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1話 OLですけど神様にレンタルされました。

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 コツ、コツとヒールが路面に当たる音が響く夜、残業で疲れた体を引きずって帰路に着いていた私は1人溜息を吐いた。

「やっと連勤終了……よく頑張った、私」

 疲れ切ってはいたが、明日からの週末休みを存分に謳歌する為に、向かう先は家では無く、心のオアシスへ向けて歩いている。

 私にとってのオアシス、それはここレンタルビデオ屋である。昨今は月額制でわざわざ店まで借りに来なくても全てスマホやパソコン、果てはゲーム機ですら映画やドラマが見放題という時代だ。

 それでも私がなぜ店に足を運ぶのかは、この大量にある作品の中から、偶然の出会いによって見つけた物“だからこそ”得られる感動があると信じているからだ。

 それは人と人の出逢いにも似ていて、一目惚れした相手が超絶イケメンでモロ好みだったのに付き合ってみたらギャンブル、酒、ソシャゲ廃課金のクズだったとかの駄作も有れば、告白してきた相手に全然期待してなかったのに意外と尽くしてくれて家事も万能で良作だった、という気持ちに似ている。

 決して今までの私の恋愛経験ではない。断じて、決して。

 と、まあそんな事はどうでも良くて、私は新たな出会いを求めて好きな部類である恋愛物やサスペンス、ミステリーのコーナーを徘徊している。
 陳列された棚の下側、隅に追いやられているようなところに、真っ白なパッケージのDVDが目に留まった。

 最初は仕切り用のダミーかと思ったが、手に取るとタイトルも付いている。『神さま、レンタルします。』なんだこれは。裏側を見てもあらすじなど何も書いていない。あるのは貸し出し用バーコードと旧作7泊8日とだけ書いてある。

 なにも前情報が無い不思議な物に私は少しときめいていた。そうだ、先入観なんていらないのだ。私はこのDVDと前回借りたドラマの続きを何本か持ちセルフレジへ通した。

 コンビニで適当にパスタなんかを買ってから家に着く。ワンルームの一人暮らしで連勤明けともなれば、洗濯は溜まっているし服も脱ぎ散らかしてそのままの有り様。

 しかしベッドとキッチン周りだけは常に清潔にするという変なところだけO型の血が働いている。わかるかな。分かってほしい。

 早速DVDレコーダーに借りてきた『神様レンタル』なる物を入れて再生してみる。

 いつもどおり、映画が始まる前のラッパやシンバルなどで、無駄に壮大な音楽とスポットライトがロゴに当てられる映像が流れている。

 パスタを啜りながら見ていると真っ白な映像のまま声が聞こえてきた。

「私は神である。そなたを天界へと誘おう」

 なんだ? ファンタジーや空想の物語か? それにしても初っ端から使い捨てられた台詞だなあとか考えていると、あれ?急に眠気が……い、いかん今寝たら休み前の貴重な私のハッピータイムが無くな……る……。


 突然の睡魔に襲われた私は眠ってしまったのだろう。そしてここはきっと夢の中だ。

 なぜそう思うかって?だって辺り一面雲みたいに白いモコモコの床だし、なんか目の前には巨大な教卓のような物もあるし、なにより見上げるような大きさで白髭を生やしたおっさんがコチラをみているからだ。

「我は神である」
「はい?」
「お前の名を聞こう」
「私ですか? ミカですけど……」

 自称『神』の巨大なおっさんの声はエコーが掛かったように残響している。
 神様が出てくるなんて、DVD見ながら寝落ちしてしまったせいか? と首を傾げていると、おっさんは話を続けた。

「お前に7泊8日の間、神の力を授ける。我に代わり神の仕事に就くのだ」
「は?」
「いや、『は?』じゃなくて」

 急にフランクな話し方になったおっさんに逆にびっくりする。なんなんだこの自称神は。
 尚もおっさんは続ける。

「我が居ない間、神の代行をしてもらう。ちゃんと期限も内容も表紙に書いておいたであろう?」
「ちょっと何言ってるのか分からない」

 有名な芸人みたいな返事をしてしまったが、分からないものは分からないと言える私だ。
 分からないのに分かったというやつは大抵仕事において使えない奴と相場が決まっている。

「いや、だからさ。DVD借りたよね?」
「借りた」
「表紙になんて書いてあった?」
「神様、レンタルします。旧作7泊8日」
「そうだよね? そういうことだから。ミカさんは今日から神さまってことだから」

