彗星と遭う

皆川大輔

文字の大きさ
149 / 179
第二部

2-61「vs桜海大葉山(20)」

しおりを挟む
「一応、仕事落ち着いてるけど」

「それじゃさ、ちょっとダウン付き合ってくれ」

 そう言うと、彗はグローブを音葉に差し出した。


       ※


 五回からリリーフ登板。合間合間でキャッチボールなどを行い、ある程度の肩は出来ているが、つい先程までランナーとして走り回っていた身である。

 もちろん、そんな状態で通じるほど甘い相手ではなく。コントロールを乱してフォアボールでランあーを出すと、続く二人目にもヒットを打たれて早々にピンチを招くこととなった。

 投げた球数は6、時間にすると三分ほどの出来事に思わず「ま、簡単じゃないか」と新太はスイッチを切り替えるために帽子を被り直す。

 ――さ、気を取り直して。

 チャンスの場面で回ってきたのは二番の右打者。今日は彗からもヒットを打っている好打者だ。
 ようやく心も入ってきたし、いよいよ苦手なコースを徹底的について、などと画策していると「すみません、戸口先輩」と一星が話しかけてきた。

「すみませんって……のわっ⁉ お前、今はプレー中だろ」

「タイム取りました」

 深刻な表情の一星。先程の守備時にはイキイキとした様子だったが、今はどこか慌てているようだった。

「どうした?」

「いえ、自分のリード、大丈夫かなって」

 恐らく、打者二人に対してボールが先行してしまったことが引っかかっているのだろう。自分が投げにくいところに構えているんじゃないのか、何か投げたい変化球があるんじゃないのか。はたまた、このバッターと勝負したくないのか――先程のベンチでのやりとりから察せられる悩みどころはこんなところだな、と笑いながら新太は一星の頭をポンポンと叩くと「気にすんな、良くやってるよ」と声をかける。

「でも……いつもよりもコントロール荒れてるじゃないですか」

「いや、それは面目ない限り。ま、大丈夫。そろそろ慣れるから」と頭を下げた。

「慣れる?」

「あぁ。コーチにちょっと指導して貰ってな」

 そこまで言うと、先程ベンチ内で観察眼を主観に置いた話をしていたことに気づき「どこが変わったかわかるか?」とあえて質問を投げかけてみた。

 少し悩むのかなと思いきや、「腕が下がっているように思います」と一星は即答してくる。

「ちゃんと見れてんじゃん。キャッチャーがそれだけ冷静でいてくれるとピッチャーとしても助かるよ」

「冷静?」

「人間、焦ると視野が狭くなるもんだ。俺の違いに気づけたってことは、それだけ冷静になってるってことだよ。ほれ、戻った戻った!」

 ランナーを出しピンチを招いている中で、これ以上テンポを悪くするわけにはいかない。もっとテンポ良く投げ込まないと、と改めて深く息を吐き出してから、セットポジションに入った。

 先程の様子から見るに、初回から続いていた焦りは無くなっている。若干の弱気さは気がかりだが、慎重になるという点ではいい方向へ向かってくれるかもしれない。
 新太は、外角低めのストレートいうサインを出した一星に頷くと、素早いクイックでボールを投げ込んだ。

「ようやくしっくりきた」

 ボールは、アウトローギリギリ。正に吸い込まれるような軌道で、一星のミットに収まる。ワンテンポ遅れてやってきたパシッという音が気分を高揚させてくれた。

「……やっぱすごいな、あの人」

 矢沢のコーチングにより、これまでの真上から投げ込むオーバースローから、少し腕を下げたサイドスロー気味のスリークォーターが、新太のニューピッチングフォーム。
 理由は、コントロールが悪いとか球速が出ないとかではなく、腰の使い方がオーバースロー向きではないからという理由だった。
 あまり聞かないフォームの理論に懐疑的だったが、実際に動画に撮って自分のフォームを客観的に見てみると、確かにほぼ地面と水平な軸で回転していることを確認し、承諾。
 はじめは、これまで小学生の頃から続けていたフォームを大幅に変更するということで、違和感があったが、投げ込む度に指に上手くボールが引っかかったり、コントロールも球速も上がったように感じ、しっくりとき始めていた。
 だからこそ、早く実戦で試したかったという中での練習試合。

 ――結果は二の次でいいから、まずは納得がいくボールを投げる。

 そんな意識で新太は二球目を投げ込む。

「ほいっ!」

 二球目、今度はインコースギリギリのストレート。腰を引くが、糸を引いたような水都レートに球審・祐介の右手は上がりストライク。
 ボールを受け取り。一星のサインに頷き、セットポジションに入る。この間僅か五秒。打者に考える隙を与えず、リズムも生まれる。いいね、と呟きながらすぐに三球目を投げ込んだ。
 一球目と同じアウトローにスライダー。腰の引けたバッターは遭わせることに精一杯で、ピッチャーゴロとなる。

「オーライ!」

 打球をグラブに収めると、体をくるっと反転させて二塁へ転送しフォースアウト。更に二塁に入っていた文哉が一塁に転送し、ゲッツーが完成した。

「よっし!」

 新太はマウンドでガッツポーズを無意識のうちに披露していた。
 彗からヒットを打った選手を打ち取ったことと、競合相手に新しいフォームが通用することを確信したことが重なったのだろう。
 試合中であるにも拘わらず、満面の笑みを浮かべる。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?

九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。 で、パンツを持っていくのを忘れる。 というのはよくある笑い話。

処理中です...