5 / 7
第(5/7)話: 同じ穴の狢
しおりを挟む
クロスボーンズグレイブヤード
CROSSBORNS-GRAVEYARD
第(5/7)話: 同じ穴の狢
少しばかり、物事を早急に運び過ぎたようだ。
ふとした瞬間に気持ちが離れていくのが自分でも分かる。
(このままじゃ身体がもたないな)
過剰に生きることは死を早める。
「畜生め」
注射器の針を腕に射した。
ガクガクと震える身体を諫めて堪える。
強がることは容易だが、強くあり続けることは難しい。
部屋に誰かが入ってきたので平生を装い襟を正した。
それから、擦りきれてボロボロになった赤いソファーに横になる。
「何か用か、アンジェロ?」
キザな髭をした男はおどおどしていて挙動不審だ。
良からぬ報告をする時の冷や汗雑じりの緊張感。
「ナ、ナディーム・・・実は言わなきゃいけないことがあって」
何を言われるか、だいたい想像は付いていた。
「奴らに居場所がバレちまって、俺たちはもう包囲されているんだ」
窓がないから確かめられない。
だが、この男が嘘をついたことは一度もない。
「今のうちに荷物を纏めてくれ。脱出するぞ」
こうなれば、残された道はひとつだ。
地下に潜る。
そこに洞穴からの冷気が流れ込む部屋がある。
「この場所ともお別れか」
幾つもの仕切りが付いた木の棚に、氷漬けにした生首が陳列されていた。
憎きケルビンとその家族。
ピエールとその仲間たち。
旅芸人を装って追跡を繰り返し、策を練り、成し遂げた栄誉ある功績だ。
この場所で何度酒を飲んだことか!
「上院議員を拉致したのがいけなかったな」
伴友マルチネスはそう言うが、違う。
「奴もこうしておくべきだった」
恐怖に歪んだまま凍りついたケルビンの顔を撫でながら答える。
「これからどうする?」
さあ考えろ。
窮地を脱して吉と為せ。
「目には目を、歯には歯を。昔から、やるべきことは決まっている」
アジトに雪崩れ込む政府の軍隊。
ぞろぞろと連なって(まるで蟻みたいだ)、罠の中に入り込んでいく。
ある程度を侵入させてから、マルチネスが縄を断ち斬った。
すると支えられていた《塀》が上から落ちてきて大きな音を立てる。
ズシリと重い鉄の扉は入る者も出る者も、皆拒んだ。
「やれ!」
指示を出すとアンジェロが信管を抜く。
バアン!
木っ端微塵に大破する施設。
設営当初から組み込んでおいた大規模な自爆プログラムは作動した。
燃え盛る炎と逃げ惑う人々の声、声、声!
竹林からその様子を眺め、次いで皆に向き直る。
辺りにはまだ熱い火の粉混じりの灰が降っていた。
巨体に骨を軋ませる怪物のような男から、顎のない女、もやし髪の男、全身が鱗で覆われた女など見慣れたいつもの顔ぶれが揃う。
束の間の静寂を破るのはリーダーの務めだろう。
「先を急ごう・・・まだ勝ったわけじゃない」
(ユスフ)
微睡みの中で声が呼ぶ。
分かっている。
これは夢だ。
高所順応しきれなくて悪い熱にうなされているんだ。
(ユスフ、こっちよ)
姉のヨルゲンがそう言って、満面の笑みを浮かべて手招きをする。
本物のヨルゲンならしないことを、いとも容易くやってのける。
(見てご覧、ユスフ)
叢に幾つもの墓が建っていた。
名前の描かれていない石造りの十字架群。
土から溢れだした人骨が積み上がっている場所もある。
ここは・・・
(クロスボーンズ・グレイブヤード)
誰だか分からない、身元不明の遺骨を回収して弔うための集団墓地だ。
「人間、死んだら皆同じシャレコウベだからな」
自分の声で目を醒ました。
「そうね」
驚いて振り返る。
俺は蒼白な顔をしていたと思う。
確かにそこに立っていたヨルゲンはおしとやかに微笑んだ。
唇の端が切れて裂ける。
頬が溶けて皮膚が腐る。
歯が零れて眼窩は窪む。
髪が抜けて頭蓋が割れ、ピシリと軽い音を立てた。
「あなたも私の仲間にならない?」
御免被る。
背の高い男が天幕を開けて、陽の光を浴びた幻影は音を立てて消えていく。
シュルル・・・
「ワキード・ミスバーフ」
背の高い男は言った。
「我々も手を貸そう」
青い布地を身体に巻き付け、腕には禍々しい刺青とインプラントが埋め込まれている。