 言っている意味が全然分からない。
 私が神さま? 8日間? 神さまの貸し出し? 頭にたくさんのクエスチョンマークが浮かんでいると、おっさんが痺れを切らして説明し始める。

「だから! ミカさんは神様をレンタルしたんだから7泊8日で神様をやってもらうって事!! 我も忙しいし、明日から連休に入るから後の事は天使に聞いてくれ!! じゃあの!!」
「ちょ、ちょちょっと待って!!」

 私の静止も虚しく、おっさんは光に包まれ消えてしまった。
 一人ぽつんと雲の床が広がる空間に取り残されて茫然としていると、誰かが声をかけてきた。

 声のした方を見ると、背中から真っ白な翼を生やした緑色の髪の女性が居た。
 思うことは一つ。コスプレか? 気合い入ってるなー。

「ミカさんですね。私は聖天使ガブリエルと申します。神様の代行をして頂ける、貴方のサポートをさせて頂きます、どうぞ宜しくお願いしますね」
「ガブリエル? 神様の代行ってわからない事ばっかりなんですけど?」
「あらあら、では細かくお話ししますね」

 ガブリエルと名乗る綺麗なお姉さんが言うには、私は有給休暇を取るおっさんに代わって、神様とやらの仕事をさせられるらしい。

 人間界から代行できる人物を求めて求人を出したら私が来たということだ。
 レンタルビデオで求人ってなんだよ。てか、神様も有休あるのかよ。私だって全然使えてないぞ。

「で、その神様の仕事ってなにをするの?」
「様々な世界を見張って頂いて、事象を起こしたり神の思し召しを与えたりですね。後はこれは急遽決まった事なのですが――」

 ガブリエルの言葉を遮るようにチリンチリンと、どこからともなく鈴の音が聞こえてくる。ガブリエルはちょうどよかったと言って喜んでいるが何なのだろう。

 何もない雲の空間に光り輝く扉が出てきた。ゆっくりと開いた扉から出てきたのは、いかにもヤンキーです、という風貌をした若い男だった。

「なんだここ? おいそこのネーチャン。何処だここは」

 いきなりネーチャン呼ばわりされてカチンとくる。だからヤンキーは嫌いなんだ、礼儀を知らないクソガキめ。
 睨み付けていると、私の意思を感じ取ったのか睨み返してくる。

「なんだァその目は?! やンのかコラ!!」
「さあ、ミカさん!! 最初の仕事ですよ!! この人を天国か地獄か、どちらに引き渡すか決めてください!!」
「「は?」」

 ヤンキーともろかぶりで同じ事を言ってしまった。天国か地獄か? ヤンキーは嫌いだからそんなもの決まっている。

「じゃあ地獄で」
「はい! 分かりました! 地獄行き1名さまご案内でーす!!」
「オイオイオイオイ待て待て待て待て!!」

 ヤンキーが焦っている。でも敵対心は剥き出しのままだ。
 人様に迷惑をかけるような輩には地獄がお似合いだろう。

「なんなんだよお前らは?! 俺が地獄? ハッ意味わかんねー!」
「私はヤンキーが嫌いです。さっさと地獄に落ちなさい」

 親指を下に向けて『イイね!』アイコンとは逆の『良くないね!』アイコンマークをしてみる。

 直後にヤンキーの足元、モコモコした雲がスッとヤンキーを避けて、絶叫しながら落ちていった。
 ボッシュートを見守っていると、ガブリエルが口を開く。

「説明が途中でしたね。ミカさんには、同じく連休を取られて不在になる、閻魔様のお仕事も代わりにこなして頂きます。今みたいにここに来た迷える子羊を天国か地獄か、選んでいただく簡単なお仕事です!」
「え? じゃあさっきのヤンキーは本当に――」
「はい!! 地獄に落ちました!!」

 ニッコニコの笑顔で語る、ガブリエルお姉さんの似つかわしくない台詞に少し引いてしまった。
 私があのヤンキーの運命を決めたってこと? これからそんなことをしていくの? とても簡単にフランクに運命が決まって、動揺している私にガブリエルは頭を下げた。

「これから宜しくお願いしますね! ミカ神様!!」

 ミカガミさま、なんだかややこしい呼び名に決まった私の『期限つき神さま生活』の幕開けだった。
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