森を抜けたらそこは異世界でした

日彩

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第六章

6.異変

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 「育児研究部」は「軍事用クローン製造部」の名前を変えただけの、同じ場所にある。
  朝日は十樹の呼びかけに応じて、その場所へ来ていた。

 「朝日――」

  神崎が朝日を呼び止めようとしたところ、朝日は神崎を無視して、すたすたと十樹の元へ行ってしまう。

 「何の御用でしょうか? 白石十樹」
 「いや、君も君自身を見ておくのもいいのではないかと思ってね」
 「私は、私の存在自体に興味はありません」
 「そうかい? 君の赤ん坊は可愛いよ」

  十樹はそう言って、朝日のクローンを抱きかかえようとする。
  すると朝日は顔が熱くなるのを感じた。

 「ちょっと汗をかいている。着替えさせるね」
 「!?」

  十樹はクローン朝日の産着を脱がせようとしたところ、朝日は「ぽっ」と顔が赤くなった。

――ぽっ?

 「――ぽ?」

  神崎と十樹は視線を斜め下に落すと、朝日は真っ赤な顔をしてそこに立っていた。

 「朝日君?」
 「な、何でもありません。これは私自身ではなく、私のクローンなのですから……」

  十樹は朝日の言わんとしている事がよく分からないまま、朝日のクローンの産着に手をかけた。しかし、朝日は無理に赤ん坊を十樹の腕から奪い取った。

 「あ、貴方は私に何をするつもりですか!」

  朝日は半分涙目になって叫んだ。

 「何って……服を着替えさせて、おむつでも取り替えようとしたまでですが……朝日君」

  十樹はクローンが誕生してからというもの、ずっと世話をしていたことを朝日に話すと、ぶるぶると震えだした。

 「白石十樹! 貴方は私の裸を見たのですか?」
 「――……」

  十樹はようやく朝日の言わんとすることが分かって、こほんと一つ咳をした。

 「正確には、朝日君のクローンの赤ん坊の裸は見ましたが、ブレイン朝日君の裸は見ていませんから――安心してください」

  朝日は自分自身のクローンに興味はなかったが、そっくりそのまま同じDNAをもった赤ん坊を他に見られるのをよしとしなかった。

  この時、朝日は違う感情を持ち合わせていたが、まだ当人はそれを知らない。

 「白石十樹! 貴方にクローン朝日の世話を見る事を固く禁じます!」

  朝日は自身のクローンを両手で抱くと、育児研究部から出て行こうとした。
  しかし、神崎がそれを阻む。

 「朝日君、その赤ん坊は君のものではない。勝手に連れて出て行くことは許されない」
 「それなら、このクローンは私がここで育てます」

  朝日は誰に言われることもなく、育児研究部のパソコンに自身の名前を登録した。
  これでこの研究施設の出入りが自由になる。

 「朝日君……君はまた勝手に……」
 「いいじゃないですか。彼女にも手伝ってもらいましょう。人手は多ければ多いほど、我々も楽になる事ですし」

  そんな二人のやりとりを横目で見ながら、朝日はクローンを保育器に入れ、ちゃっかりと十樹の隣をキープした。

                   ☆

 村人一行は、光虫に導かれて「神隠しの森」の入り口へと来ていた。
  光虫は輝きながら「神隠しの森」の奥へと入って行った。

 「長老……ここは入ってはいけない森です。引き返しましょう」

  村人達は、いつ何が出て来るか分からない恐怖と戦っていた。

 「何、光虫は未だかつて村を悪いようにはしてきておらん。もちろんいい事もしておらんがの」

  長老は笑って言う。

 「近頃、いなくなった子供達三人もいるじゃろ? 案外、この森に潜んでいるかもしれん」
 「長老、この森にリルがいるかもしれないの――?」

  長老の台詞を聞いて、リルの母親の目の色が変わった。ゼンやカリムの両親も同様だった。

 「しかし、植物の知識も水もないこの場所で、生き長らえているとも考えにくいがの」
 「――……」

  子供達がこの村から消えてから、もう半年は経過している。
  もし、この森で道に迷い、彷徨っているとしたら、幼い子供三人の生存の可能性はかなり低いだろう。

