自覚なし!?

トウモロコシ

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自覚なし!?

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電話の着信音で目が覚めた。さっきまで小説を読んでいたはずが、いつの間にか寝ていたみたい。眠気に身を委ねた覚えはないが、唐突に襲いかかった眠気に逆らえなかったのだろう。

自分の睡眠についてはとりあえず後回し。なり続けている電話をとる。

「はい。」
『きいてー。よしきくーん』

電話の相手は仕事場の先輩だった。いつも愚痴ばかり聞かされている。課長の愚痴が主だがその他もろもろのそれも。愚痴られる身にもなってほしいといつも思うが、もうこの人の性格なのだろう。諦めるしかないと割り切って、聞き流している。

いつもなら。

何故か今日だけは聞き流せなかった。自分が関わったが故の先輩の同期の行動の愚痴などは特に心を抉られるような思いがした。

『もー、ほんと、いやになるわよね!』
「はぁ、まあ。自分は、そんなに…」
『遠慮しなくていいのよ!嫌なことあったら聞くからね!』

俺からの愚痴なんて、あなたに対する愚痴しかありませんよ。と言ってしまいたい。けれどそんなことは出来ない。

扉がガチャっと開いて、真咲が入ってきた。俺が電話してるのを見て、ごめん、というポーズだけとると、扉を閉めようとした。そんな真咲に首を降って大丈夫、とだけ伝えると、電話に終止符を打った。

「先輩、すいません。自分、今から予定がありまして。」
『あら、そうなの?お休みの日も大変ね~。わかった。聞いてくれてありがとね!』
「いえ、失礼します。」

ピッという軽い電子音とともに電話が切れた。なんだかすごく気が重い感じがした。いつもの先輩の特に聞き流しても問題のないただの愚痴なのに、何故かいつもより頭に残る。響く。
とはいえ、どうしようもないので、週明けまでに消化出来たらいいか。と今は特に気にしないことにした。

「電話、もういいの?」
「…うん。いつもの、だから。」
「大変だね。お昼出来たよ。」
「ありがとう。」

読んでいた小説は寝てしまった際に手から落ちてしまっていたので、栞を挟むページもどこか分からない。後で探せば問題ないし、幸い真ん中辺り、ということだけは記憶にある。

イスから立ち上がって真咲のところに行こうとしたが、立ち上がってすぐに、目の前が一瞬歪んで見えた。しばらくコーヒーカップに乗っている時のようにグルグルと回る。
その視界に酔いそうになって、目を閉じた。視界が真っ暗になってもまだ、回る感覚に、少し嘔吐く。

「ぅっ、、」
「よしき?」
「ご、めん、ちょっと目の前、くらっときて…」
「大丈夫?」
「平気。立ちくらみ起こしただけだと思うし。」

しばらくしてやっと落ち着いて、ゆっくりと目を開けた。視界は元通り出し、問題ない。
無理しちゃダメだからな。という真咲の言葉にとてつもない安心を感じて泣きそうになったのを必死に隠した。

リビングのテーブルには綺麗に盛られたお皿が並んでいた。今日はちょっと新しいのに挑戦する、と意気込んでいた真咲は上手くいったのか俺の隣で自信気な笑みを見せている。

席について、手を合わせる。どれも美味しそうだと思う。しかし、その思いに反して食欲は全く湧いてこない。むしろ、食べたくないという思いさえ出てきてしまう始末。
先輩の愚痴のストレスを真咲の作ってくれた料理に当てるのは違うだろ、と自分に鞭を打って食事に手をつけた。

「どう!?」
「おいしい。暖かい。」
「やった!この前仕事場で後輩から教えてもらったんだー。」

暖かい、というのは手から感じる感覚で、味の感想ではないのがご機嫌に話す真咲には申し訳ない。
一口食べただけなのに、すでに満腹を感じる。胃から逆流してきそうなのを抑えて、さらに食べ物を飲み込んだ。飲み込んだものが食道を通っていくのがリアルにわかる気がする。嘔吐きそうになるたびに、お茶で抑え込むがそれさえも吐き出してしまいそうになる。
生理的に溢れてくる涙を真咲にバレないように目を擦るようにして拭う。

「よしき、やっぱり無理してない?」

楽しそうに話していた真咲が心配そうな顔で覗き込んできた。
箸を置いて立ち上がり、俺の背後にまわって、軽く頭を固定すると、もう一方の手を額に当てた。

「熱。熱あるし、やっぱり無理してたんじゃん!顔に出ないのか。」
「え、真咲?」

ブツブツと何かを呟きながら部屋を出ていった真咲を追いかけようとしたが、真咲の座ってろ、という声があまりに真剣で追いかけるのをやめた。

しばらくして戻ってきた真咲の手にはバンドエイドなど救急グッズを入れている箱があった。並べた食器を少し端に避けてスペースを作り、箱を置いて開け、そこから体温計を取り出して差し出された。

「とりあえず熱計って。」
「あ、はい。」 
「怠い?」
「いわ、れてみれば?」
「寒い?暑い?」
「うーん。」

既に電源を入れて脇に差し込むだけの状態にしてあった。それを脇に入れて数分待っている間に真咲は箱の中を漁って風邪薬を取り出し、使用期限を確認しながら出される質問。それに応えていく。
最後に自覚症状のなさがこわい、と言われて終わった。
ぴぴぴ、と音がして脇から体温計を抜き取り、体温を確認しようとする前に真咲に取り上げられた。

「見ない方がいい。」
「な、んで。」
「自覚した途端にしんどくなるってことはありがちな話だから。自分の想像の体温で納得しておいて。風邪薬は使用期限ギリギリ大丈夫だから、これ飲んだらベッド行くよ。」