違う文化で生まれ育ち、育まれた奴隷制度に反旗を翻した同胞だ。
「《赤い砂漠》の活動、とりわけ貴方の行為には敬服することが多い。《青い樹海》は全員一致で行動を共にすることにした」
既に《黄色い洞窟》や《黒い鋼鉄》、《緑の指》に《銀の嵐》など各地の実力派グループが名乗りをあげている。
その全てに「時を待て」と告げてそのままにしていた。
「"その時"は今か、ミスバーフ?」
そろそろ潮時かもしれない。
「ああ」
アンジェロを呼びつけて命じる。
「のろしに火を付けろ」
今こそ奴らを根絶してやるのだ。
★
暗い道を抜ける。
奴らのアジトは守りが堅い。
だから本隊とは別行動をして、単身秘密の任務に殉じる。
「一緒に行こうか?」
マルチネスは言ってくれたが、断る。
これは個人的な行動だ。
内密に、迅速に事を進めたい。
「分かってくれると有難い」
伴友は頷く。
それが大義だと信じているから。
だけど本当は、個人的に助け出したい人がいるのだ。
これから起こそうとしている大災厄を是非とも生き延びて、世界を共にか別々にか過ごしてもらいたい人がいる。
(この際、俺にはどっちだって構わない)
「ミーシャ」
ひときわ大きな樹の根本に、その穴は今もまだあった。
14年前のあの日、ミーシャの母親が咄嗟に逃がしてくれた冷たい通路。
その道を逆に辿って、今度はこちらから"あの部屋"に侵入するのだ。
「待っていろよ」
薄暗い穴の入り口は、まだいい。
すぐに曲がり角があって、辺りは闇に包まれる。
光のない世界を手探りで進む。
爪の中に土が入った。
地中に貯えられた水分が発する独特のすえた匂いが鼻腔を刺激する。
(この感じだ・・・)
懐かしい暗闇。
昔はこの世界に生きていた。
必死になって這い上がろうともがいていた。
ガサガサ!ガサガサッ!
沢山の虫が音を立てる。
百足の類いが首筋を這っていく。
(ふう)
不意に頭が痛くなった。
眉をしかめて、鼻を啜る。
ぶるぶると寒気がした。
「キレてきたな」
独り言ではない。
誰かが何処かから呼び掛けている。
「誰だ!何処にいる!」
腰のベルトからナイフを引き抜いて身構えた。
「俺は、お前の中にいる悪霊だよ。ディヤーブ・カースィム・マヌワーン」
そして。
「いくら捜しても無駄さ」
声を辿っていくと錆びた鉄格子に行き当たった。
声はその向こう側から聞こえてくる。
なんだ、やっぱり居るじゃないか。
「大人しく出てこい・・・その陰気な面を見せやがれ」
暗闇が動く。
気のせいかもしれなかった。
だけど"それ"は眺めるほどに実体を持ち、やがてこちらに顔を向けた。
「久しぶりだな、ユスフ」
白髪混じりに変わっていたものの、すぐにそれが誰なのか分かった。
「兄さん・・・」
赤い砂漠の元幹部、ヒョードル・ヴァン・クリストフ。
厳つかった肉体はそのままに肌は草臥れている。
憎しみを秘めた涙袋の深い皺が、虐げられた年月の重みを感じさせた。
「ずっとお前を待っていたのに、お前はとうとう来なかった。家族を見棄てた卑怯者め・・・今更来たところで変わるものなどありはしない」
どきりとした。
ずっと心に病んでいたそのものズバリを当てられたのだ。
だが、こちらにはもっと言いたいことがある。
「卑怯者だと罵るなら、兄さんも身の程を考えるんだな」
銃の安全装置を解除して、兄の頭に突き付けた。
「何の真似だ、ユスフ」
冷や汗が流れ落ちるところを俺は見逃さない。
あの事を"彼"は自覚しているはずだ。
「どうして兄さんが生かされている?今日まで兄さんのことを信じていたんだ。だけどもこれでハッキリした」
あらゆる疑問が結び付き、たったひとつの確信に変わる。
「仲間を売ったのは兄さんなんだろ」
部外者が知り得ぬ情報を、公安当局は持っていた。
その機密を流したのが、まさか兄のヒョードルだったとは。
「生き延びるためにしたことだ。いまでも後悔はしていない」
ならばこの手で殺すしかない。
「悪いが兄さん、死んでくれ」
引き金をひく。
兄の顔が吹き飛び、俺の身体は血にまみれる。
顔面に強烈な痺れを感じ、歯はズキズキと痛んだ。
(最期にひとつ言っておく。お前が持っているのは、本当に銃なのか?)
