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第(4/7)話: 見えない敵意

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クロスボーンズグレイブヤード
CROSSBORNS-GRAVEYARD

第(4/7)話: 見えない敵意

「そっちはどう?」

凸凹の道を強引に走らせる。

私が乗っているのは年代物のビュイック・ロードマスター・リビエラだ。

「撒かれたよ。市場の中に入ったようだ。こうなったらもう人海戦術で行くしかないな」

相棒のピエールは地味だが信頼の出来る男である。
車を降りた音に続いて、重火器を装填する小気味の良い破裂音が耳に響く。

「行くぞ、野郎ども!」

連れてきた部下は13人、必ず仕留めてみせるという意気込みが伝わる大捕物だ。

「そっちは任せたわ。私はこのまま山を突っ切る!」

チューンアップされたエンジンに火を付ける。

情報が確かなら、奴らの本拠地はここにあるはずだ。

「逃げ足の速い奴め・・・」

ピエールたちが旧市街に入ると、道には時折跪く奴隷たちの姿があった。

だが、彼らには目もくれず歩みを進める。
奴らが跪くはずがない。

「公安だ!連中を匿っているとすれば大きな間違いだぞ!」

必要とあらば、市民を巻き添えにするのもやむを得ない。
それが組織の考え方だった。

「着いたわ」

小屋の目前でビュイックのハンドルを大きく切り、停車する。
砂埃が視界を覆い、不明瞭にさせた。

「気をつけろよ、ミーシャ」

しゃがみこみ、銃を構えたままドアを開ける。
外装は傷だらけで、あちこちに凹みがあった。

こうと分かっていればジープで来たのに。

「突入する」

キャビンの入口には赤い砂漠のシンボルマークが描かれている。

少なくとも、場所はアタリだ。

「公安よ!」

扉を蹴破る。

辺りは暗い。
天井には蜘蛛の巣の張ったシャンデリア。まるで生活感がない。

奴らは此処で何をしていたのだろう。

慎重に歩みを進める。

「おい!誰かいるのか?助けてくれ、お願いだ!」

奥の部屋から声が聞こえた。

誰がいるかは分かっている。

「心配ありません、上院議員。私たちが必ず助けます」

手枷をされ、大の字に吊るされていた。

放置されていたのだろう、汚物と汗の腐った臭いが充満している。

「動かないで」

バン!バン!と鎖を絶つ。肥えた身体が床に落ちた。

「はあ・・・はあ、ありがとう」

外れた関節はなかなか治らない。

息を調え、まじまじとこちらを見る。

「1人なのかね?」

信じられないという表情。

私はそれには答えず、詰問を開始した。

「犯人は?」

単刀直入に訊く。

「赤い砂漠だ。奴ら、強引に私を拉致して」

経緯なんてどうでもいい。

「彼らが居なくなってからどれくらい経つの?」

男は眼球をぐるぐる回して考える。

「2日だ。太陽が2回昇った」

私は上院議員に水を飲ませると、銃をしまった。

「もぬけの殻ね」

となれば残された資料を漁るとしよう。

重要なものは既にないだろうが、見落としというものが人にはある。

「奴らはメッセージを残したんだ。見せたくはないが、伝言は伝えなければ・・・」

血に濡れたシャツをたくし上げると、オドロオドロしい刺し傷が口を開いていた。

《モウ オウナ》

私に宛てたメッセージだ。

「もう追うな」

読み上げる。

何と分かりやすい伝言だろう。
・・・従うはずもないのに、目の前に言葉を突き付ける。

「どたい、無理な相談ね」

男の尻には赤い十字が刻印されていた。

奴隷の徴を逆手に取って、奴らは誇らしげにシンボルとして扱っていた。

「体力が・・・もう限界だ。病院に連れていってくれないか?」

だけど病院では、奴隷の徴を示したが最後追い出されるに決まっている。

「助けに来てくれたんだろ」

それもある。
でもそれだけではない。

私は腐肉を漁るハイエナのように部屋の隅々を嗅ぎ回った。

「あった」

赤い表紙のファイルが書棚に残っていた。

さっそく開けてみる。

「なるほど・・・そういうこと」

それはピエールを始めとした公安メンバーの機密ファイルだったのである。

パラパラパラ!

時を同じくして、放たれる無数の銃声が無線機を通して聞こえてきた。

「こっちは囮ってわけ」

溜め息をつく。

今は議員を助けることに集中しよう。
私は肉塊のような上院議員に手を差し伸べる。

「行くわよ」

数マイル先の修羅場のことを思ったが、此処からではどうすることもできない。

上院議員は腕をあげたが、壊疽した掌は言うことをきかなかった。
蠅たちがブンブン飛び回っている。

早く、熱いシャワーを浴びて火照った身体のまま眠りたい。



「クソッ!速すぎる!」

ピエールはマシンガンを連射した。

それでも標的には当たらない。

「む、向こうも撃ち返してきてる!」

新入りの隊員が泣きそうな顔をこちらに向けた。

「こっちを向くな!怯むなよ・・・奴らがその気なら、今この場所で殲滅してやるまでさ」

ロケット弾を装着し、ランチャーをぶっ放つ。

土で出来た建物の塀が業火に包まれて崩れ落ちた。

「いたぞ!あいつだ!」

俊足のアジジが壁伝いに移動している。

極度にねじ曲がった細い手足を持つ黒い奇形児だ。・・・気色悪い。

「逃げ道などないぞ、蜘蛛男!」

今度こそ、息の根を止めてやる。

思慮などかなぐり捨てて飛び出した。

「殺してやる!」

人が通れる余地のない、路地の突き当たりまで追い詰める。

迷った挙げ句、アジジは建物の隙間にその身体を捩じ込んだ。

「ふ、馬鹿め・・・」

いくら特殊な体躯でも、無理なものは無理だ。
狭くなっていくその隙間でアジジは遂に動けなくなる。

頭の中心に照準を合わせて引き金を引いた。

ダン!

