とんでもない事実を悪びれる事も無く真顔で飄々ひょうひょうと吐かした――。



 ――――――――――
 気になる続きはCMの後!
 チャンネルは、そのまま!(笑)
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