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第一部
1-15「神様のいたずら(1)」
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「一打席勝負だ。ヒットを打ったらお前の勝ち。それ以外なら……」と一息で言い切ると、目一杯息を吸い込みながら振りかぶり、「俺の勝ち!」とボールを投げ込んだ。
びゅん、と風を裂きながら直進したストレートはバットに当たることなく、ガムテープのストライクゾーンに衝突した。
「ちょ、ずるいって!」
「それに俺は真ん中のストレートしか投げねーでやるから、お相子だろ」と、再び大きく振りかぶる彗。
「――んっ!」と声を漏らしながら投げたストレートは、ど真ん中の打ち頃なコースへ。
あの日、帝王・王建成を空振り三振に打ち取り、世界一を勝ち取った時と全く同じ。
ただ、あの瞬間と違うのは、バットにボールが触れた、という点だった。
「ちっ……」
当たったのはバットの上部。
捉えたというよりも、擦った、という表現の方が近いだろう。カン、と芯を外した間抜けな音を奏で、ボールは真上へ飛んだ。
頭上にある橋の下、柱の角に当たり予想だにしない角度で反射したボールが、恐ろしい速さを伴って観客に徹していた女子二人のもとに飛んで行った。
キャッ、と体を丸めた真奈美。その彼女を、警護するSPの如く控えていた音葉が「おっと」と、グローブにボールを収める。
「危なぁ……」
「無理して来なくてもよかったんじゃない?」と音葉が声をかけると、涙目になりながら「いやぁ……」と真奈美は言葉を濁した。
「ここまで来たらさぁ、気になるじゃん」
「まあね。ま、私も人のこと言えないか」と、音葉は彗にボールを投げ渡す。
「もっと離れてろ、危ねーぞ」とボールを受け取った彗は、再び一星に視線を移した。
一球目の奇襲こそ成功したものの、二球目にはもうバットに当ててきている。
バットのどこに当たったのか確認するその姿に、教室や昨日の公園で見せたような弱気な姿はない。
代表選の時に匹敵する、あるいはそれ以上の集中力を孕んでいるようにも見えた。
――いやー……燃えるな。
野球というスポーツは、基本的に実力さえが拮抗していれば、投手が七割勝てるというスポーツだ。
ただ、その有利な勝負は、投手の〝打ち手〟が隠れているために起こる現象である。
インコースや、アウトコース。高めのコースか、低めのコースか。直球でいくか、変化球でかわすか。
投手は、そんな豊富な手札の中から一枚だけを選び、相手に提示する。
一方打者は、バットを〝振る〟か振らずにボールを〝見送る〟か。その二択しか選ぶことができないため、投手が圧倒的に有利になる。
ただ、今回の勝負はそのいずれも使えない。
勝負を一打席にし、コースとストレートだけと宣言したのは、ハンデを無くした上で単純な力勝負をするため。
勝つか負けるかは全くわからない。確率で言えば、丁度五割だろう。
――ま、考えてもしょうがねーわ。
取りあえず、できることは全力で投げ込むだけ。
「さ、決着つけようじゃねーか」
そう言うと、息を目一杯に吸い込んで振りかぶり、その腕を降ろした反動を使いながらながら上半身を捻る。
左足を上げて動作に入ると、一星に倒れ込むように、腰から動き出す。
グラブから右手を出し、左ひじは大きく上げ、準備は万端。
ここにきて、わざわざボール球を投げる必要もない。
泣いても笑っても、この一球で勝負が決まる。
今、持っているものを出し切る。
文字通り、全力で。
――野球の神様さ、もしいたら頼むわ。
最後は神頼みかよ、と心の中で笑いながら彗は投げ込んだ。
「おっ……らぁっ!」
彗の右手を離れたボールは、より一層の唸りを上げて――。
※
不思議と、負ける気はしなかった。
一星は、自分でも驚くほど冷静に、彗を見つめている。
「おっ……らぁっ!」
右腕から放たれるボールは、巨大な大砲が撃ち込まれた、と錯覚するほどのプレッシャーを放ってこちらに近づいてくる。
ただ、焦ることはない。
彗のフォームに合わせて振り上げた右足を、ゆっくりと地面につける。
腰から回り、バットが上半身とともに遅れて動いていく。
――なに……これ。
なぜか、今、一星の景色はゆっくりと動いていた。あれだけのプレッシャーを放っているボールも、彗の投球動作も、球を追う二人の女子も。なんなら、頭上を走る車の音だって聞こえる。
そんなスロー再生されたビデオのように迫ってくるボールに、そっとバットを当てた。
キィン――と完璧な金属音が河川敷に鳴り響く。
もう半年以上も聴いていない、聞き慣れた音。
溜め。タイミング。始動。インパクト。
どの行程にも、無駄は一切ない。ただひたすらに洗練された、野球のためだけの動き。
それは、一星が野球をはじめて以来ずっと追い求めてきた、完璧なスイングだった。
