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第一部
1-48「リベンジと答え合わせ(4)」
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ゴロが二つ、外野への大きなフライが一つ、そして、三振が六つ。
結果、レギュラー九人と対戦して一度も出塁を許さない完璧な投球で、彗と一星のリベンジは成功した。
そんな会心な結果を残した帰り道。
彗は「いやー、やったな」と一星と肩を組んだ。
暑苦しいよ、と振り払いながら一星は「全部木原さんのお陰だね」と、アイスを食べながら歩いていた真奈美に言葉を投げる。
予想だにしないタイミングで話しかけられて真奈美は口の中にアイスを含みながら「ほあ?」と自分を指差す。
「真奈美のお陰で気づけたんだって」と音葉がフォローを入れると、口の中に入れたばかりのアイスを無理矢理に処理して「なんか言ったっけ?」と首を傾げた。ふざけているわけでもなく、本当に覚えていないのだろう。ただひたすらに困惑して眉間にしわを寄せている。
「ほら、昨日の夜会ったでしょ?」
「コンビニの帰りのこと?」
「うん。その時の〝怖くないのかな〟って言葉がヒントになったんだって」
「……え? なんで?」
より深く首を傾げた真奈美に「俺ら経験者じゃすっかり忘れてたなんだよ」と肉まんを食べながら彗が言うと「そうそう」と一星も頷く。
「んー……怖いってことを忘れてたってこと?」
「うん。普通人間ってさ、こっちに近づいてくるものって怖いでしょ? 野球も同じでさ、怖いんだ、普通は」
「ふむふむ」
「特に空野みたいな速いボールを投げるピッチャーのときは身構えるんだ。もし当たったらどうしようとか、まずは様子見ようとか、いろいろ考えてね」
「なるほどなるほど」
「けどあの日、田名部先輩は最初の一球を踏み込んで打ったんだ」
「一切怖がること無く、な」
「どうしてだと思う?」
三人の視線を浴びていた真奈美は少し照れながら「来る球がわかってた、とか?」と遠慮がちに答えてみせた。
一星は「正解!」とオッケーマークを右手で作る。
「やった!」
「先輩は来ないだろうって読んでたから、踏み込んで打てたんだ。だけど、僕たちはそれに気付けなかった」
「それで次の打席、探り探りで投げたら中途半端になって打たれたってワケ」
二人の考察を聞きながら真奈美は「奥が深いなぁ」と呟きながら最後のアイスを口に放り込むと「それのお礼がこれ?」と空っぽになったアイスの袋を掲げる。
「あぁ。お陰で自信を持って春季大会に挑めるってことだ」
「ま、やることもたくさんあるけどね」と一星が釘を刺すと、彗は渋い顔をして「わかってるよ」と口を尖らせた。
意思疎通ができている二人に音葉も「そうだね」と深く頷く。
一人取り残された真奈美は三度首を傾げた。
「なんで? 今日は一軍の人たちを打ち取ってたじゃん」
「今日は実戦みたいな形だけど、シートバッティングっていう練習なんだ。本番じゃないし、スイッチが入ってない先輩たちを打ち取っただけなんだ」
「へぇ……スイッチって、そんなに違うもんなの?」
「うーん……わかりにくい?」
一星が問いかけると、真奈美は自信満々に「とっても」と胸を張る。
苦笑いをしながら一星は「そうだな……練習は普通の授業、試合は受験って感じかな」と例えを捻り出た。
「なるほどぉ、全然違う」
「ま、そんな練習でも打たれたあれからは進歩したぐらいって状態なんだよ、僕たちはさ」
納得のいく答えを出せた一星は、どこか誇らしげに空を見上げている。
――カッコつけやがって。
笑いながら、彗は一星の言葉を反芻する。
本番じゃない、ただの練習で抑えただけ。
しかも、今回抑えることができたのは一星のリードによる部分が大きい。
変化球を投げるときに肘が下がるという課題はそのままだし、コントロールにもばらつきがある。駆け引きも弱いし、成長しなければならない部分は山だらけ。
今の状況じゃ甲子園はおろか、背番号を貰えるかもギリギリ。
こんなんじゃダメだ、と気を引き締めて彗も空を見上げた。