  皆が言葉を失い、足元の枯れ木や葉を踏み、一歩一歩踏みしめるかのようにして、光虫に導かれるまま一行は森の奥へと進んでいった。

                   ☆

 桂樹は研究室のソファでゴキブリ王国の夢を見ながら、機嫌よく眠っていた。その安眠を妨げ、起こしたのはカリムとリルである。

 「桂樹! 起きてってば! 大変なことが起こってるんだっ!」
 「あ……ああ? オレは今、ゴキブリ王国で遊んでいたいの……」

  むにゃむにゃと寝ぼけている桂樹は次の言葉で完全に目を覚ましたのだった。

 「村の皆が「神隠しの森」に来てるんだ! この場所にもうじき辿り着きそうなんだ!」
 「――何?」

  桂樹はソファからゆっくり起きると、ふるふると頭を振った。

 「何でそんな事になってるんだ!?」
 「――どうしよう、このまま皆が光虫になったら……」

  先日こんな事があった。
  カリムとリルが何度目かの自宅の様子伺いをして来た後のことである。
  いつものように「神隠しの森」の扉に帰って来た時のこと。

  一匹の光虫がカリムとリルと同じくして扉の中へ入って来たのである。
  すると、光虫は扉に入った途端、一人の青年の姿へ変貌した。

 「わっわっ! お前は誰だ!」

  突然現れた青年は言った。

 「君達が久しぶりに扉を開けてくれたから、僕もこっちの世界と村への行き来が出来るようになった――光虫だった僕らは、扉が開けないまま、ずっとここで扉が開くのを待っていたんだ」

  呆然とするカリムとリルに続けて言った。

 「この数ヶ月、ずっと君達の様子を見ていた。ここで相談している姿も、そして扉の向こうが今は安全であることが分かった」

  青年の話曰く、以前幾何学大学はこの村から来た移民に対し、実験体動物さながらの扱いをしていたらしい。それに耐え切れなくなった移民達が幾何学大学で暴動を起こし、ついには扉の外に放り出され、光虫のままずっと過ごすことになってしまったのだと、二人に話した。

 「君達が無事であるのなら、外にいる光虫もきっと僕や君達に協力してくれるだろう」

  青年はそう言うと、光虫の群れの中に戻っていった。

 「そのせいで、光虫の群れが動いたんだ。どうしよう桂樹、オレ達とんでもないことを」
 「……カリム」

  リルが心配そうにカリムを気遣う。

 「とにかく、十樹と連絡をとろう」

  桂樹はそう言うと、十樹の携帯に電話をした。

                   ☆

 桂樹から事の次第を聞いた十樹は、自分の代わりに橘を「育児研究部」に呼んでもらうように頼むと、神崎に直談判した。

 「特別病棟にいる患者達の記憶操作を解いて欲しい」
 「僕がそれを了承すると思うのか? 随分、僕もなめられたものだな」
 「無理を承知で頼んでいるんだ」

  神崎が顔をしかめて十樹に言う。

 「今まで君達が僕の頼みを聞いたことがあったか?」
 「……」

  十樹が何も言えないまま、神崎を睨めつける。

 「記憶操作を解きなさい。神崎亨」

  右斜め下から、神崎に命令する朝日がいた。

 「いつまで経っても、君の態度は僕に対して高圧的だな! 朝日君。どちらが立場が上か、わきまえたまえ!」
 「私は現在、白石十樹に雇われておりますので、それに凡人である神崎亨に、私が従わなければならない道理もありません」
 「――凡人」

  神崎の心に朝日の言葉がぐさりと刺さる。

 「僕の立場なら、いつでも君をこの幾何学大学から追い出すことが可能だ」
 「それなら、私は神崎亨のあんな事やこんな事を全て周知のものとしてもいいのですね?」
 「――……」

  神崎は「あんな事やこんな事」が何を意味するのか分からず、心臓がばくばくと高鳴った。

 「全てを明らかにしていいのなら――例えば神崎亨のお部屋には白石十樹の……」
 「待て、言うな! 朝日君」

  十樹は二人のやり取りを、困りながらも楽しげに聞いていた。
  朝日は神崎を脅迫する為のデータを手に持っており、何度もそれをちらつかせた。
  結果は勿論、神崎の惨敗である。

 「――という訳で、宜しくお願いします。神崎先生」

  十樹はにこやかに笑った。



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