ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。

館花陽月

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果たされた約束。

「共犯」⑥

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目を覚ました山科 聖人の目の前には白く高い天井が広がっていた。

驚いて周りを見回すと、見た事のない部屋が広がっていた。

自分の居室とは全く違う様子の白いモダンな部屋だった。

横を見ると、サイドテーブルの上に水差しが置いてあった。

反対側には大きな窓が広がり、見たこともない都会のビルの街並みに驚く。

「・・・ここは?」

耳には聞き覚えのあるピアノが聞こえてくる。

懐かしい音だった。

しかもそのピアノが奏でていたのは聖人が昔ハルにリクエストしたドビュッシーの「月の光」だった。

優しく心地よい音色に胸が震える。

「ハル・・。ここにハルがいるのか・・?」

起き上がろうとしたが、全身の力が入らない。

なんとかベッドから少し体を持ち上げて起き上がった。

手元に置いてあったブザーに気づいて鳴らそうとしたが床に取り落としてしまった。

カシャーンと大きな音が響き渡って慌てていた。

こちらに向かって誰かが駆けてくる音がする。

懐かしい足音、大好きだった美桜が姿を現した。

僕の言葉に僕と似た大きな瞳を揺らし、涙目で答えた。

「そうよ・・。ハルの「月の光」よ・・。」

現れた妹は、聖人に被さるように抱き着くと聖人は優しく頭を撫でた。

「・・美桜、君とハルが呼んでいた。
君は泣いていた「お願い、目を覚まして。」って優しくお願いしてた。
最後はハルに頭を叩かれて「いい加減、早く起きろ」って言われた。ハルらしい起こし方だったな・・。」

ピアノの音色はいつの間にか止んでいた。

「良かった・・・。目を覚ましてくれて嬉しい・・。
もう眠ったら嫌よ!二度と眠らないでねお兄様の馬鹿!!」

泣きながら抱き着いて騒ぐ私の後ろで、慧と海がその様子を見て微笑んでいた。

「美桜は、無茶苦茶言うな・・。僕はかなり長い事眠り続けたみたいだね。」

「おい、遅いんだよ聖人。8年半も寝るなんて・・。」

不機嫌そうに隣に姿を現した慧は兄を見つめる。

「8年半?・・美桜、君は大丈夫だったのか・・・?それだけが気懸りで・・。」

「お兄様、聞いて下さい・・。「山科」は崩壊したのよ。
父も全てを暴かれて、警察に捕まったわ。だから、安心して目覚めていいのよ!!」

私の言葉に、聖人は瞳を揺らして慧を見上げた。

「ハル・・。まさか、約束通りに君が父を?」

「ああ、山科亨三は数週間前に逮捕された。お前の集めた証拠が役に立ったんだ。
危惧していた山科ホールディングスは、二条グループが買い取った。
後はお前に託す予定だ。さっさと元気になれよ。」

「すまないな、ハル。お前に全部やらせてしまったんだな。情けないな「共犯」なのに・・。」

「いいや、決定打はお前の証拠だ。長い事お疲れさま。
これからはお前の新しい人生が始まる。・・命を懸けてよく戦ったな。」

涙を流した兄は、慧を見上げて心の底から泣いていた。

落着きを取り戻した兄に、部屋に入れずに戸惑っている2人の話をしなくてはならなかった。

「お兄様・・。鑑定の結果、確かに私と貴方の父は違ったわ。
お兄様はお母様と、愛し合っていた倉本との唯一の子供だったの・・・。
母は父を捨てて、倉本と家を出たんだけど、あの人に命を狙われた。
慧が、その動きを予測して助けてくれたわ・・。」

驚きに目を見開いた兄は、入り口に立ち尽くした倉本と泣いている母に視線を向けた。

「そう。お母様をも殺そうとしたのか・・。
全てを母と僕のせいにしていた。
僕と美桜が思い通りにならない事も、父と母の結婚が・・そもそも間違いだったと。
いつだって、自分が悪い発想はないんだな。
誰かが悪いと人のせいにしてばかりだった。
そんな父の人生は、本当に幸せだったのかな・・。」

悲しそうな表情を浮かべる兄を見て、優しい人だと私は思う。
変わらず、兄は人に優しい・・・。

それ故に、深く悩んで傷ついてしまうのだと。

「倉本はいつも私達に優しくて、倉本がお父様だったらいいのにって何度思ったか・・。
逆に、私の中に父の血が流れているんで、心底ガッカリよ。
真実を聞いた時、どれほどお兄様が羨ましいと思ったか・・・!!」

ゲンナリした表情で吐き捨てた言葉に、兄は噴き出した。

「ははは・・・。なんだよ、それ・・。参ったな。
真実を知るのが怖かったんだ。あの時、母の気持ちも分からなかったし、・・正直恨んだ。
あいつの言う通りで、僕が家の癌なのかと思考を飲まれた。
結果、情けない真似をしてすまなかった。
色々あっただろうにお前は・・・。相変わらず、強いな。」

「強くないわ。私には、側で支えてくれる人がいたの・・。
あの家で、全てを抱えていたお兄様は、さぞお辛かったでしょうね・・。
気づいてあげることが出来ずに、ごめんなさい。」

兄は揺れる瞳を向けて、大きく頷いた。

1人で抱えていた不安を、誰にも相談出来ずに苦しんでいた兄を思うと胸が痛む。

「お前の苦しみは、メールを見て察したよ。・・・全ての真実を、独りで抱えて大変だったな。」

「そうだな・・。でも、・・助かって良かった。
これからの全てを、自分の目で見届ける事が出来る。」

「ああ・・。お前が助かって、本当に良かったよ。」

2人は微笑みながら、手を伸ばしてパシッと手を叩いた。
嬉しそうに、満足そうなその笑顔には達成感が浮かんでいた。

「これで、約束は果たされたな。」

ハルが安堵の表情で聖人と私を交互に見つめていた。

「共犯関係も終わりだな、ハル・・・。お前とだから出来たんだ。」

15年もの時を経て、2人の心からの願いが叶えられた瞬間だった。

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