ゲームスタート時に死亡済み王女は今日も死んだふりをする

館花陽月

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聖女ルルドの恋模様

音楽祭は奈落の底から⑥

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バスタオルを被ったままのアリアが、部屋のドアを開けて僕の隣に走ってきた。
クリーム色のネグリジェを身に着けて彼女の白い肌からは甘い花の香がした。
「もう泣いてもいいよ。ずっと、カリーナが泣いている時は我慢していたでしょ?」
その言葉に、僕は首を横に振りながらも両目からはポロポロと涙が次々と頬を伝って
鎖骨に落ちていた。
「お母様は、僕たちを守るために一人で冷たくなって・・。僕はずっとお母様と一緒にいたかった。」

ベッドの横に座って涙を浮かべるアリアは力なく笑った。

「うん・・・。カインのお母様は大切な物を守ろうとしたのね。ちゃんと守れたんだわ。」
「お母様がいない世界でカリーナを守れるのかな。カリーナまで奪われたら僕は一人だ・・。」
「カイン、お母様は失われてはいないわ。お母様の血を継いだ貴方の中に貴方の心の中にずっと生き続けている。守れなくていいの。カリーナと2人で助け合って生きて行けばいいのよ」

彼女の言葉を最後まで聞き終える前に、僕は視界が涙で見えなくなっていた。
嗚咽まみれで、鼻水だらけでみっともないくらい僕は泣いた。

アリアは黙って傍にいてくれた。
目が覚めたカリーナと3人でその夜は一緒に眠った。
昨日までの寒さはなかった。温かい夜だった。

アリア・・・。

僕の聖女、僕の光・・。


ハッと我に返ると、二人の男女は銀色のナイフを手に持っていた。

嫌だ・・。
あいつら何なんだ!?彼女を殺させはしない!!

耳元が熱い。
燃えるように熱くて耳鳴りのように様々な音が流れ込む。暗闇の中で光が駆け抜けた。

近づいてくる足音・・。
聞き覚えがある声に僕は目を見開いた。
自分の首に着けていた重いオパールのブローチ付きのタイをブチッと剥ぎ取ると
わざと2人の持つランプを目掛けて思い切り投げた。

――・・ガチャン!!

ランプの傘部分にあたったタイは小さな音を立てて床に落ちた。
暗闇の中で突如何かがランプに当てられた事で焦ったように周りを確認し出した2人を誘うように
今度は自分が履いていた靴を思い切り遠くに投げた。今の僕には時間を稼ぐことしか出来なかった

ーゴッツ・・!!

「何だ・・。誰かいるのか!?」
男の方が、焦りのない口調で大きな声を上げた。
「気味が悪いですわ!!ねぇ、動かない死体ならそのままにして逃げましょう?」
さっき2人がランプを持ってやってきた方向から足音がこちらに向かってやって来る。
ぎしっと階段の板が軋む音がして、こちらへ下りて来る足音に驚いたように顔を見合わせて動きを止めた。
「・・いやだわ!見つかると不味いわよ」
「タイミングが悪い。仕方がない、行くぞ!」
遠くの床に落ちた音に、慌てた二人は耳元で話し合うと別れて各自別な方向へと散らばった。

焦った女がランプを1つ落として走り去った後、一瞬その場に静寂が訪れた。
僕は先ほど、男の方が話していた台詞を思い出して不安になった。僕の心臓は早鐘を打っている。
口から心臓が出そうになる気持ちの悪さに、ふるりと頭を振った。
柱の陰から飛び出してアリアの元へと走り寄ると、床の上で力を失った細い腕を握った。
「アリア・・。お願い。目を覚まして!」
僕はアリアの手を握ると、冷たい手に頬を寄せた。
あの日から一度も泣いたことが無かったのに、気が付くと涙で視界が滲んでいた。
「・・・ん。あれ、カイン??どうしたの・・。」
「目覚めたの・・!?本当に生きてる?」
「・・うん。不思議なんだけど、カインが泣いている気が・・した・・んのーーーっ!!!」
僕はアリアの身体を抱き起して、無言で彼女を胸に押し込めると強く抱きしめた。
柔らかい身体から甘く香った。驚いた様子のアリアは、泣いてる僕に気づいて成すすべもなく抱きしめられたままだ
「君がいなくなったら、どうしようって思った・・。
僕の世界から君がいなくなるのは絶対に嫌だよ」
「心配かけてごめんね・・。女神の加護があるもの。もう、大丈夫よ」
ドタドタと足音がして、騒がしい声が聞こえてくる
「あああっ・・。カイン、お前!!アリアに抱きついて・・。暗がりで、な、何をしてるんだよっ!?今すぐ離れろ!!」「アリア様!!お兄様もお怪我をしているの!?大丈夫ですか?」
4つの明かりが近づいてきた事を僕は知っていた。
だけど、今はアリアを抱きしめていたかった。
僕はクレトスの叫び声を無視したまま、投げた靴を魔法で呼び寄せて穿いた。
足に痛みを感じつつ、無言で立ち上がった後、アリアを腕に抱き止めて膝をかかえて持ちあげた。
「ちょっと!?・・カイン?!」驚いたアリアは不安そうな表情で僕を見上げた。
「アリアは、落下して酷い怪我をしているんだよ。動かすと危険な状態なんだ。彼女を運びたいからそこ、どいてくれない?」「・・わ、解った」
固い声とら有無を言わさない表情を出すと驚きながらも頷いたクレトスが道を開けた。
振動を与えないようにそっと抱きかかえながら階段を歩こうとすると、クイクイとアリアが僕のタキシードの胸倉を掴んだ。
「ねぇ、カイン。貴方の怪我も一緒に回復しちゃうから歌を歌ってもいい??」
「うん。元気になったら、舞台で一緒に演奏しよう。」
「沢山練習したものね。そうだ・・!助けに来てくれて有難う。」
少しはにかんだように笑ったアリアが可愛くて胸が高鳴った。階段を踏みしめながら昇ると胸元から小さな声で優しい歌声が耳に届く・・。

心地よい歌声に目を細めると、彼女の額についていた切り傷の後がみるみる治っていく。
歌が止むと、彼女の頬の血色がピンク色になって白い肌をより一層美しく見せていた。
気が付くと僕の肩や腰の痛みも全く感じなくなっていた。
「傷、治してくれたんだね。有難う」
「全然、貴方まで巻き込んじゃって・・。あの、もう大丈夫だから!!治って自分で歩けるわ!!」
胸に抱かれたままのアリアが、恥ずかしそうにして困ったように頬を赤らめて僕を見上げていた。
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