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Act.02 電話から始まる非日常のついて。②

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「――それでね、人事異動の内示があって、近い内に一度そっちに帰国することになるから。もう少しだけ我慢してて、そーぢ。帰ったら飛びっきりの美味しい手料理を振る舞うから……って、あ、また呼び出し⁉︎ あの妖女――クシュン。お嬢様ったら本当にしつこいわね……じゃあ、切るわね?」

 散々、愚痴ってスッキリしたのか、妙に怖い笑顔は形を潜め、普段通りの良く知った優しい笑顔でウィンクをしてくれた。

 なんかピーピー電子音が鳴ってると思ったら、姉さんを呼び出すコール音だったのか……相変わらず忙しそうだね。

「楽しみにしてるよ。――オレも今働いてる職場は性に合ってて楽しいから、心配しなくても大丈夫。――また明日」

 オレのスマホの画面が待ち受けに戻る。

 ちなみに、待ち受け画像はオレの誕生日に一緒に撮った、姉さんの素敵なバストアップな笑顔。

 たった今もリアルタイムで最愛の姉さんの素敵な笑顔が見れたオレは、昨日も今日も毎日が気力充実!


 シスコン上等! 世間でバッシング喰らおーが間違ってよーがコレで良いんだ!


「目も覚めたし……起きてゲームの続きでもするかな」

 もそもそと起き上がり、大きく背伸びをする。
 窓のカーテンを開けて外を見やると、確かに朝の日差しではなかった。


 その時だった――。


 布団に投げ出していたオレのスマホが、再びブルブルと振動し始める。


「姉さんかな? ……ナニか言い忘れたことでもあったのかな?」

 オレのスマホを怪訝そうに拾い上げ、発信者通知を見てみると――姉さんではなかった。

 表示されているのは、オレが勤めている会社からだった。

「オレ、今日は休みなのに……もしもし、御手洗ですけど。どうかしましたか?」

 大好きな姉さんの素敵な笑顔で英気を養ったのに台なしにされたオレは、渋々かつ本気の嫌々で電話に出た。


 ちなみに、姉さんからの電話以外は全て音声会話オンリー。


「――お休みのところ、大変、申し訳御座いません。社長から御手洗くんに連絡する旨、仰せつかりまして。実は――」

 電話の相手はオレの上司からだった。

 姉さんほどではないけど、この上司も中々に容姿に恵まれている女性。

 義理の姉って言うと言い過ぎだけど、オレの面倒をいつも良く見てくれる、気さくで優しい良いヒトだ――。

 内容を聴いてみると、どうやらオレにも人事異動の内示が発令されたらしい。


 でもさ……休みの日に、態々、電話を掛けてまで言うこと?
 今日や明日の急務じゃなく異動ったって日程に余裕があるんだからさ、次の出社時でも良くね?


 そう思ってしまったら態度と言うか声色に出てしまって、終始、不機嫌で無愛想な受け答えになってしまったオレだった。

 出社したら、いの一番にキチンと謝っておこう。

「はぁ、解りました――では」

 聴き終わると、そのまま通話を終了してスマホを布団にポイっと投げ出した。

「姉さんじゃないけど、ウチも大概にヒト遣いが荒いよな……全く」


 オレの内示――辞令はこうだった。


 長期旅行の為に不在にすることになった、とある店舗の代理営業を任された。

 誰でも良いんじゃないですかとオレが尋ねる前に、どうしてもオレをご指名らしいことを伝えてきた。


 依頼人の名を聴いて、オレをご指名な理由を直ぐに納得したけど。


 仕事の内容は、店長代理として数人のスタッフの纏め役として派遣されるらしい。

 昨日から改装に着手したとのことで、早ければ来月早々には、リニューアルオープンのセレモニーを行うと言った内容だった。

 細かい打ち合わせを直ぐにしたいと言う、なんでも異様に上機嫌でノリノリなウチの社長の我が儘で、オレはいきなり休日に出社させられるハメになってしまったわけで。

「態々、休みの日に駆り出されるほど急務な用件はない気もするけど。――ま、他ならぬからのご指名だから、オレとしては良いっちゃ良いけど……来月以降の予定で有れば、今直ぐでなくて良いんぢゃねーの?」

 貴重な休みを潰された所為で、電話口では不機嫌になっただけ。

 指名してきた人物の名を聴いたあとでは、この辞令は逆に願ったり叶ったりで、嬉しいことこの上なくだよ。

 高校のバイト時代から数年間、親の居ないオレが独り立ちできるようにと、ありとあらゆる技術などをマンツーマンでみっちりと叩き込んでくれた――あのヒト。

 お陰で、若干、二十歳にして店長職を任せて頂けるほどになれたんだから。

 それだけではなく、私生活での便宜や手続きなどの、姉さんだけでは難しい身元保証人云々な世間一般の面倒なことに到るまで、嫌な顔一つせずに口利きや世話をしてくれた、本当の親にも等しいヒトだ。

 社員に雇用された今現在も、未だ相談に乗ってもらったりと色々と世話になりっ放しだから、辞令については恩返しのつもりで精一杯に頑張ってみるさ。

「――良し! 代休は姉さんの帰って来る日に捥ぎ取るとして、さっさと用意して出掛けますか!」

 速攻で会社の制服に身を包み、身嗜みもキチンと整え、大事なオレの愛車を部屋の壁掛けスタンドから下ろして準備する。

 オレが高校時代に手に入れた、結構な値のつくマウンテンバイクだ。

 あのヒトから技術のイロハを学んで最初に組み上げた、思い入れが深い自転車でもある。

「今こそ受けた恩を返させてもらいますよ、義父さん彼方店長義母さん最妃オーナー。――この御手洗そーぢがバッチリ引き受けて差し上げますってね! ヒャッホーウ!」

 自転車に乗って出掛けるには絶好の天気。

 逸る気持ちを押さえてと言うか、奮い立つ気持ちを鎮めつつと言うか、詳しい打ち合わせの為に愛車を軽快に漕ぎ、急ぎ会社へと向かうのだった――。



 ―――――――――― つづく。
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