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3章 私はいかがでしょうか

13 シリウスとの朝食

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 少しだけ気分が回復したおかげで、またいつも通りの生活を送れるようになった。
 花瓶に入れた枯れかけのシネラリアを触ると、昨日のことを急に思い出して顔が熱くなった。メイド長が来なければ、また唇が合わさるところだった。

 ──あれは気の迷いよ!

 自制心を強く持たねばならない。鈴を鳴らしてエマを呼び、着替えを手伝ってもらう。化粧を終えた時にエマが生き生きしているのを感じた。

「シリウス様、急に積極的になりましたね」
「どうだか……」

 シリウスから今後は毎日一緒に食事をしたいと提案があったのだ。それを聞いたエマは気合いを入れているが、本当に来るのか疑わしかった。
 いつも忙しそうにしているのに、私のために時間を作れるとは思えなかったのだ。

「やはり病に侵されていると性格が変わられるのですね」
「それは今日行けば分かるでしょう。あれほど多忙なら今日もまた私一人での食事かもしれませんね」
「カナリア様……」

 エマが悲しそうに目を伏せた。自分で言ってて信用していない言葉だと思う。
 支度は済んだので席を立って食卓へ向かった。扉の前で立っているメイドが扉を開ける。するとすでに座っているシリウスの姿を見つけた。

「おはよう、カナリア!」

 嬉しそうに笑顔を弾ませ、こちらへやってくる。本当にいるとは思っていなかった私は内心では驚いていた。陽気な挨拶をする彼に私も挨拶を返す。

「おはようございます。シリウス様。本日はお招き──」

 挨拶の途中で腕を引っ張られた。

「ここは帝国ではないんだ。そんな堅苦しい挨拶はいらないよ」
「ですが──」

 私を快く思っていない侍従達の前で不敬な接し方をすれば、噂が広まり、王族達がまた言いがかりをつけてきそうだ。
 結局、彼の無理矢理の誘いを断ることもできなかった。
 私の席はシリウスの隣のようで、シリウスが私が座れるようにと椅子を引いてくれた。

「今日も綺麗だよ、カナリア。昨日はぐっすり眠れたかい?」

 何だか調子が狂うが、敵意がないのならあまり警戒する必要もないかもしれない。

「はい。シリウス様のおかげです」

 ふと、シリウスの目を見ると隈が出来ていることに気付いた。私に長時間付き添ったせいで、仕事を夜に回したと言っていたが、もしかすると不眠不休で働いたのかもしれない。

「寝ていらっしゃらないのですか?」

 私が尋ねると、シリウスはバレてしまったと苦笑いをした。

「カナリアと食事がどうしてもしたくてね。後で仮眠を取るつもりだから大丈夫。心配してくれてありがとう」
「別に心配なんてしてません。ただ気になっただけです」

 なるべく動揺を見せずに澄ました顔で答えた。それぞれ朝食が運ばれてきたので、食事を摂ろうとする時に、シリウスは神への感謝を述べる。
 ブルスタット公国では太陽神を信仰しているため、食事の前には必ず神への祈りを捧げるのだ。すると後ろからメイド長が近付いてきて、私に対して厳しい目線を向けた。

「カナリア様もシリウス様と一緒にお祈りくださいませ。これは妻の務めです」
「やめないか!」

 シリウスはメイド長に対して初めて怒った顔を見せる。するとメイド長も少しビクッと驚くが簡単には引かなかった。

「シリウス様、貴方様は第二王子なのです。国民のほとんどが太陽神を崇めているのに、その妻が他宗教を崇めるなんて言語道断です!」

 これに関してはメイド長の言い分が正しそうに聞こえる。しかし大きな間違いであった。

「勘違いされているみたいですが、公国の宗教が帝国から何も禁止されないのは、帝国の最高神を絶対とすることを条件にしたためです。もし改宗をさせるのなら、最高神を蔑ろにする行為。いくら私の身分が卑しくとも、帝国に対して不敬と捉えられてもおかしくはないですよ」

 メイド長は国家間の問題になると知って顔を青くする。ただ何も彼女は全て間違っているわけではない。たとえ宗教を変えずとも同じく祈りを捧げること自体は問題はない。これから先、似たようなことで言いがかりは付けられるのだから、今のうちに迎合しているフリだけもしておかなければならない。

「シリウス様、今度お祈りの作法をお教えください。下手に敵は作りたくありませんもの」
「もちろんだ!」

 メイド長もそれならと引いてくれた。それからまた他愛の無い話をシリウスがして、私はあいづちをうつ。

「今日は来てくれて本当に嬉しかったよ」
「そう言ってもらえて嬉しいです」

 私は出来る限りの愛想笑いで答えた。するとシリウスは私の手を取って、手の甲に口付けをする。

「また夜も食事を楽しみにしている」
「はい……」

 変に意識する必要はないのに、自然と距離を詰められると対応に困る。不快感はない自分に驚くがまだ全てを信用していない自分もいた。シリウスとはそのまま別れたが、あの様子だとまだ働きそうだ。

「エマ、薬室の準備をしてください」
「かしこまりました!」

 エマはすぐさま部屋の清掃を済ませてくれたので、私は薬室で調合を始める。

「今日は滋養系の薬草が多いですね。もしやお体がどこか悪いのではないですか!」
 エマが珍しく鋭い。やはり私が助手として彼女を頼るため、少なからず薬草の知識が付いたのだろう。

「別に悪くはないわよ。ただ……」
「ただ、どうかしたのですか?」

 私が言い淀むせいで聞き返される。良い言葉が出てこない。

「私のせいで寝不足になったのだからそのお詫びをするだけよ」

 エマは何も言わずただ口を押さえて微笑むだけだった。薬研で薬草をすり潰す手が汗ばむ。意識しないようにすればするほど考えてしまった。
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