満員の球場が見たいの

ぎらす屋ぎらす

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15. バッテリーの信頼関係

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2月20日(木)。

温度計は16度を指している。春がそこまで近づいていることを感じさせる穏やかな日差しが、セカンドベースに反射する。

「柑奈さんこっち向いてください!ファンはあなたの笑顔を求めてるんですよ!」

真衣の大きな声がグラウンドにこだました。広報担当として、今日もたくさんの写真を撮ろうと意気込んでいる。選手たちが必死に練習に取り組んでいるように、真衣もファンを獲得しようと必死なのだ。

キャンプは終盤に突入し、練習も実戦的なものが多くなってきた。今日は午後からシート打撃が行われる。無死一・二塁や二死満塁など、具体的なシチュエーションを決めて、投手は試合と同じように打者に向かって投げる実践的な練習だ。
女子プロ野球はキャンプを自分たちのホームグラウンドで行うため、男子とは違ってキャンプ地が他チームと離れている。そのためなかなか対外試合ができず、シート打撃はアピールの絶好の機会なのだ。今日はジュピターズの全投手が登板し、打者も全員が打席に立つ。
レギュラーとそうでない選手の差が大きいこのチームにおいて、控え選手にチャンスを与えることは実戦的な場ではなかなか難しい。この時期以降の対外試合は、レギュラー選手の調整の場と位置づけられ、昨年も控えに甘んじている選手のオープン戦の出場はかなり少なかった。

「今日はあの子、ものすごく声がよく出てるわね。キャンプの最初の頃もそうだったけど、今年はやってくれそうな気がする」

祥子がそう言いいながら見つめているのは、今シーズン高校を卒業して4年目を迎える井寺亜里(いてら・あり)だ。彼女は無名校の女子硬式野球部から育成チームであるフェザンズに入団した外野手で、鋭いスイングが魅力のパワーヒッターである。
守備に難があり、さらに高校時代にチームが目立った成績を残していないこと、そして体の線がまだ細かったことなどから本指名は見送られたが、ここ数年で体はかなり大きくなり、2019年シーズンにトップチーム昇格に至った。プロ3年間で鍛え上げられた体は、高校時代とはまるで別人のようだ。

「亜里、今日のシート打撃、大きいのを見せてちょうだいね。期待してるわよ」

祥子がそう声をかけると、にっこりと笑って頷いた。

「はい!緊張せず、のびのびと思い切りスイングしたいと思います!」

爽やかに明るく笑顔で答えた、伸び盛りの21歳。昨年は24試合の出場で、.228、打点13を記録。満塁での3点タイムリーが2度あり、チャンスにはめっぽう強い。今季は全試合に出場して打点王を狙いたいと意気込んでいる。





シート打撃の開始時刻となり、選手たちが守備につく。マウンドに上がったのは、昨年ルーキーながら最多勝に輝いた氷のエース弊梢。全く笑顔を見せずに投げる姿は今シーズンも健在で、無表情で淡々と投球練習を行っている。その球威は昨シーズンよりも一段と成長しており、女子プロ野球最速記録を今年も更新することは確実であろう。
そして、右打席に向かうのは亜里。打球の飛距離は最多本塁打記録を持つ美紀とチームで1、2を争うほどで、確実性が上がれば中軸として十分に活躍できるパワーを持っている。

「お願いします!」

威勢のいい声が大空に響き、シート打撃が始まった。左腕に持ったバットでストライクゾーンの前方の空中に十字を書く亜里。これは彼女の打席に向かう際のルーティーンで、ボールを捉えるポイントを視覚的にはっきりとイメージすることが目的だ。

「1アウト2塁!」

祥子からシチュエーションが告げられる。想定された状況は、亜里が起用されることの多い得点圏に走者をおいた場面。マウンドの梢は捕手の明日香のサインに2度首を振った。ようやくサインが決まり、梢はおおきく振りかぶった。明日香は内角低めに構えたが、梢の投球は外角いっぱいに決まるストレートだった。

(逆球か…梢にしては珍しいな。まだ体が完全に仕上がってないのかも)

2球目。もう一球内角にストレートのサインを出した明日香。しかし、またもや投球は外角いっぱいのストレートだった。そのあとも明日香が内角に構えたときも球は外にいってしまい、アウトはとったものの明日香にとっては疑問の残る投球内容となった。

「梢、球が外角にばかり行ってたけど…何かあった?」

「先に言いますが、コントロールミスではないです。意図して外角に投げました」

「わ、私は梢のストレートが内角にズバッときたらなかなか打てないだろうなって思ってサイン出したんだけど…」

「亜里ちゃんの昨年の打点を挙げたシーン覚えてますか?満塁で打った2本のタイムリー、どっちも内角低めだったんですよ。それに他の打席でも内角球をヒットにしていることが多かったです。そんなバッター、ましてやあれだけパワーのある打者に初球からインサイドは投げられないです」

「そっか…また後でしっかり話そう!」

「…ですね」

今回の打席は結果として打者をアウトにできたとはいえ、バッテリー間での認識の差、さらに言えば信頼関係の欠如がプレーに出てしまう形になった。プレー中における選手間の信頼関係も、今後のチームの課題になりそうである。
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