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3話 OLですけど触らぬ神に祟りなしって触られたらそりゃ祟りますよ。

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 神様代行2日目。
 そもそも時間の概念があるのか分からないが、ここはいつでも真っ白で明るくてふかふかで、とても眠くなってくる。

 かといって寝れるわけでも無く、今日も天国と地獄の審判をせこせこと下している。雲で作ったフカフカのソファに横になりながら。

「ねぇ、ガブリエルさん」
「はいなんでしょう」
「なんか地味なんですけど、この仕事」
「そうですか? 私はお側で見ていて面白いですけど」

 次から次へとくる迷える子羊達を、まるで花占いの花びらのように天国と地獄へ割り振っていく。

 一人一人聞いていたらキリが無いのでパッと見と言動で、独断と偏見を行使して決めている。

 あ、このおじさんエロい目つきしたな。はい地獄。ありゃ、おじいちゃんは寿命かな? 来世も頑張れ、はい天国、と。

 神の力とやらを片手間で色々試してみたが、思ったことはすべて出来てしまうので、逆になにが出来ないのかを調べたくなってしまう。

 全知全能の神ってすごいなーとか考えていると、どこからともなく携帯が鳴る音がした。
 音の方に目を向けると、ガブリエルがスマホを耳に当てて電話をしている。
 神とか天使もスマホで連絡するの? 神器じゃん。スマホってすごい。

 電話を終えたガブリエルが困った顔をしている。何かあったのだろうか。

「どうしたの?」
「地獄にいる鬼達からでして……もうじきキャパオーバーになりそうだと言っていました」
「まあ、ここに来る人の7割は地獄に落としてるからねぇ」
「鬼達からもう少し精査して貰わないと困ると怒られてしまいました……」

 聖天使なのに鬼に怒られるなんてあるのか。
 私たち人間の知らないところでも、上下関係とホウレンソウは存在していたことに、妙な現実感があった。

 ガブリエルさんを困らせるわけにもいかないので、少しだけ真面目にしようかとソファにちゃんと座り直す。
 すると、今までに無いほどの大きな光の扉が出現した。

 何事かと身構えていると、開かれた扉から入ってきたのは数十人の団体さんだった。老若男女様々な人が、一斉にこの空間に入ってくる。

「は? なによこの数!! ガブリエルさん何これ?!」
「どうやら、列車事故のようですね。脱線して街に突っ込んでしまった電車に乗り合わせていた人のようです」

 これはこれは大惨事ということだろう。それぞれが自分の置かれた状況に理解がついて来ていない。
 狼狽える人や、泣き出す人、駅員を探して怒っている人までいる。私はいっぺんに話しかける事にした。

「お静まりなさい。ここは天界。私は貴方達に審判を下す神です」
「神? なんだあの女」
「おい! ここは何処なんだ!! 説明しろ!!」
「神だって……頭がおかしくなってしまった人ね」
「目を合わせるな……宗教の勧誘かなんかだろ」

 人がせっかく神様っぽいことを言っているのに、この人達は聞く耳を持たず、罵声まで浴びせてくるとは。

 いっそのこと全員地獄に送ろうかと考えたが、横にいるガブリエルを見て気持ちを改めた。
 神の力によって一人一人の名前や年齢はその人の頭の上に映し出されている。未練を話してもらい、それによって判断しよう。

「では呼ばれた者は私の前に来なさい!! ヤマダ・ショータ!」
「未練はここにいる彼女と付き合ったばかりで……キスもまだなのに死ぬなんて……」
「合格! 彼女のサワタリ・マユも合格とする! 生き還りなさい。はい次、マイケル・ブラハム」
「アーメン」
「天国! はい次!」
「来週の少年Stepの漫画が気になって……やっと連載再開されるのに……」
「それはあなたが死ぬまで完結する可能性は低いわ。諦めなさい、天国行き! はい次!」
「さっきから、何偉そうに指示してるんだキミは!! 私は花丸証券の役人だぞ!! 慎みたまえ!!」
「地獄! 残念ながらお金はあの世に持っていけません!」

 バッサバッサと切っていくこと数十分。天国が4割、生き返らせたのが4割、残り2割が地獄となった。
 息を切らした私にアールグレイを差し出してくれるガブリエル。この人はアールグレイしか淹れれないのかな?美味しいけどさ。

 一息ついた私だったがまだ子羊が一人、残っている事に気づく。さて、最後はどんな悩みか――。

「女神様!! 僕は貴女の美しさに惚れてしまいました!! 現世での未練はありません。今は貴女のお側に居たいのです!!」
「へ?」

 そう意気込んできたのは20歳そこそこの大学生風の男だ。
 茶髪に染まってピアスもしており、一見するとチャラく見えるが、服装は優しいお兄さんみたいなカジュアルスーツに、私を見つめる目は真剣そのものだった。

 突然こんなところで告白されても困るものだが、うん、見た目は嫌いじゃない。なかなか可愛い顔をしている。

「私を好きになったというの?」
「はい! 初対面ですけど、それでも貴女が好きだ!!」

 こんなストレートに告白されたことは今までになかった。
 どちらかと言えば自分から告白しにいくタイプだったので、ここまで言ってくれると少し照れくさい。ちょっと暑くなってきた。

 この子は生き返らせて、私が現実に戻った時に改めて付き合うというのもアリだな。えーどーしよー。今フリーだしなー。

 そんな風に頭の中で彼との進展を妄想していると、ガブリエルが耳打ちで彼に聞こえないように話してくる。

「ミカ神様。彼……童貞です」
「何?!」

 と、言うことは彼を私色に染めることも出来るということか? なかなか容姿も悪くないのに今まで守り続けていたことを不思議に思ったが、ふむ、年下彼氏も悪くないな。

「あの、女神様。お側に寄っても良いでしょうか?」
「ひゃい?! あ、ああ。構わない」

 なんだ、この展開は。こんなところで私は本当の愛を見つけることが出来そうだぞ。神様になってよかった、これから彼と甘々なハッピーライフが――。
 なんだ、これは何をされているんだ?彼が私の胸を両手で掴み、その間に顔を埋めて――ッ!?

「なななななななにをしているの!?」
「ママぁ~お腹ちゅきました~。おっぱい飲みたいでちゅ~」

 彼が容姿は悪くないのに童貞な理由がわかった。

 特殊すぎる性癖の持ち主だったとは。ドン引きし寒気を覚えた私は彼を突き飛ばし、即刻地獄送りにした。
 最後までママ~とか叫んでいた。彼は現世に戻してはいけない、そう強く思った。さようなら私のハッピーライフ。

「ガブリエル……お酒が呑みたい」
「ここには生憎あいにく、そういったものはありません」

 幸せな姿を妄想して悦に入っていた、数分前の自分をぶん殴りたい。穴があったら入りたい。あ、自分で作ればいいのか。よいしょ。

 暫くの間、穴に埋まっていた私であった。
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