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第二章

16.決意

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 十樹と桂樹は森に辿り着いていた。
  木漏れ日の射すベンチの上に、いつもと同じように寝ているはずのジム・カインの姿は、そこになかった。

 「今日はいないみたいだな」
 「父ちゃん、ここにいたのか? 十樹」

  ゼンが十樹を見上げて訊く。

 「十樹、オレはジム・カインの家を知ってる。こっちだ」

  桂樹の後をついていくと、一件の家があった。その家を見てゼンが目を見開いた。

 「何で、オレの家がここにあるんだよ!?」
 「オレの家?」

  ゼン曰く、本物のカーティス村にあるゼンの家が、そのままこの特別病棟に建てられているらしい。

 「父ちゃん! 父ちゃん!」

  ゼンは勢い余って、ジム・カインの住んでいる家の玄関の扉を開けた。
    扉の鍵はかかっておらず、ゼンの目前にジム・カインは現れた。

 「一体、何の騒ぎだあ?」
 「父ちゃん!」

  ゼンは数年ぶりの再開に「やっと会えた」と言って、ジムの胸に飛び込んだ。

 「な……何だ? どこの子だ?」
 「――父ちゃん?」

  ジムは突然飛びついてきたゼンに動揺しながら、ゆっくりと引き離した。
    そして、十樹と桂樹を見た。

 「何だ何だ。にーちゃん達は双子だったのか……」
 「そうです……ゼン、すまないが、こういうことなんだ」
 「リルと同じって事かよ」
 「ああ」

  ジム・カインとリルは、十樹達が何を言っているのか分からない様子で、きょとんとしている。

 「じゃあ、せめて、リルと一緒に父ちゃんもここから出してくれよ」
 「それは出来ない。規則なんだ」

  十樹は言った。
  リルは昨日ここに放り込まれたばかりで、メインコンピューターにも登録されていない。
  服も実験体の服のままだ。

 「ここに来るのは、これで最後になるかもしれない。だからゼン、お父さんを置いてここから出よう」
 「嫌だ!」
 「ゼン……もうあまり時間もないんだ。カリムも待ってる」
 「嫌だ! オレがここにいたら、思い出すかもしれないだろ?」
 「それは、分からないが……」
 「だったらオレは、それに賭けてみるよ」

                  ☆

「十樹くーん! 桂樹くーん!」

  ゼンをジム・カインの家に置いて、特別病棟を出ようとした帰り道、瑞穂が慌てて十樹と桂樹の元へ駆けて来た。

 「瑞穂……どうしたんだ?」

  ぜぇぜぇ、と息を切らしている瑞穂に、桂樹は訊く。

 「ここの人達に訊いたら、こっちに向かったっていうから……早く帰らないとマズイことになるから」
 「マズイ事って何だ?」
 「夜七時になると、メインコンピューターが作動して、貴方達ここの患者として登録されてしまうのよ」
 「あぁ、そんな話を聞いたことがあるな」
 「知ってるなら、もっと早く服を返して頂戴。もう限界よ……あら? その子」

  瑞穂は十樹の足元にいるリルを見て。

 「昨日、神崎が連れて来た子だわ」
 「やっぱりな」
 「神崎は何と言っていた?」
 「しばらく、ここで預かって欲しいって」

――預かってってことは、神崎はリルを一生ここに入れておく気はなかったってことか?

 「ありがとう瑞穂、もう私達は帰るところだから」
 「そう……良かったわ。婦長を誤魔化すの、大変なんだから。二人共! 忘れないでね、豪華ディナーよ、豪華ディナー♪」
 「……」

  豪華ディナーを思い浮かべて、楽しそうにしている先頭を歩く瑞穂を見て、十樹と桂樹はそれぞれ複雑な思いで帰路に着いた。

                   ☆

 「亨、白石君達の研究室に監査を入れたが、クローンの製造をしていた形跡はなかったぞ」
 「そうですか」

  携帯の端末を手に、神崎親子が話をしている。

 「お前のおかげで随分な恥をかいた。軍事用クローンを製造する計画を一から見直さないといけない」
 「僕が聞いていたときは、確かにクローンの製造をしていましたが……亜樹さんはいませんでしたか?」
 「亜樹さんは、クローンではない。大学の記録にも、ちゃんと在籍記録があるのだからな」
 「ふぅん」

  神崎は少し考えるような仕草をして、父親に言った。

 「多分、もうすぐ全てが明らかになりますよ。軍事用クローンの件も、僕の方で少し考えていることがあります。その日を首を長くして待っていてください」
 「お前がそう言うなら……」
 「では、これで」

  神崎は携帯を切り、にやりと笑った。
  全ては、神崎の掌の上にあるかのように。




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