満員の球場が見たいの

ぎらす屋ぎらす

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23. 氷のエースが笑う時

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3回表のジュピターズの守備。相変わらずの無表情でマウンドへ向かう梢。1回表終了時に一瞬笑顔を見せて以来、ずっと鉄仮面をかぶったままだ。「氷のエース」の名を恣(ほしいまま)にしている。

(もっと笑えばいいのに。中学の時は試合中にももう少し笑ってたのにな。今では私生活でも笑わなくなっちゃって)

一塁ベースから梢の投球練習を見ているのは、昨年大躍進した呉竹雫。女子プロ野球で唯一の左投げ両打ちである。
雫と梢は幼馴染で、中学から一緒に野球を始め、高校・大学そしてプロと、10年以上もチームメイトなのだ。

「プレイ!」

仏頂面で淡々と投げ続ける梢。ポンポンとストライクを取り、あっという間に打者2人を片付けた。

(あんな顔で投げられたらバッターも打ちにくいよね…。私は幼馴染みだから慣れてるけど、これは野手も守りにくいぞ…)




打席に入るのはこのイニング3人目の打者、三田。
梢は先程まで非常にはやかったテンポを少し落としたようで、少し間を開けて投げている。

(キンッ)

「ファールボール!」

あまりタイミングは合っていない様子だ。女子プロ野球界、いや、世界最高とも言われるピッチャーの球を、そう簡単に前に飛ばせる打者はいない。
三田も粘りを見せ、カウントは1-2。梢は頻りにロジンバッグを触る。

(あれ、梢ちょっとテンポ悪くなったな…。わざとタイミングを外してる感じではないような…)

雫が梢の仕草に関して少し疑問を持った時、梢が一瞬緩んだ。

(あ、笑った!間違いない!)

雫は梢の心境を完璧に察知した。察知したのはいいが、これまで10年以上同じ角度から梢の姿を見続けた雫には、今声をかけても逆効果だということは目に見えている。

(あぁ、お願い、誰か気付いて…智子さぁん!)

雫の心の叫びも届かず、再びプレイがかかった。

雫が気付いた梢の仕草とは、彼女が滅多に見せない「笑顔」なのだ。梢は苦手な打者と対戦する時だけ、思わず笑ってしまうのだ。本人曰く、「怖すぎて笑うしかない」とのこと。
実は梢はサタンズの三田が大の苦手で、昨年はホームランを2本打たれている。しかも1本は3ランホームランで、もう1本はグランドスラム。それ以外にもヒットを打たれまくり、ついに三田からアウトを一つも取ることなくシーズンを終えてしまった。あまりの苦手意識に、サタンズでの先発登板を拒否してスライド登板をしたこともあった。
ちなみに、梢が苦手な人に対して笑みが溢れてしまうのは野球に限ったことではないらしい。高校生の時も苦手な男子に苦笑いをしてしまうのを「俺にだけ見せる笑顔」と勘違いされ、好きでもないのに言い寄られたことが何度かあったとのこと。

(逆に言うと、笑ってるときには打たれちゃうのよ)

(カキィン)

打球は大きな弧を描いてぐんぐん伸びる。ライトの堂本柑奈が打球を追うが、ボールはそれを嘲笑うかのようにフェンスギリギリのところでスタンドに入ってしまった。

完全試合ペースから、三田のホームランでサタンズが1点先制。

半笑いでマウンドで立ち尽くす梢。ライトの方向をずっと見つめていた。昨年打たれた2本も全く同じところへ飛んでおり、トラウマが蘇りそうである。

この回はなんとかこの1点に抑えたが、またしても三田にホームランを打たれたというのはあまりにもショックが大きい。

ベンチへ帰った梢に、雫が声をかける。

「梢、やっぱり三田さん苦手?マウンドであんたが笑うってことはそういうことかなって」

「あ、さすがしーちゃん。バレちゃった?あの人だけは本当にダメで…全部見透かされてる気がするのよね。私、プロ入ってからあの人以外にホームラン打たれてないし」

氷のエースは、珍しく表情を崩しながら語った。





「ゲームセット!」

2020年シーズンの開幕戦、
ジュピターズはまさかの完封負けを喫した。

「サタンズ、強敵だったね…。去年と同じじゃ全然勝てそうにないや」

主将の美紀が俯きながらロッカールームに戻った。
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