さっき用意していた水と風邪薬を俺の目の前に置いて体温計と冷えピタだけは机の上に出して箱を片付けに行った。
俺は目の前の薬を口に入れて、水で流し込んだ。先程同様吐き出しそうになるのをぎゅっと口をつむんで堪えた。

帰ってきた真咲に手を引かれて立ち上がった。真咲が意識してゆっくり立ち上がらせてくれた分先程のような視界のブレは起こらずに済んだ。

着替えてベッドに横になって今日の半日を思い返すと集中力が続かなかったり、突然の逆らうことの出来ない眠気に、流すことの出来ない先輩の愚痴、立ち上がった時の異常な視界のブレ、食欲のなさから、逆流を感じるほどの拒絶反応。思い返せばいくつも自分の不調が分かるところがあるが、こうして自覚するまでにはとても時間がかかった。

そうして思い返して自覚した途端体が重くなった。ああ、真咲が言ってたなぁと思う。同時に熱、何度だったんだろう。と思いながらも本日二度目の眠気に今度は逆らおうなんて気も起きず、素直に身を委ねた。






目が覚めた。
音で目が覚めたのではなく、自然に。
目を開けると真っ暗で夜だということはわかる。だけど、目を開けた途端にクラクラした。ふわふわしていて浮いている感じがする。変な浮遊感に加えて、目を瞑っても開けても何故か回る視界に頭が追いつかないのか気分の悪さを感じ始めた。昼間はしばらくすれば治ったし、と思いながら数分待ってもなおらない。時が永遠のように感じる。体を前後に激しくゆらされているような気分になるが、そんなことはありえない。長く続くこれに気分の悪さが明確な吐き気に変わる。

「んっ、」

昼間のそれとは似ているが全く規模が違う。吐き気もそのうち限界を迎えるだろう。その前にトイレに着いておきたい。
布団に吐くのだけは万が一、億が一でもいやだと思い、その一心でベッドから抜け出した。

寝ていても回る視界が立ち上がって、回らないわけはなく、より一層グルグルと回り出す。前を見ても下を見ても回る。どうしたって回る。目が慣れてきて、周りのことが少しだけわかる分さらに景色がまわって、吐き気を助長した。反射的に目を瞑ったが目を瞑っても回るから、どうすればいいのか分からない。

「はっ、うっ…」

意を決して立ち上がって、歩き出す。しかし床がふわふわとしていて、上手く歩けない。二、三歩歩いたかどうか、くらいで、床に座り込んでしまった。

「うっ、はっ、」

そのうち迎えるだろうと予想していた限界は思いのほか近く、口の中に生唾が広がる。口を手で抑えて耐えるも次から次へと溢れてくるそれは数分持たず口の中を埋めつくした。
飲み込もうとすればするほど泣きたくなるほどの吐き気がする。

どれだけ手で押えても唇を結んでも僅かな隙間から溢れてくる生唾は顎を伝って床に落ちた。

治まることなく回る視界に静まることのない吐き気。生理的な涙にプラスして感情からくる涙が加わり始めたころ、暗かったまわりが一気に明るくなった。

「よしき。ごめん。我慢せずに吐いちゃっていいから。」
「ん、っ。。。ぐっ、、」
「大丈夫。大丈夫。」

口を抑えていた手をそっとどけられると、溜まり溜まった生唾がだらだらと垂れた。それでもここでは吐き出したくなくて、口は閉じたままにしていると、強めに背中をぽんぽんと叩かれた。
そんなことをされて耐えられるはずなんてなくて、上がってくるものを逆らうことなく吐き出してしまった。

「ぉえ、ごほっ、ぇ、、うっ、こほっ、!」
「よしよし。出しちゃったら楽になるから。」



吐ききって、多少は落ち着いたものの、グルグルと視界は回り続けていて座っているのがきつくなってくる。僅かに働いている頭でここは床だから寝るならベッドに、という考えまでは至ったが、だるくて体が動かない。

真咲が俺の下にゴミ箱を持ってきてくれていて、床に吐くという事態は避けられたようだった。座り込んだまま動けない俺に代わって、処理してくれている真咲にさらに面倒事をかけるのは申し訳ないが、このゆれる視界はどうしたって治らなくて、俺ではこれ以上どうしようもなく、真咲に打ち明けた。

「ま、さき…」
「ん?まだ気持ち悪い?」
「んーん。めが、、まわる……」
「目?ちょっと、僕の事見て。…そう。ん。だいぶ回ってるね。目ぇ閉じてても回る?」

その問いにひとつ頷くことで答える。続く立てそう?、という質問に首を振って答えると、真咲はごめんね、と言って俺の体を抱き上げた。

元々ぐるぐるしていたのに、さらにいきなり抱き上げたことによって変わった景色に、浮遊感。怖くて真咲の首に咄嗟にしがみついた。

ベッドにそっと下ろしてくれた。

「どう?ちょっとマシ?」

治まることなく回るものの、さっきよりはマシになった。

「しんどいだろうけど、寝てしまったほうが楽だと思うよ。」

そう言いながら俺の頭を軽く撫でて、目元を手で覆った。光が遮られて、暗くなった。小さい子にしてあげるように布団の上から軽くぽんぽんと一定のテンポでお腹辺りを軽く叩いてくれた。隣に真咲がいる、という安心感もあってか、徐々に眠くなってきた。

「おやすみ。」
「ん…。」

耳元で小さく囁かれたそれに、返事できたかは、わからない。明日の朝ごはんは真咲の好きなのにしようと決めて、完全に意識を飛ばした。
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