彗星と遭う

皆川大輔

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第二部

2-48「vs桜海大葉山(7)」

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 彗も承知してくれたようで、一度頷いてから投球動作に入る。

 ――あれ?

 流れは全く一緒。
 大きく振りかぶって、目一杯に胸を張って……もう見慣れてきた新しいフォームだが、どこか違和感がある。
 その違和感は解消されること無く、彗からボールが放たれた。
 相変わらず、威力は充分。
 杞憂に終わるか、と思うも一瞬。

 ――あっ!

 キャッチする直前、一星はボールにも表れた異変に気付いた。
 コースは要求通りとまではいかないものの、意図は伝わるアウトロー。
 いつも通りの球威とキレ、そして尋常ではないバックスピン回転によって生み出される〝浮き上がる〟感覚があれば抑えられるはずだが、今回のボールにはその感覚がなかった。

 つまりは、今彗が投げているのは〝ただの速いストレート〟に過ぎない。

 これが初見の選手や、弱小高校の選手だったら十二分に通用しただろう。しかし、相手は庁が付くほどの強豪校、桜海大葉山。下位打線とは言っても、その威力は他行に比べたら十分過ぎるほど。

 しかも、よりによってこの八番バッターは、先ほどの七番とは打率や出塁することよりも、とにかく大きい打球を打とうとする長距離砲。
 キンッ、と甲高い金属音と共に打球は再びレフトへ飛んだ。

 ――何がいけなかったんだ。

 自分の選択が間違っていたのか。はたまた、彗に何か異変が出てきたのか。
 答えが導き出せないまま、一星はレフトスタンドを越える打球を見送るしかなかった。


       ※


 打球を見送ると、彗は肩を落としたついでにマウンドに置いてあるロジンバッグを拾い上げた。
 ダイヤモンドを一周するホームランを打ったバッターを見送りながら、ポンポンと右手でお手玉をする。
 舞い上がった滑り止めの白い煙は、その場でしつこく留まった。

 ――風も無しにあそこまで飛ばされたのか。

 煽るような挙動をする煙をふっと息で吹き飛ばすと、少し冷静になるために空を見上げる。

 ――高校二本目か。

 一本目、練習試合で真司に打たれた特大の一発に匹敵する――もしくはそれ以上のあたり。真司の時は通用しないのではと感じてしまうほどショックだったが、今は悔しさと言うよりも感心しているという感情の方が近かった。

 ――あそこまで飛ばされちゃ、逆に気分いいや。

 自分でも存外落ち込んでいないことにほくそ笑みながら、さあ次だと振り返ると、目の前に青ざめた一星が立ち竦んでいた。

「お、どうしたよ」

 タイムを要求してまで来た相棒に話しかけると、俯きながら「どうしてこの回、コントロールが悪くなったの?」と体を震わせながら問いかけてくる。

「どうしても何もわかるかって。わかってたら修正するわこっちで。それによー、打たれたボールはそこまで悪いってコースじゃなかったろ?」

「ここまで酷かったのは僕の記憶にないよ」

 いつになく語気が強くなっている一星にたじろぎながら、彗は「わ、悪りー……」とだけ言葉を漏らす。

「……ともかく次、改めて抑えよう」

 眉をひそめながら一星はバッターボックスに入る翼を見ながら「幸いにも九番。しかもそんなにバッティングが得意じゃない翼だ。ここ抑えて、一番を迎えよう」と伝えてくる。

 元からそのつもりだよ、なんて言える雰囲気でもなく。彗は「わかった」とだけ消え入りそうな声を零すと、一星は一度頷いて「いいね、低めだよ? さっきのも若干甘かったから」と念を押してからホームマウンドに戻っていった。

「若干あめーって……それなりのボールだったろうが」

 聞こえないくらいの小声で文句を吐きだすと、一息ついてから彗は改めてバッターを――八神翼を見た。

 日本代表としてチームメイトだったが、練習試合やシートバッティングでも打者としては対戦をしたことが無い。

 一星の話によればそこまで打撃は得意ではないらしいが、バットを構えたその姿はどこか雰囲気があった。右打席に入った翼は、強打者と言うわけではないが、意地でもバットに当ててやる、という気概が垣間見える面構えだ。
 ホントに大丈夫かよ、と思いながらも、一星の出したアウトローのサインに頷くと、投球動作に入った。

 ――低めに、遠くに……。

 長打は決して防ぐため、コース重視。初球はその意識が実ってくれたのか、アウトローギリギリのところにボールが吸い込まれていった。

 雄介が少し悩みながら「ストライク!」と声を上げ、一星もうんうんと頷きながらボールを返球してくる。

 ――よーし……。

 ちゃんと狙ったところに投げられている自分は大丈夫。そう念じながら、再びアウトローに投げ込んだ。今度は少し外れてボール。
 続く三球目、インコースに投げて空振りを奪う。右打者特有の、体に近いところを捌ききれず体が回ってしまうという空振りに一安心し、続いて投じた四球目はアウトコースが外れてボールになるも、若干バットが出かかりスイング気味というボール球だった。

 これなら大丈夫そうだな――そう考えてからが地獄だった。

 五球目、アウトコースをファール。

 六球目、インコース低めをファール。

 七球目、アウトコース低めを見送られてボール。

 八球目、同じくアウトコース低めでいいコースだったがファール。

 九球目、またまた同じくアウトコースに投じ、これもファール。

 しつこいよ、と嫌気が差しながら投げ込んだ十球目。

 苛立ちからか集中力が途切れ、彗が投じたライトボール――もとい〝ただ速いだけのストレート〟はとうとう真ん中へ。

 それを逃さずに、翼は打ち返した。

 キンッ、とこの回三度目になる快音を伴って、翼の放った打球は右中間を奇麗に割っていった。
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