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果たされた約束。
「月の光」⑦
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昔から、本物のオーケストラの公演を聞いて育った僕でも分かる「本物」の演奏だった。
「お兄様、ハル君ってお兄ちゃんのピアノ凄いのよ?
ハルの音は誰よりも澄んでいて綺麗なの。彼の心を表しているみたいにキラキラしてるの!
あんな風に弾けたら幸せだろうな・・。」
3つ下の妹が通っているピアノ教室に、晴海も通っている事は知っていた。
あの「ハル」は、「晴海 啓」なのだと瞬間的に理解した。
今はただ、この心の中に優しく響く天上の音楽を聞いていたかった。
彼への劣等感や、未来への仄暗い焦りを忘れて・・瞼を閉じた。
「君がこの学校で噂になっている幻のピアニストだろ?」
「何の話?体育の時間に怪談話なんて止めて欲しいな・・。」
嫌そうに目を背けた晴海 啓に苦く笑う。
「見たんだ。君が職員室から鍵を借りて、音楽室に入って演奏している所。」
「はは。あんたは悪趣味だな・・。それでどうする、バラすのか?」
「まさか・・。君の演奏が聴けなくなるなんて惜しい真似はしないよ。たまに聞きに行っていいか?
君のピアノは美桜が言ってた通りだった!!とっても素晴らしい演奏だったよ。」
ハルは嬉しそうに微笑んだ僕の顔を見て、少し思案した様子を見せた。
「・・美桜?そうか・・。あんたは山科聖人。美桜の兄貴か・・。」
さっきまでの不愛想な顔とは打って変わって、柔らかな雰囲気を醸し出して口角を上げた。
サラリと揺れた長い黒髪からチラリと見えた切れ長の美しい瞳に僕は驚いた。
よくよく見てみると身長こそ低いが、容姿も、他の誰よりも整っている事に気づいた。
僕は全てに置いて完璧なのに、その才を隠した天才を純粋に自分よりも遥かに凄い人間なのだと理解した。
ハルと僕は、放課後音楽室で話をするようになった。
自分の孤独や、焦りすら見透かすように微笑むハルとは心の底から信頼出来るような安心感を覚えた。
「今日は元気なさそうに見えるが
どうした聖人?次はお前の好きな曲弾いてやるよ。」
椅子から見上げたハルの優しさに少しだけ癒される。
「ドビュッシーの「月の光」が一番好きなんだ。リクエストしてもいい?」
ハルは頷くと、鍵盤に指を走らせる。
途端に僕を優しく励ますような音が音楽室に響き渡る。
今日の美桜の誕生日を一緒に祝わない父に文句を言って朝から喧嘩をしてしまった。
「お兄様や、倉本達に温かくお祝いしてもらっているからいいのよ。」
悲しそうな美桜の言葉に胸が痛んだ・・。
僕達兄妹には、大切な親の愛情が欠けていた。
「親から子供へのお誕生日おめでとうって言葉だけで、彼女はきっと泣くほど嬉しいだろうにな・・。
置かれたプレゼントを悲しそうに見つめる美桜は僕に気づくといつも無理して笑うんだ。」
その言葉が聞こえたハルは、一瞬悲しそうに目を閉じながら鍵盤を滑るように指が走っていた。
ドビュッシーの「月の光」ラストの追いたてられるような高音にはハルの情熱が溢れていた。
ラストの音が部屋に反響して響き渡ると、僕の瞳を見上げた。
「死ぬために生きてるって言ってた・・。
美桜は生きてるのに、先の人生に期待していない。だから僕はいつか彼女を檻から出してやりたい。」
僕は心底驚いた。
兄である僕ですら聞いた事のない彼女の本音を、ハルには話していたことに。
「そうか・・。なら僕も迷わない。
あそこに彼女だけ置いて出て行けないからな、・・出るときは一緒だ。」
ハルは嬉しそうに頷いた。
「約束だ、聖人。彼女の人生も、お前の人生もお前達自身の物だ。
何があっても諦めちゃ駄目だ。」
「うん。君は凄いな・・。そんなに好きなんだ、美桜のこと。」
「そんなんじゃない、ただ助けてあげたいだけだ。・・多分。」
他人に全く興味なさそうなハルが、美桜の事だけ助けてあげたいと思っている。
それだけ特別な人なのに、気づいてない鈍感さに少し可笑しくなる。
「そうか?君は美桜の話をする時、いつも口元が緩む。海も美桜が好きだぞ・・。ライバルだな。」
その言葉に眉をピクリと動かしたハルは、止まっていた指が動き出す。
切ない情熱が迸るようなドビュッシーの「アラベスク」を奏でだした。
「あいつじゃ無理だ・・。美桜の孤独に気付いていなければ「山科」に飲まれる。」
伏せた瞳は揺れていた。
気づいていない、自分の熱い気持ちがその音に溢れていた事に気づかないハルに笑った。
「アラベスクは、美桜が好きな曲だな・・。この曲を聴きながら、いつも図鑑を読んでる。
あいつは違う世界を空想をしては、嬉しそうに微笑んでるんだ。
いつか檻から出た彼女を、その先の本当の世界に君が連れて行ってやってくれ・・。」
その言葉に、ハルからの返事はなかった。
だけど、僕はわかっていた。
彼なら美桜をいつか「山科」の檻から出してあげる事が出来るのではないかと・・。
「お兄様、ハル君ってお兄ちゃんのピアノ凄いのよ?