いよいよ、高校野球が始まる。
その実感を伴って見上げた夕暮れの空は、いやに赤く染まって見えた。
結果、レギュラー九人と対戦して一度も出塁を許さない完璧な投球で、彗と一星のリベンジは成功した。
そんな会心な結果を残した帰り道。
彗は「いやー、やったな」と一星と肩を組んだ。
暑苦しいよ、と振り払いながら一星は「全部木原さんのお陰だね」と、アイスを食べながら歩いていた真奈美に言葉を投げる。
予想だにしないタイミングで話しかけられて真奈美は口の中にアイスを含みながら「ほあ?」と自分を指差す。
「真奈美のお陰で気づけたんだって」と音葉がフォローを入れると、口の中に入れたばかりのアイスを無理矢理に処理して「なんか言ったっけ?」と首を傾げた。ふざけているわけでもなく、本当に覚えていないのだろう。ただひたすらに困惑して眉間にしわを寄せている。
「ほら、昨日の夜会ったでしょ?」
「コンビニの帰りのこと?」
「うん。その時の〝怖くないのかな〟って言葉がヒントになったんだって」
「……え? なんで?」
より深く首を傾げた真奈美に「俺ら経験者じゃすっかり忘れてたなんだよ」と肉まんを食べながら彗が言うと「そうそう」と一星も頷く。
「んー……怖いってことを忘れてたってこと?」
「うん。普通人間ってさ、こっちに近づいてくるものって怖いでしょ? 野球も同じでさ、怖いんだ、普通は」
「ふむふむ」
「特に空野みたいな速いボールを投げるピッチャーのときは身構えるんだ。もし当たったらどうしようとか、まずは様子見ようとか、いろいろ考えてね」
「なるほどなるほど」
「けどあの日、田名部先輩は最初の一球を踏み込んで打ったんだ」
「一切怖がること無く、な」
「どうしてだと思う?」
三人の視線を浴びていた真奈美は少し照れながら「来る球がわかってた、とか?」と遠慮がちに答えてみせた。
一星は「正解!」とオッケーマークを右手で作る。
「やった!」
「先輩は来ないだろうって読んでたから、踏み込んで打てたんだ。だけど、僕たちはそれに気付けなかった」
「それで次の打席、探り探りで投げたら中途半端になって打たれたってワケ」
二人の考察を聞きながら真奈美は「奥が深いなぁ」と呟きながら最後のアイスを口に放り込むと「それのお礼がこれ?」と空っぽになったアイスの袋を掲げる。
「あぁ。お陰で自信を持って春季大会に挑めるってことだ」
「ま、やることもたくさんあるけどね」と一星が釘を刺すと、彗は渋い顔をして「わかってるよ」と口を尖らせた。
意思疎通ができている二人に音葉も「そうだね」と深く頷く。
一人取り残された真奈美は三度首を傾げた。
「なんで? 今日は一軍の人たちを打ち取ってたじゃん」
「今日は実戦みたいな形だけど、シートバッティングっていう練習なんだ。本番じゃないし、スイッチが入ってない先輩たちを打ち取っただけなんだ」
「へぇ……スイッチって、そんなに違うもんなの?」
「うーん……わかりにくい?」
一星が問いかけると、真奈美は自信満々に「とっても」と胸を張る。
苦笑いをしながら一星は「そうだな……練習は普通の授業、試合は受験って感じかな」と例えを捻り出た。
「なるほどぉ、全然違う」
「ま、そんな練習でも打たれたあれからは進歩したぐらいって状態なんだよ、僕たちはさ」
納得のいく答えを出せた一星は、どこか誇らしげに空を見上げている。
――カッコつけやがって。
笑いながら、彗は一星の言葉を反芻する。
本番じゃない、ただの練習で抑えただけ。
しかも、今回抑えることができたのは一星のリードによる部分が大きい。
変化球を投げるときに肘が下がるという課題はそのままだし、コントロールにもばらつきがある。駆け引きも弱いし、成長しなければならない部分は山だらけ。
今の状況じゃ甲子園はおろか、背番号を貰えるかもギリギリ。
こんなんじゃダメだ、と気を引き締めて彗も空を見上げた。
いよいよ、高校野球が始まる。
その実感を伴って見上げた夕暮れの空は、いやに赤く染まって見えた。
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