完璧に捉えた打球は、彗の顔の横を通過すると、そこから重力を無視しているかの如く真っすぐ空間を引き裂いていく。
その速さは衰えることなく、ボコンと対面の壁にぶち当たった。
びゅん、と風を裂きながら直進したストレートはバットに当たることなく、ガムテープのストライクゾーンに衝突した。
「ちょ、ずるいって!」
「それに俺は真ん中のストレートしか投げねーでやるから、お相子だろ」と、再び大きく振りかぶる彗。
「――んっ!」と声を漏らしながら投げたストレートは、ど真ん中の打ち頃なコースへ。
あの日、帝王・王建成を空振り三振に打ち取り、世界一を勝ち取った時と全く同じ。
ただ、あの瞬間と違うのは、バットにボールが触れた、という点だった。
「ちっ……」
当たったのはバットの上部。
捉えたというよりも、擦った、という表現の方が近いだろう。カン、と芯を外した間抜けな音を奏で、ボールは真上へ飛んだ。
頭上にある橋の下、柱の角に当たり予想だにしない角度で反射したボールが、恐ろしい速さを伴って観客に徹していた女子二人のもとに飛んで行った。
キャッ、と体を丸めた真奈美。その彼女を、警護するSPの如く控えていた音葉が「おっと」と、グローブにボールを収める。
「危なぁ……」
「無理して来なくてもよかったんじゃない?」と音葉が声をかけると、涙目になりながら「いやぁ……」と真奈美は言葉を濁した。
「ここまで来たらさぁ、気になるじゃん」
「まあね。ま、私も人のこと言えないか」と、音葉は彗にボールを投げ渡す。
「もっと離れてろ、危ねーぞ」とボールを受け取った彗は、再び一星に視線を移した。
一球目の奇襲こそ成功したものの、二球目にはもうバットに当ててきている。
バットのどこに当たったのか確認するその姿に、教室や昨日の公園で見せたような弱気な姿はない。
代表選の時に匹敵する、あるいはそれ以上の集中力を孕んでいるようにも見えた。
――いやー……燃えるな。
野球というスポーツは、基本的に実力さえが拮抗していれば、投手が七割勝てるというスポーツだ。
ただ、その有利な勝負は、投手の〝打ち手〟が隠れているために起こる現象である。
インコースや、アウトコース。高めのコースか、低めのコースか。直球でいくか、変化球でかわすか。
投手は、そんな豊富な手札の中から一枚だけを選び、相手に提示する。
一方打者は、バットを〝振る〟か振らずにボールを〝見送る〟か。その二択しか選ぶことができないため、投手が圧倒的に有利になる。
ただ、今回の勝負はそのいずれも使えない。
勝負を一打席にし、コースとストレートだけと宣言したのは、ハンデを無くした上で単純な力勝負をするため。
勝つか負けるかは全くわからない。確率で言えば、丁度五割だろう。
――ま、考えてもしょうがねーわ。
取りあえず、できることは全力で投げ込むだけ。
「さ、決着つけようじゃねーか」
そう言うと、息を目一杯に吸い込んで振りかぶり、その腕を降ろした反動を使いながらながら上半身を捻る。
左足を上げて動作に入ると、一星に倒れ込むように、腰から動き出す。
グラブから右手を出し、左ひじは大きく上げ、準備は万端。
ここにきて、わざわざボール球を投げる必要もない。
泣いても笑っても、この一球で勝負が決まる。
今、持っているものを出し切る。
文字通り、全力で。
――野球の神様さ、もしいたら頼むわ。
最後は神頼みかよ、と心の中で笑いながら彗は投げ込んだ。
「おっ……らぁっ!」
彗の右手を離れたボールは、より一層の唸りを上げて――。
※
不思議と、負ける気はしなかった。
一星は、自分でも驚くほど冷静に、彗を見つめている。
「おっ……らぁっ!」
右腕から放たれるボールは、巨大な大砲が撃ち込まれた、と錯覚するほどのプレッシャーを放ってこちらに近づいてくる。
ただ、焦ることはない。
彗のフォームに合わせて振り上げた右足を、ゆっくりと地面につける。
腰から回り、バットが上半身とともに遅れて動いていく。
――なに……これ。
なぜか、今、一星の景色はゆっくりと動いていた。あれだけのプレッシャーを放っているボールも、彗の投球動作も、球を追う二人の女子も。なんなら、頭上を走る車の音だって聞こえる。
そんなスロー再生されたビデオのように迫ってくるボールに、そっとバットを当てた。
キィン――と完璧な金属音が河川敷に鳴り響く。
もう半年以上も聴いていない、聞き慣れた音。
溜め。タイミング。始動。インパクト。
どの行程にも、無駄は一切ない。ただひたすらに洗練された、野球のためだけの動き。
それは、一星が野球をはじめて以来ずっと追い求めてきた、完璧なスイングだった。
完璧に捉えた打球は、彗の顔の横を通過すると、そこから重力を無視しているかの如く真っすぐ空間を引き裂いていく。
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