手元を見る。
震える手のひらに握られているのは銃ではなくてナイフだった。
正面を見ると、兄はいない。
「クソ、これもまた幻影か」
夢と現を判別する術はないのだろうか。
咄嗟に思い付いて、自身の首筋にナイフを宛がう。
「お前が俺の悪霊だと言うのなら、決着をつけてやる」
切っ先が皮膚を裂き、赤い血が流れ落ちた。
小さな穴から命が漏れていく。
「ぐ・・・」
止めどなく溢れる血液を押さえつけた。
クソ、これは現実だ。
天上から射し込む光が見える。
そこまで登るための梯子もあった。
まるで天国へ続くヤコブの梯子だ。
居ないはずの兄の声が言う。
(行け)
だけど兄さん、あれは死んだ人間しか登れないんだよ!
声は無視して、話を続ける。
(行って、お前の使命を果たせ)
目を閉じて、梯子に手を伸ばす。
「・・・・・・」
本棚の裏側から、部屋の中を覗いた。
黒人の大きな背中が見えた。
(ンドゥールに違いない)
宝飾品が嵌め込まれた重そうな法衣を身に付けている。
「とにかく、援軍の要請を」
ンドゥールは受話器に向かって言う。
「ああ」
それから。
聞き馴れた名前に息を呑んだ。
「頼んだぞ、ムッシュ・サルバドール・ドゥプリュ」
【つづく】
次回予告!
立ちはだかる真の敵!
その男の名前はサルバドール・ドュプリュ!
共闘するユスフとミーシャ!
中立を保つンドゥール!
革命は、ひとりの人間によって起こされる!
次回『新たなる宿敵』
TWO MORE VENGEANCE !!!!
CROSSBORNS-GRAVEYARD
第(5/7)話: 同じ穴の狢
少しばかり、物事を早急に運び過ぎたようだ。
ふとした瞬間に気持ちが離れていくのが自分でも分かる。
(このままじゃ身体がもたないな)
過剰に生きることは死を早める。
「畜生め」
注射器の針を腕に射した。
ガクガクと震える身体を諫めて堪える。
強がることは容易だが、強くあり続けることは難しい。
部屋に誰かが入ってきたので平生を装い襟を正した。
それから、擦りきれてボロボロになった赤いソファーに横になる。
「何か用か、アンジェロ?」
キザな髭をした男はおどおどしていて挙動不審だ。
良からぬ報告をする時の冷や汗雑じりの緊張感。
「ナ、ナディーム・・・実は言わなきゃいけないことがあって」
何を言われるか、だいたい想像は付いていた。
「奴らに居場所がバレちまって、俺たちはもう包囲されているんだ」
窓がないから確かめられない。
だが、この男が嘘をついたことは一度もない。
「今のうちに荷物を纏めてくれ。脱出するぞ」
こうなれば、残された道はひとつだ。
地下に潜る。
そこに洞穴からの冷気が流れ込む部屋がある。
「この場所ともお別れか」
幾つもの仕切りが付いた木の棚に、氷漬けにした生首が陳列されていた。
憎きケルビンとその家族。
ピエールとその仲間たち。
旅芸人を装って追跡を繰り返し、策を練り、成し遂げた栄誉ある功績だ。
この場所で何度酒を飲んだことか!
「上院議員を拉致したのがいけなかったな」
伴友マルチネスはそう言うが、違う。
「奴もこうしておくべきだった」
恐怖に歪んだまま凍りついたケルビンの顔を撫でながら答える。
「これからどうする?」
さあ考えろ。
窮地を脱して吉と為せ。
「目には目を、歯には歯を。昔から、やるべきことは決まっている」
アジトに雪崩れ込む政府の軍隊。
ぞろぞろと連なって(まるで蟻みたいだ)、罠の中に入り込んでいく。
ある程度を侵入させてから、マルチネスが縄を断ち斬った。
すると支えられていた《塀》が上から落ちてきて大きな音を立てる。
ズシリと重い鉄の扉は入る者も出る者も、皆拒んだ。
「やれ!」
指示を出すとアンジェロが信管を抜く。
バアン!
