不登校少女は最低家庭教師に(同意の上)お酒を飲まされる

まさかの

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16 母の日の買い物

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 今日も今日とて、弥生 風花の家で勉強を教える。
 前の模試を終えたあたりからどんどん彼女が前向きに頑張っている気がする。
 数学と英語も少しずつ成績が上がってきたので、そろそろ科目を増やしたい。
 その第一弾として漢字を何度も書かせていた。


「いまさら、こんな漢字を勉強して意味があるんですか?」

 ぶー垂れながらも真面目に漢字の書き取りをしてくれるが、時間がない中ではどうしても後回しをしたいと思うものだ。
 ただ──。


「国語はまず漢字が基本だ。必ず試験では出題されるんだから、やって損はない。それにだ、漢字と語彙を覚えたら国語の読解問題だけでなく全部の科目の成績の向上に繋がるんだ」
「本当ですか?」

 半信半疑な顔をしており、高校生というのはすぐに楽をしたがるから指導は難しい。
 さらに国語の重要性を分かっていない者が多すぎる。
 しかし、腐ってもプロ。
 それはもう織り込み済みだ。

「そうだぞ。数学なんて特に数式の意味を知らないから解けないんだよ。この式は何を表しているのか、それを読み解いていけば暗記の数学から理解の数学に変わる。しかし効果が出てくるのも終盤だろうから、まずは俺を信じてやるんだ」
「はーい」


 まだ完全に納得したわけでもないが、それでも俺を信じてくれている。
 やる気を出させるきっかけをもう一つ与えたい。
 俺は良い方法を思い付いた

「ふうかにはいつか俺の恋の方程式の問題を出してやるからな」
「もしもし、警察ですか?」
「嘘だ、嘘! あー、もうそんな怖い脅し方はやめてくれ!」


 どうして俺の秘技、魅惑の台詞が通用しないのだ。
 俺の正直な気持ちを伝えるたびに彼女の気持ちが離れていっているような気がした。


 また黙々と勉強する彼女を見て、今の世代は本当に大変だとしみじみ思う。
 まだ共通テストはセンター試験から変わったばかりの試験のため、受験生たちは対策に追われている。
 ただ問題が変わったとしても本質は変わらないのだから、勉強とは良くできているもので、基礎をどれほど完璧にできるかに掛かっているのだ。


 漢字は朝起きたらするように伝え、ドサッと山盛りプリントを渡した。
 次に来たときにノルマを終え、さらにテストで定着度を測ることを伝えたら、風花も、道は長いなぁ、とため息を吐き、急に俺を見る。

「そういえば先生っていつも休みの日って何をしているんですか?」
「休み? 適当に酒飲んで寝るだけだ」
「ダメな大人の見本ですね」


 外に出たら金が掛かるんだから家でゴロゴロがいいんだよ。
 家庭教師は接客業のようなモノなので、人と接することが好きな人以外はストレスがすごいのだ。

「それなら今度のお休みの日に付き添ってくれませんか?」
「よし、今から高級なレストランを用意する! 夜景が綺麗なところでいいだろ?」
「そういうのではなくっ! 母の日のプレゼントを買いたいだけです!」


 普通のデートだと思ったのに必死に否定される。
 ただ一つ問題があった。

「一緒に行ってやりたいが、俺がお前と外出するのを見られたら、ふうかに迷惑を掛けるかもしれない。実際に模試の日に俺とふうかがラブラブにしていた現場も目撃されたしな」
「えっ……誰にですか!」


 しまったと思って口を塞いだがもうすでに遅し。
 顔が青ざめている彼女の頭を撫でて、心配することではないと安心させる。

「お前も知っている同僚の貴子だよ。高級焼肉店を奢って口封じをしたから安心しろ」
「ふーん、お二人でご飯に行ったんですね」


 風花の声のトーンが一段と下がった気がして、俺はもっとやばい失言をしたことに気付く。

「違うぞ、ふうか! これは浮気ではなく、交渉のためであってな! 断じて懸想しているわけではない!」


 何だか本当に不貞を働いた男の言い訳のようになってしまった。
 世の男たちはこんなときにどうやって切り抜けているのだ。


「別に気にしてませんから……でもそうですよね、先生って女子高校生に告白する変態ですけど社会的地位が……ありましたか?」
「どうして急に俺をディスるんだ」

 せっかく信頼を深めたと思ったのに急に俺を下げ始めてショックだ。
 このままではいかんと俺は頭を捻って考える。
 すると一つだけ最高の手が浮かんでしまった。

「ふうか、明日いつもの公園で待っててくれ。迎えを寄越すから」

 風花は俺の提案を聞いて驚く。
 そして当日公園にいる風花と──。


「よろしく弥生さん、うちの馬鹿で甲斐性なしのせいで苦労するわね」

 そう言って俺の悪口を言うのは、俺の同僚である貴子だった。
 あまりこいつに借りを作りたくないが、風花が少しでも楽しめるためいくらでもご飯を奢ろう。
 風花も前もって伝えていたとはいえ、話すのは初めてだっためか緊張していルようだった。
 頭を下げてお礼を伝える。


「い、いいえ。今日はよろしくお願いします、た、貴子さん!」


 向かい側のベンチで俺は無関係の通行人のようにその光景を眺めていた。
 そう、連れは男でなければ何もおかしくないのだ。
 こうやって遠くから、彼女の姿を見られるのならそれでいい。
 普段は付けない麦わらの帽子に、白いワンピースは似合うなと思っていると、急に携帯がブルっと震えた。

 ──貴子からか。

 あちらを見てみると貴子は携帯を耳に当てており、深刻な顔をしているように見えた。
 もしや、風花の件での連絡かもしれない。
 今助けてやる!という心待ちで電話に出た。

「風花に何か──」
「こっちをきもい顔で見ないでくれる? 警察呼ぶわよ」

 プツンと電話が切れて、俺はそっとポケットにスマホをしまった。
 男は辛いぜ。
 なるべく変質者に見られないようにもっと距離を空けようと思うのだった。
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