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久しぶりの「良いボール」

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「え!今から行く!」

爽やかな9月の空の下で大きな声を出したのは、20歳の村井京(むらい・きょう)。

「お前、しばらく連絡がなかったと思ったらそんなことになってたのかよ…」

小さな声で呟きながら、車を走らせる。向かう先は高校の同級生の石川光太郎(いしかわ・こうたろう)の家だ。

(ピンポーン)

「はーい、あら京ちゃん。ありがとうね。あの子、3日間ベッドから出なくて。あ、今降りてきたかしら」

光太郎の母は心労のせいか、年齢より老けて見えた。

(あんなに綺麗な人だったのにな。相当具合が悪いんだろうな)

光太郎は3ヶ月ほど前から体調を崩し、病院では不安障害と診断を受けたそうだ。
京は光太郎があまり大学へ行っていないという話を光太郎と京の共通の知人から聞き、光太郎にすぐに電話をしたのだ。
特別明るいというわけではないものの朗らかで誰からも愛される光太郎が何故こんな目に遭わねばならんのだと、京は行き場のない怒りをグッと堪えた。

「光太郎、動けるか?とりあえず野球でもしようぜ」

京と光太郎は、昔からよくキャッチボールをして遊んでいた。小学3年生の時に京が近所の少年野球チームに入ってからほぼ毎日、京のキャッチボールの練習に付き合うようになった。厳しそうだからという理由で入団しなかった光太郎もどんどん野球が上達した。
その成長は止まることを知らず、光太郎は未経験にもかかわらず中学校の軟式野球部でエースを張れるほどの球を投げることができた。

(あいつ、バスケ部だったのに野球してる時が一番真剣な目をしてたんだよな。思い出してくれ、あの時の気持ちを…)

「おお、とりあえずやるか」

4日ぶりにベッドから起き上がった光太郎。
京が光太郎に最後に会ったのは、光太郎が寝込む前の4月。その頃とは比べ物にならないほど、光太郎は痩せ細っていた。

(ビューッ)

(バシッ)

小学生の頃のように、白球を投げ合う2人。
キャッチボールをするときは、2人とも無言になる。

「光太郎、中学生の頃はもっと良いボール投げてたよな」

京は光太郎の球に物足りなさを感じた。

「え、そうだっけ。しばらく動いてないから鈍っちまったよ」

昔の光太郎は、同学年の野球部のエース浦沢丈(うらさわ・じょう)に負けないほどの直球とカーブ、そして明らかにそのエースよりも落差のある鋭いフォークを投げていた。

「浦沢よりよく落ちるフォーク、もう一回見たいな」

「いや、もう無理だって、京。最近野球してないし」





2016年9月。

(ピンポーン)

「あ!京ちゃん、いらっしゃい。お仕事忙しそうだけど体は大丈夫?」

光太郎の母のキラキラした笑顔が京を出迎えた。

「はい!何とか元気にやってます」

京と光太郎は無言で庭に出た。彼らの手には、埃をかぶったグローブ。
光太郎は何も言わず、プレートに足を置いた。小6の時に庭の土を集めて作ったマウンドが、干支を一周した今も2人を見守り続ける。

(シュッ)

(バシッ)

ボールが風を切る音と雀の鳴き声だけが聞こえる、秋晴れの空。京はボロボロになった段ボールとガムテープで作ったホームベースの前にしゃがみ込んだ。

「5年前にここに来た時、俺が何を言ったか覚えてるか?」

光太郎はゆっくりと頷き、そのまま大きく脚を上げる。

(シュッ)

投じられたボールはホームベース付近で急激に速度を落とし、京のグローブにショートバウンドで収まった。

「良いボール!」

電線に止まっていた雀の群れが、大きな声に驚いてみんなどこかに飛び去ってしまった。

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