木っ端微塵に大破する施設。
設営当初から組み込んでおいた大規模な自爆プログラムは作動した。
燃え盛る炎と逃げ惑う人々の声、声、声!
竹林からその様子を眺め、次いで皆に向き直る。
辺りにはまだ熱い火の粉混じりの灰が降っていた。
巨体に骨を軋ませる怪物のような男から、顎のない女、もやし髪の男、全身が鱗で覆われた女など見慣れたいつもの顔ぶれが揃う。
束の間の静寂を破るのはリーダーの務めだろう。
「先を急ごう・・・まだ勝ったわけじゃない」
(ユスフ)
微睡みの中で声が呼ぶ。
分かっている。
これは夢だ。
高所順応しきれなくて悪い熱にうなされているんだ。
(ユスフ、こっちよ)
姉のヨルゲンがそう言って、満面の笑みを浮かべて手招きをする。
本物のヨルゲンならしないことを、いとも容易くやってのける。
(見てご覧、ユスフ)
叢に幾つもの墓が建っていた。
名前の描かれていない石造りの十字架群。
土から溢れだした人骨が積み上がっている場所もある。
ここは・・・
(クロスボーンズ・グレイブヤード)
誰だか分からない、身元不明の遺骨を回収して弔うための集団墓地だ。
「人間、死んだら皆同じシャレコウベだからな」
自分の声で目を醒ました。
「そうね」
驚いて振り返る。
俺は蒼白な顔をしていたと思う。
確かにそこに立っていたヨルゲンはおしとやかに微笑んだ。
唇の端が切れて裂ける。
頬が溶けて皮膚が腐る。
歯が零れて眼窩は窪む。
髪が抜けて頭蓋が割れ、ピシリと軽い音を立てた。
「あなたも私の仲間にならない?」
御免被る。
背の高い男が天幕を開けて、陽の光を浴びた幻影は音を立てて消えていく。
シュルル・・・
「ワキード・ミスバーフ」
背の高い男は言った。
「我々も手を貸そう」
青い布地を身体に巻き付け、腕には禍々しい刺青とインプラントが埋め込まれている。
違う文化で生まれ育ち、育まれた奴隷制度に反旗を翻した同胞だ。
「《赤い砂漠》の活動、とりわけ貴方の行為には敬服することが多い。《青い樹海》は全員一致で行動を共にすることにした」
既に《黄色い洞窟》や《黒い鋼鉄》、《緑の指》に《銀の嵐》など各地の実力派グループが名乗りをあげている。
その全てに「時を待て」と告げてそのままにしていた。
「"その時"は今か、ミスバーフ?」
そろそろ潮時かもしれない。
「ああ」
アンジェロを呼びつけて命じる。
「のろしに火を付けろ」
今こそ奴らを根絶してやるのだ。
★
暗い道を抜ける。
奴らのアジトは守りが堅い。
だから本隊とは別行動をして、単身秘密の任務に殉じる。
「一緒に行こうか?」
マルチネスは言ってくれたが、断る。
これは個人的な行動だ。
内密に、迅速に事を進めたい。
「分かってくれると有難い」
伴友は頷く。
それが大義だと信じているから。
だけど本当は、個人的に助け出したい人がいるのだ。
これから起こそうとしている大災厄を是非とも生き延びて、世界を共にか別々にか過ごしてもらいたい人がいる。
(この際、俺にはどっちだって構わない)
「ミーシャ」
ひときわ大きな樹の根本に、その穴は今もまだあった。
14年前のあの日、ミーシャの母親が咄嗟に逃がしてくれた冷たい通路。
その道を逆に辿って、今度はこちらから"あの部屋"に侵入するのだ。
「待っていろよ」
薄暗い穴の入り口は、まだいい。
すぐに曲がり角があって、辺りは闇に包まれる。
光のない世界を手探りで進む。
爪の中に土が入った。
地中に貯えられた水分が発する独特のすえた匂いが鼻腔を刺激する。
(この感じだ・・・)
懐かしい暗闇。
昔はこの世界に生きていた。
必死になって這い上がろうともがいていた。
ガサガサ!ガサガサッ!
