いくさびと

皆川大輔

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第四章「ゴースト」

「04-002」

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「……ビンゴ。よく見えてたな」

「視力と記憶力は自信あるからね」

 余程、その能力を気に入っているのだろう。鼻高々に胸を張る明日香に「ま、バレちゃしょうがねーや」と大翔はホログラム映像を再生した。

 空中から見下ろす事件現場。撮影が開始されたのは事件が発生してから数分後なため、既に何名かけが人が出ているという状況だ。その証拠に、電車の窓には、所々に飛び散った血が見える。

 外傷で心肺停止した死体も、この後になると出現する。当時のトラウマに近い記憶を呼び起こしていいものか、と恐る恐る明日香の顔をのぞき見るが、真剣な眼差しで映像を眺める姿を見て、大翔は胸をなで下ろした。もう彼女は戦場を体験しているし、腹が据わっているのかもしれない。この様子なら大丈夫だ、と大翔自身も映像に視線を移した。

「何か気になったことがあったら遠慮なく言ってくれ。些細な違和感でもいい」

「遠慮なくって言ってもなぁ……そもそも何を探してるのか教えてくれないと、違和感すらも沸かないよ」

 明日香が口を尖らせて言う。「何を探しているのかなんて、勿論――」と言いかけたところで、何も説明していなかったことを思い出し、大翔は「そういやそうだった」と頭をかきながら、空中に浮かぶ停止ボタンを押した。映像は中盤。ちょうどドローンがシカバネに接近し、アップで醜い体が画面一杯に映し出されている。

「……シカバネは、理性も知性もなくなって、俺やお前みたいな力を持つやつを襲う化け物だってのは話したよな?」

 事件が終息し、川の側で話した記憶を辿りながら話を続けた。確かそうだった、というほどの曖昧な記憶が「う、うん」と明日香が頷き間違いではないということを確認しながら「厳密に言うと、あれはラジコンみてーなもんなんだ」と続けた。

「ラジコン?」

「そう。操縦するヤツがいて初めて動くことができる。そいつを抑えちまえば、もう動くことはないんだよ」

「へー……じゃあ、シカバネを操っている人を探すってこと?」

「そういうこと。現状、どこからこんな化け物が来ているかがわからない以上、少なからず事情を知ってる操縦者に話聞く以外に進展する方法はねぇからな」

「これまでもそうだったの?」

「あぁ。これまではわりとすぐ近く、見える位置にいてくれたからわかりやすかったんだが、今回はどこにもいなくてな」

「なるほど。で、どこかに姿を隠してるかわからないから、些細な違和感でも……か。うん。わかった」

 驚くほど自然に、当たり前のことのように明日香は映像に目を落とす。自分なりに納得を付けたのか、代わらず迷いのない目をする彼女を見て微かなほほえみを口に浮かべながら「さて、それじゃ頼む」と動画を再生した。

 すると間もなく、映像の中の明日香が電車から飛び出し川へ身を投じる。シカバネもそれに釣られて続々と川へ飛び込んでいった。それを追ってドローンも下降していく。この後はひたすら川に流される明日香を追うだけ――何度も見た流れに辟易としていると「あ、ここ」と明日香が突然声を上げた。

「は?」

「ほら、そこ……あっ、見えなくなっちゃった」

「ど、どこだよ」

 まさかの一発回答にうろたえながら、大翔は操作パネルを左から右にスライドさせた。再生や早送りなど空中に浮かんでいた操作パネルが明日香の前に移動し、動画の再生権限が譲渡されると「えっと……ここ」と明日香は自身が川に降下したシーンで映像を止め、画面の端に一瞬映り込んでいる一本の木を指差した。

「これが?」

 傍目からは、ただ風に揺れているというワンシーンにしか思えない。違和感などないように思えるが、明日香は「いや、おかしいよこの靡き方。ほら、周りと比べるとわかりやすいよ」と言い、映像を拡大させる。

 三本の木が画面いっぱいに映し出された。

 周囲の二本は、風に揺られて左側に大きく靡いている。

「確かに……だけど、山なんて天気はしょっちゅう変わるもんじゃないのか?」

「ううん。山はね、風の向きが昼と夜で決まってるんだ」

 そう言うと、明日香はプログラム映像に〝山谷風〟とシードの検索結果を表示させた。解説によると、昼は谷から山に向かって、夜はその逆で山から谷に向かって風が吹く。物理的に言えばこの現象通り山頂、川上へ向かう左向きに靡くことが正しい。

 しかし、明日香の指摘した木だけが右向きに靡いていた。

「なるほど……」

「そう言われると、確かにおかしいね。スゴいね明日香ちゃん」

「い、いえ。ただ知ってただけです」

「てことは、この画面端にある木の先に、なにかがいた可能性が高いってことか……」

「でも、わかるのはここまでだね」と言いながら明日香は映像を再生した。すると瞬く間に川に落ちた明日香とシカバネに画角が向けられる。その間も映像はぶれており、特定はおろかそれらしい影も見当たらない。

「こんなんじゃこれ以上確かめようがねーな……」

「あ、私の映像データとかシードに残ってないですか? 視覚とのリンクはしてるはずだし、まだバックアップが残ってるかも」
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