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第一部
1-35「それは無慈悲な高校野球の洗礼(1)」
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人生で初と言っていいかもしれない、〝頑張れよ〟ではなく〝打たれちまえ〟と願われている中でのマウンドはこの上なく心地悪く、心の底が騒めく。
冷たい視線を向けている守備陣を睨みつけていると、一星が察してくれたのか「ほら、集中しよう」と彗のミットを叩いた。
「集中はしてるって」
心配する一星をしっしっと追い払うと、いよいよマウンドには一人だけ。
彗は、空を見上げてみた。雲一つすらない青空は、高校野球生活の第一歩としてはこの上ない。
誰も踏み荒らしていない、まっさらなマウンドに立つと、埋め込まれているプレートから足を重ねて歩き、六足分を測ると、その場所につま先でガッガッと穴を掘る。
半年ぶりにつけた自分だけの足跡に懐かしさを感じながら、一星に向かって五球だけ投げ込んだ。
「……うーし」
準備投球で放った球は、上場。悪くない出来だなとにやりと笑ってから、帽子を取ってホームに深々と礼をした。
「はー……なんで俺が」
小言を呟きながら、二軍の先輩がバッターボックスに入ると「プレイ!」と、主審の真田が高らかに声を上げた。
――えー……マジか。
一星のサインを確認する前に、右のバッターボックスに入る一番バッターを見て彗は震えた。
ある程度長い期間何かに夢中になって取り組むと、全然関わりのない初対面の対戦相手でも、見ただけで相手の実力が解るようになる。
今まさにこの瞬間、小学校三年生の時から野球を始めて今年で七年目になる彗は、一番打者の実力を肌で感じ取っていた。
間違いなく、上手い。
力感こそないが、ゆったりと足を開いたオープンスタンス、少し前かがみになりながら、体とバットのグリップエンドが離れていて、懐も深い。体つきもがっしりとしている。
河原での対決で相対した一星。
世界大会で打ち取った王建成。
その二人に匹敵するような、言い様のない威圧感を醸し出している。
「これで二軍ってマジかよ」
先ほどの強気はどこへいったのか、まだアップと軽いピッチングしかしていないのに、彗の顔を汗が伝う。
このままじゃ呑まれる、と彗は一星のサインに視線を移した。
出されているサインは、ボール球のストレート。
一星もこの雰囲気を感じ取っているのだろう。まずは様子を見て、という一球だろう。
――初めてにしちゃしょぼい球だが、仕方ねーか。
一星のサインに頷くと、彗は大きく振りかぶる。
――ま、なんにせよ高校球児としての第一歩だ。
雑念を無理矢理に払いのけ、彗はこの二週間、磨きに磨き上げた自慢のストレートを投げ込んだ。
しっかりと、アウトコースに投げ込まれたストレート。
要求通りのいいボールだ。
「よしっ!」
まずは見逃し。上々の一球目。
ミットに収まる――と思うも一瞬。
「ほっ!」
軽い掛け声とともに遅れてバットが始動したかと思えば、ボールゾーンのストレートを捉え、ほんのコンマ数秒遅れて〝きんっ〟と音が鳴り響く。
「なっ⁉」
軽く振っただけのそのバッティングだったはずだが、力で最後押し込んだのか、セカンド頭を越えていったかとおもうと、恐ろしい打球速度でライトとセンターのちょうど真ん中を突き破った。
「マジかよ……!」
右中間のツーベースか、と彗はグラウンドでその行方を追っていると、一瞬、ライトの守備が乱れた。
「お、チャンス」
もたつく間に、ぐんぐんと加速してセカンドベースを回る。
「はっ⁉」
瞬く間に、その一番打者は立ったまま三塁に到達していた。
冷たい視線を向けている守備陣を睨みつけていると、一星が察してくれたのか「ほら、集中しよう」と彗のミットを叩いた。
「集中はしてるって」
心配する一星をしっしっと追い払うと、いよいよマウンドには一人だけ。
彗は、空を見上げてみた。雲一つすらない青空は、高校野球生活の第一歩としてはこの上ない。
誰も踏み荒らしていない、まっさらなマウンドに立つと、埋め込まれているプレートから足を重ねて歩き、六足分を測ると、その場所につま先でガッガッと穴を掘る。
半年ぶりにつけた自分だけの足跡に懐かしさを感じながら、一星に向かって五球だけ投げ込んだ。
「……うーし」
準備投球で放った球は、上場。悪くない出来だなとにやりと笑ってから、帽子を取ってホームに深々と礼をした。
「はー……なんで俺が」
小言を呟きながら、二軍の先輩がバッターボックスに入ると「プレイ!」と、主審の真田が高らかに声を上げた。
――えー……マジか。
一星のサインを確認する前に、右のバッターボックスに入る一番バッターを見て彗は震えた。
ある程度長い期間何かに夢中になって取り組むと、全然関わりのない初対面の対戦相手でも、見ただけで相手の実力が解るようになる。
今まさにこの瞬間、小学校三年生の時から野球を始めて今年で七年目になる彗は、一番打者の実力を肌で感じ取っていた。
間違いなく、上手い。
力感こそないが、ゆったりと足を開いたオープンスタンス、少し前かがみになりながら、体とバットのグリップエンドが離れていて、懐も深い。体つきもがっしりとしている。
河原での対決で相対した一星。
世界大会で打ち取った王建成。
その二人に匹敵するような、言い様のない威圧感を醸し出している。
「これで二軍ってマジかよ」
先ほどの強気はどこへいったのか、まだアップと軽いピッチングしかしていないのに、彗の顔を汗が伝う。
このままじゃ呑まれる、と彗は一星のサインに視線を移した。
出されているサインは、ボール球のストレート。
一星もこの雰囲気を感じ取っているのだろう。まずは様子を見て、という一球だろう。
――初めてにしちゃしょぼい球だが、仕方ねーか。
一星のサインに頷くと、彗は大きく振りかぶる。
――ま、なんにせよ高校球児としての第一歩だ。
雑念を無理矢理に払いのけ、彗はこの二週間、磨きに磨き上げた自慢のストレートを投げ込んだ。
しっかりと、アウトコースに投げ込まれたストレート。
要求通りのいいボールだ。
「よしっ!」
まずは見逃し。上々の一球目。
ミットに収まる――と思うも一瞬。
「ほっ!」
軽い掛け声とともに遅れてバットが始動したかと思えば、ボールゾーンのストレートを捉え、ほんのコンマ数秒遅れて〝きんっ〟と音が鳴り響く。
「なっ⁉」
軽く振っただけのそのバッティングだったはずだが、力で最後押し込んだのか、セカンド頭を越えていったかとおもうと、恐ろしい打球速度でライトとセンターのちょうど真ん中を突き破った。
「マジかよ……!」
右中間のツーベースか、と彗はグラウンドでその行方を追っていると、一瞬、ライトの守備が乱れた。
「お、チャンス」
もたつく間に、ぐんぐんと加速してセカンドベースを回る。
「はっ⁉」
瞬く間に、その一番打者は立ったまま三塁に到達していた。
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