沢山の虫が音を立てる。
百足の類いが首筋を這っていく。
(ふう)
不意に頭が痛くなった。
眉をしかめて、鼻を啜る。
ぶるぶると寒気がした。
「キレてきたな」
独り言ではない。
誰かが何処かから呼び掛けている。
「誰だ!何処にいる!」
腰のベルトからナイフを引き抜いて身構えた。
「俺は、お前の中にいる悪霊だよ。ディヤーブ・カースィム・マヌワーン」
そして。
「いくら捜しても無駄さ」
声を辿っていくと錆びた鉄格子に行き当たった。
声はその向こう側から聞こえてくる。
なんだ、やっぱり居るじゃないか。
「大人しく出てこい・・・その陰気な面を見せやがれ」
暗闇が動く。
気のせいかもしれなかった。
だけど"それ"は眺めるほどに実体を持ち、やがてこちらに顔を向けた。
「久しぶりだな、ユスフ」
白髪混じりに変わっていたものの、すぐにそれが誰なのか分かった。
「兄さん・・・」
赤い砂漠の元幹部、ヒョードル・ヴァン・クリストフ。
厳つかった肉体はそのままに肌は草臥れている。
憎しみを秘めた涙袋の深い皺が、虐げられた年月の重みを感じさせた。
「ずっとお前を待っていたのに、お前はとうとう来なかった。家族を見棄てた卑怯者め・・・今更来たところで変わるものなどありはしない」
どきりとした。
ずっと心に病んでいたそのものズバリを当てられたのだ。
だが、こちらにはもっと言いたいことがある。
「卑怯者だと罵るなら、兄さんも身の程を考えるんだな」
銃の安全装置を解除して、兄の頭に突き付けた。
「何の真似だ、ユスフ」
冷や汗が流れ落ちるところを俺は見逃さない。
あの事を"彼"は自覚しているはずだ。
「どうして兄さんが生かされている?今日まで兄さんのことを信じていたんだ。だけどもこれでハッキリした」
あらゆる疑問が結び付き、たったひとつの確信に変わる。
「仲間を売ったのは兄さんなんだろ」
部外者が知り得ぬ情報を、公安当局は持っていた。
その機密を流したのが、まさか兄のヒョードルだったとは。
「生き延びるためにしたことだ。いまでも後悔はしていない」
ならばこの手で殺すしかない。
「悪いが兄さん、死んでくれ」
引き金をひく。
兄の顔が吹き飛び、俺の身体は血にまみれる。
顔面に強烈な痺れを感じ、歯はズキズキと痛んだ。
(最期にひとつ言っておく。お前が持っているのは、本当に銃なのか?)
手元を見る。
震える手のひらに握られているのは銃ではなくてナイフだった。
正面を見ると、兄はいない。
「クソ、これもまた幻影か」
夢と現を判別する術はないのだろうか。
咄嗟に思い付いて、自身の首筋にナイフを宛がう。
「お前が俺の悪霊だと言うのなら、決着をつけてやる」
切っ先が皮膚を裂き、赤い血が流れ落ちた。
小さな穴から命が漏れていく。
「ぐ・・・」
止めどなく溢れる血液を押さえつけた。
クソ、これは現実だ。
天上から射し込む光が見える。
そこまで登るための梯子もあった。
まるで天国へ続くヤコブの梯子だ。
居ないはずの兄の声が言う。
(行け)
だけど兄さん、あれは死んだ人間しか登れないんだよ!
声は無視して、話を続ける。
(行って、お前の使命を果たせ)
目を閉じて、梯子に手を伸ばす。
「・・・・・・」
本棚の裏側から、部屋の中を覗いた。
黒人の大きな背中が見えた。
(ンドゥールに違いない)
宝飾品が嵌め込まれた重そうな法衣を身に付けている。
「とにかく、援軍の要請を」
ンドゥールは受話器に向かって言う。
「ああ」
それから。
聞き馴れた名前に息を呑んだ。
「頼んだぞ、ムッシュ・サルバドール・ドゥプリュ」
【つづく】
次回予告!
立ちはだかる真の敵!
その男の名前はサルバドール・ドュプリュ!
共闘するユスフとミーシャ!
中立を保つンドゥール!
革命は、ひとりの人間によって起こされる!
次回『新たなる宿敵』
TWO MORE VENGEANCE !!!!
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる