幼い恋心の第四コーナー

星燈 紡(ほしあかり つむぎ)

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幼い恋心の第四コーナー

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 雲一つない澄み切った空の下、パンっとスターターピストルの音が響き渡る。
―無理難題!?借りて、拾って、もってきて!三つ葉小学校名物の一つ、ミッション競争が始まりました!
 明るいアナウンスとともに歓声が沸き起こる運動場では、第一走者が我先にと走っていく。コース上にある机から紙を取り、書いてあるミッションを達成してゴールを目指す、いわゆる借り物競争である。
「ね、こーくんから借りてもいいよね?」
 グラウンドの中央で出番を待っていると、隣に座っている女の子がニコニコしながら話しかけてきた。
「恥ずかしいから、他の人にお願いして」
 僕は頬を赤らめて彼女から視線を少し反らす。彼女はぷくっと頬を膨らませ、肩があたる位置まで近寄るなり、僕の肩に頭を乗せた。
「周りに言われるから......」
「こーくんに借りれるものがいいな」
 僕の声を遮るように被せる。ゆりは頭を左右に揺らして猫が毛づくろいしているかのようだ。僕は頭を手で押して払う。彼女は僕の素っ気ない態度にジト目でいいよねと訴えてくる。
「ゆりちゃん、次だよ」
「あ、はーい!」
 友達の声にゆりは立ち上がって、お尻についた砂を払う。ようやく解放されたと思って胸を撫でおろしたのも束の間だった。
「お願いね」
 さわやかな笑みで僕へ手を伸ばす。僕は聞こえないと言わんばかりの素っ気ない顔をして、手を差し出さなかった。それでも彼女は半ば強引に僕の手を握って頷き、颯爽と走ってスタートラインのほうへと走っていった。

「ゆりちゃんはこうきにべったりだよなー」
「こうきとゆりちゃん付き合ってるんだろ?」
「違うよ」
 ゆりが行った途端にここぞとばかりにクラスメイトたちが周りを囲む。ニヤニヤした笑みを携えて。いつものように周りが集まりだし、僕の心にはずっしりと重りがのしかかった。
「だって、いつも一緒にいるじゃん。何もないわけないよな」
「手を繋いだだけじゃないよね、キスしたんじゃないの?」
 僕の肩や背中をつんつんと押しながら畳みかけてくる。中には、目を瞑り、唇をキュッと紡ぎ、手を握って、わざとポーズを取って茶化してくる。目の毒だ。反応することすら億劫になり、ぼんやりと空を見上げる。後ろにいた男子が脇の下に手を入れて擽り始めた。
「どこまでできてるか知りたいんだよー」
「どこが好きなんだよ、教えてよー」
 擽りからくる笑いと面倒さからくる怒りが入り交じってうまく話せない。段々エスカレートして擽りが強くなっていく。
「あー、もう。付き合ってないし。隣の家にいる、ただの幼馴染だけだって」
 場を鎮めるように早口で言い放ち、クラスメイトたちを腕っぷしで払いのけた。
「ゆりー、走って!」
 スタートラインにいたゆりが僕を見て呆然としているのに気づいた。何か言いたそうに口元をひくつかせるが、視線を反らして走り始める。僕はいつも見せないゆりの表情に目を丸くするのだった。

 入道雲が発酵するパンのように膨らんでいくのを遠目で眺めていた。いつもはしゃぐゆりの姿しか見てこなかった僕には、彼女の物言いたげな顔が脳裏に焼き付いていた。上の空な僕を引き戻すように砂を踏む音がだんだん近づいてきて振り向いた。
「あっ...」
 ゆりだと気づいてほっとしたのも束の間。俯いていて前髪で顔は隠れ、声を発さないことに違和感を覚えた。言い放った言葉が頭を反芻して、ゆりから視線を反らした。
「ちひろくん、一緒にきて」
 前に座ってた別のクラスの子が女の子に引っ張られて走っていくのが目に入る。ゆりは握っていた紙をくしゃくしゃと音が鳴るほど握り潰す。僕が手を伸ばそうとするとゆりは髪の毛が揺れるほど首を振る。髪の毛のカーテンから一粒の雫が零れ落ち、紙を握りしめていたはずの手がだらりと垂れた。
「... … … ね」
 ゆりは何かを呟きながら踵を返す。その足取りは何かを引きずっているかのように重く、ゆっくりと離れていく。手を伸ばしたくても動かなかった。ただゆりがコースに戻っていく姿を見送ることしかできない。ようやくゴールにたどり着くも達成感や喜びなんてものはなくその場に蹲る。生徒を誘導する先生もただただ背中をさすって、他の生徒がぶつからないように端へ誘導するのが精一杯だった。
「こうき、出番だぞ~」
 他の先生に呼ばれて我に返り、重たい足取りでスタートラインに立った。端で蹲るゆりにばかり視線が行く。
―パンッ
 大空に向けて放たれたスタードガンの合図でようやく前を向く。他の走者は我先にと走っていく。しばらくゆりとコースとで視線を行き来するも、破れかぶれになって走りだした。走り始めたら次第にお腹の底から何かが込みあがってくる。
――いつも...みんながいるときは話しかけないでって言ってもくるくせに......。なんであんな顔して......
 一言一言、胸の中で呟くたびに鼓動が早くなり、足音が大きく、歩幅が大きくなっていく。気づけばミッションの置いてある机にたどり着いた。くしゃくしゃになった紙だけが残っている。解くように広げると、高ぶっていた感情が嘘のように消え去っていた。

 自ずと足が動く。他の走者を追い越し、置き去りにする勢いで。目指す先は決まっていたから。
 ゴール傍のグラウンドで俯く彼女の手をそっと握った。
「ごめんね」
 ゆりは顔をあげて目を見開き、頬が一瞬ほころぶ。すぐにハッとして僕から視線を反らした。
「......いいの?」
「うん。だって、ゆりちゃんとしかできないから」
 僕はゆりの戸惑う顔をよそにゆっくりと手を引き、立ち上がらせる。頬に一粒の涙が伝い、地面を濡らした。
「さっきあんなこと言っちゃったし、やっぱり.......いや?」
 ゆりは髪の毛を揺らすように首を振り、今日の空のような雲一つない、晴れやかな笑顔を見せた。
「嬉しかった」
「そっか」
 なんだか照れくさくなって、走るコースのほうを振り返る。
「行くよ」
「うん」
 ゆりの手をしっかりと握って、ゆっくりと確かな一歩を踏み出してコースに戻った。二人でコースを走るとクラスメイトの並ぶ前を走る。
「なんだよ~付き合ってるなら最初から言えよ」
「付き合ってるね!これは!ひゅ~ひゅ~」
 性懲りもなく野次を飛ばすクラスメイトたちに目もくれず、ゆりの手をきつく握り、ゴールへ導くように駆け抜けて、ゴールテープを切った。
―そこで野次を飛ばしている君たち。応援できない君たちに彼女はできないぞ 
 アナウンスの先生が冷やかす彼らに冗談を交えて注意をすると運動場が笑いに包まれた。僕もゆりも思わず見つめあって笑いあった。
「......そういえば、なんて書いてあったの?」
 僕は頬を赤らめながらそっとくしゃくしゃな紙を見せると、ゆりは「あ」と言いそうなくらいに口を開いて驚く。すぐさま目を瞑ってリセットするように顔を振る。顔をほころばせ、ニッと口角をあげて白い歯とともに笑顔をくれた。僕も応えるように笑顔を見せて、手を伸ばした。ゆりは何度も頷きながらそっと手を握り返す。僕はゆりの手を引いて、みんなのいる方を指さして戻っていった。
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