ハルの音は誰よりも澄んでいて綺麗なの。彼の心を表しているみたいにキラキラしてるの!
あんな風に弾けたら幸せだろうな・・。」
3つ下の妹が通っているピアノ教室に、晴海も通っている事は知っていた。
あの「ハル」は、「晴海 啓」なのだと瞬間的に理解した。
今はただ、この心の中に優しく響く天上の音楽を聞いていたかった。
彼への劣等感や、未来への仄暗い焦りを忘れて・・瞼を閉じた。
「君がこの学校で噂になっている幻のピアニストだろ?」
「何の話?体育の時間に怪談話なんて止めて欲しいな・・。」
嫌そうに目を背けた晴海 啓に苦く笑う。
「見たんだ。君が職員室から鍵を借りて、音楽室に入って演奏している所。」
「はは。あんたは悪趣味だな・・。それでどうする、バラすのか?」
「まさか・・。君の演奏が聴けなくなるなんて惜しい真似はしないよ。たまに聞きに行っていいか?
君のピアノは美桜が言ってた通りだった!!とっても素晴らしい演奏だったよ。」
ハルは嬉しそうに微笑んだ僕の顔を見て、少し思案した様子を見せた。
「・・美桜?そうか・・。あんたは山科聖人。美桜の兄貴か・・。」
さっきまでの不愛想な顔とは打って変わって、柔らかな雰囲気を醸し出して口角を上げた。
サラリと揺れた長い黒髪からチラリと見えた切れ長の美しい瞳に僕は驚いた。
よくよく見てみると身長こそ低いが、容姿も、他の誰よりも整っている事に気づいた。
僕は全てに置いて完璧なのに、その才を隠した天才を純粋に自分よりも遥かに凄い人間なのだと理解した。
ハルと僕は、放課後音楽室で話をするようになった。
自分の孤独や、焦りすら見透かすように微笑むハルとは心の底から信頼出来るような安心感を覚えた。
「今日は元気なさそうに見えるが
どうした聖人?次はお前の好きな曲弾いてやるよ。」
椅子から見上げたハルの優しさに少しだけ癒される。
「ドビュッシーの「月の光」が一番好きなんだ。リクエストしてもいい?」
ハルは頷くと、鍵盤に指を走らせる。
途端に僕を優しく励ますような音が音楽室に響き渡る。
今日の美桜の誕生日を一緒に祝わない父に文句を言って朝から喧嘩をしてしまった。
「お兄様や、倉本達に温かくお祝いしてもらっているからいいのよ。」
悲しそうな美桜の言葉に胸が痛んだ・・。
僕達兄妹には、大切な親の愛情が欠けていた。
「親から子供へのお誕生日おめでとうって言葉だけで、彼女はきっと泣くほど嬉しいだろうにな・・。
置かれたプレゼントを悲しそうに見つめる美桜は僕に気づくといつも無理して笑うんだ。」
その言葉が聞こえたハルは、一瞬悲しそうに目を閉じながら鍵盤を滑るように指が走っていた。
ドビュッシーの「月の光」ラストの追いたてられるような高音にはハルの情熱が溢れていた。
ラストの音が部屋に反響して響き渡ると、僕の瞳を見上げた。
「死ぬために生きてるって言ってた・・。
美桜は生きてるのに、先の人生に期待していない。だから僕はいつか彼女を檻から出してやりたい。」
僕は心底驚いた。
兄である僕ですら聞いた事のない彼女の本音を、ハルには話していたことに。
「そうか・・。なら僕も迷わない。
あそこに彼女だけ置いて出て行けないからな、・・出るときは一緒だ。」
ハルは嬉しそうに頷いた。
「約束だ、聖人。彼女の人生も、お前の人生もお前達自身の物だ。
何があっても諦めちゃ駄目だ。」
「うん。君は凄いな・・。そんなに好きなんだ、美桜のこと。」
「そんなんじゃない、ただ助けてあげたいだけだ。・・多分。」
他人に全く興味なさそうなハルが、美桜の事だけ助けてあげたいと思っている。
それだけ特別な人なのに、気づいてない鈍感さに少し可笑しくなる。
「そうか?君は美桜の話をする時、いつも口元が緩む。海も美桜が好きだぞ・・。ライバルだな。」
その言葉に眉をピクリと動かしたハルは、止まっていた指が動き出す。
切ない情熱が迸るようなドビュッシーの「アラベスク」を奏でだした。
「あいつじゃ無理だ・・。美桜の孤独に気付いていなければ「山科」に飲まれる。」
伏せた瞳は揺れていた。
気づいていない、自分の熱い気持ちがその音に溢れていた事に気づかないハルに笑った。
「アラベスクは、美桜が好きな曲だな・・。この曲を聴きながら、いつも図鑑を読んでる。
あいつは違う世界を空想をしては、嬉しそうに微笑んでるんだ。
いつか檻から出た彼女を、その先の本当の世界に君が連れて行ってやってくれ・・。」
その言葉に、ハルからの返事はなかった。
だけど、僕はわかっていた。
彼なら美桜をいつか「山科」の檻から出してあげる事が出来るのではないかと・・。
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