何が起きたのか俄には分からない。
壁が吹き飛んで、ピエールの肩に欠片が当たった。

目の前で動く巨大な影。
全てを砕く赤い砂漠の怪力男の登場である。

「グヲォオオ!!!」

咆哮と共に汚ない唾液を撒き散らして、怒りを湛えた巨大な怪物が突進してくる。

(やっぱりアイツら・・・)

逃げながら思う。

(人間じゃねえ!)

赤い砂漠は、元々不具と呼ばれていた人々の秘密の共同体だった。

そこへ逃げ込んだ逃亡奴隷、特にカタワにされた者たちが手を結ぶ。

こうして自然発生的に生まれた集団が過激な思想を持つテロリスト(野郎ども)によって鍛え上げられる。
資金を得た彼らは力を増して、より強大な力を持つべく富裕層の家を襲ったり身代金を要求したりと横暴を繰り返すようになった。

「ぬ・・・」

立ち止まる。

仲間たちが全員、捕まっていた。
布地で顔を覆ったテロリストたちが市場全体を制圧している。

「跪け」

馬車から降りてきた男が言う。
ローブに隠されて顔は見えない。

「地面に顔を擦り付けて泣きながら許しを請え」

ピエールは両膝を付いた状態で武器を捨て、リーダーと思しき男を睨みつけた。

「お前がユスフか」

男は肩を竦めてみせる。
同胞たちがゲラゲラと笑った。

「そう言われれば確かに、そう呼ばれていたこともあったかな」

彼が指示を出すと、部下の2人がピエールの後ろに回って肩を小突く。

「奴隷の名前はもう棄てた」

屋台の林檎をかじりながら前へと進む。

びちょびちょと音を立ててこちらに近づく。

「ワーキド・ミスバーフ。またの名をディヤーブ・カースィム・ヌウマーン。これからはそう呼んでくれ。・・・友はナディームとも呼ぶが、お前には関係がなさそうだ」

それから殺人用の、内臓を抉るためのギザギザが付いた野太いナイフを引き抜いた。

「何故なら此処でお前の命は終わるからな。・・・仲良くなる暇はない」

グサリ。

ピエールの視界が真っ赤に染まる。

最期に恐ろしい声が聞こえた。

「皆殺しにしろ」



湯気の立ち上る熱いシャワー。

皮膚が赤くなるほど温度をあげて、麻痺した感覚を呼び覚ます。

「ミーシャ」

ベッドで男が待っている。

身体を拭くのも程々に、ミーシャはバスローブを羽織って寝室へ足を進めた。

「ピエールたちは殺されたわ」

半裸で待っていたのはジャラジャラと宝飾品を身に付けた褐色の肌の男だった。

「ああ。そうだろうと思ったよ。だが、お陰で奴らの尻尾を掴むことができた」

大粒のサファイア輝く指輪を嵌めたゴツい指が、私を触る。

「終わり良ければ全て良し、世の中結果が全てだものね」

テレビの画面には株価の変動がグラフとなってウネウネと動いている。

私には何がなんだかさっぱり分からない。

「愛してるわ、ンドゥール」

でも分かる。

何がどうあれ、今この瞬間の高揚と私たちが得たもの、目に見えるもの、手で触れられるもの、実感を得られるものだけが、本物だ。

ンドゥールは目覚め、隣で眠っているミーシャを起こさないようそっと抜け出す。

腰巻きひとつで立ち上がり、金の盃に淹れられた砂糖水を少し飲んだ。
葉巻をくわえ、廊下に出る。

「うぐ・・・うぐぐぐ・・・」

手首から先のない上院議員が犬のような格好で朝の挨拶をした。

助け出した後で舌を抜いて奴隷にするなんて、ミーシャも趣味が悪い。

「ふん、もう追うな・・・か。ピエールといいユスフといい、あの女に惚れたら身を滅ぼすな」

屋上にあがり、プールに浸かった。
まだまだ外は暗く、空には分厚い雲が掛かっていて星ひとつ見えない。

だけども眼下に広がる素晴らしい街並みには、眠らぬ夜の光が無数に灯り瞬いていた。

「この全てが、じきに我々のものになる」

相手に不足はない。
後はどちらが賢いか、見せて貰うことにしよう。

「血を血で洗う争いも、あと少しでお仕舞いだ」

終わり良ければ全て良し、奴らは所詮寄せ集め。
歴史と文化に裏打ちされたこちらが勝つに決まっている。

【つづく】

布団の中でカッと目を見開くミーシャ。
深い夢から覚めて現状を認識する。

手には金色のネックレス、先端には鍵が付いていた。

そっと握り締め、静かに微笑む。

次回予告!

雪崩れ込むようにして最後の決戦を仕掛けるユスフ!
対峙するミーシャと兄のヒョードル!

その目に映るは絶望か幻か・・・

次回『同じ穴の狢』!

行き着く果てに見えるものは、何だ。
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