老舗骨董店の店番はあやかし猫でした。

むに

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第二章 試用期間は2週間

初めてのお寿司

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「イラッシャイマセ、ゴキボウノセキヲドウゾ」

「へぇー入るところからタッチパネルなんだ」

 入口で出迎えるロボットが人数と希望の席を入力するように促している。伍塁は二人、カウンターと画面をタップした。

「こんにちは、ご丁寧にありがとうございます」

 伍塁は頭を下げる実玖に笑いを我慢しながら

「さぁ、いくよ」

と実玖の背中を押して指定の席に着く。

 カウンターに座り、目の前にある説明を読むとお茶はセルフサービスと書いてある。伍塁は説明通りお茶の粉を湯のみに入れお湯をそそぐ。それを真似して実玖も同じようにする。

「席にお湯が出るところがあるなんて、便利ですね」

「本当だね。それに見て、ここにもタッチパネルがあるよ。これで注文するんだね」

「でも、回ってきましたよ」

 実玖は右の方から皿が動いて近づいてくるのを見つめている。黄色いものが乗っていて「たまご」と書いてある札が立っていた。

「食べたいならお皿ごと取ればいいんだけど」

「わたくしは魚がいいです」

「じゃあ、ここで頼んでみよう」

 目の高さより少し上にあるタッチパネルを一緒に見ると伍塁の左肩が当たり、顔もすぐ横にあって伍塁の匂いがしている。

「面白いね、僕はイカとサヨリを頼もうかな。実玖はなににする?」

 画面を操作しながら耳元で話しかけられて、実玖はくすぐったい気持ちを抑えるのに背を伸ばした。

「あまり名前がわからないのですが、マグロとカツオは知ってます。伍塁様、イカは体に良くないと聞いた気がしてるのですが」

「ん? じゃあマグロ、ほらここをタップしてつぎはここ、それからカツオ?」

 伍塁に教えて貰いながら操作を覚え、二人分の赤だしと茶碗蒸しも注文した。

「少し待つとここに流れてくると思う。僕も初めてだから楽しみだな」

 その間もあちこちの説明を読む伍塁の様子を見て、実玖も作法を覚えるためカウンターの文字やポップに目を通していた。

「あ、来たよ。イカとマグロ。蓋を開けて皿を出すんだって」

 伍塁が蓋を開ける様子を観察し隣の皿を追いかける。

「あ……まって」

 実玖は流れていくギリギリで皿を取り出すことが出来た。

「取るのが難しかったですが、次は上手く取れそうです」

「実玖は反応が素早いからすぐ慣れるよ」

 続いて他の品が次々と届いて今度は余裕をもって取ることができ、目を合わせて笑顔になる。

「いただきます」

 同じタイミングで手を合わせ、実玖はマグロを伍塁はイカを口に入れる。暫く口の中に咀嚼する音がひろがり、飲み込む瞬間に実玖は耳がピンと立った気がした。

「マグロ、美味しいです!」

「うん、思ったよりおいしい。イカも食べてみる?」

 伍塁が皿を押して勧めたが実玖は不安そうだ。イカはだめと、誰かに強く言われた気がして忘れられないのだ。

「イカは、ちょっと」

 せっかく伍塁が分けてくれると言っているのに、何か引っかかっていてどうにもすっきりしない。

「苦手なら無理に食べなくても。美味しかったからどうかなって思っただけだから」

「伍塁様は、イカを食べてはいけないと言われたことないですか?」

 備え付けの容器の蓋を開けて何かをつまみ出す伍塁の手元を見ながら呟くように言う。蓋には「しょうが」と書いてあった。伍塁はそれを小皿に出して、二人の間に置いた。

「ないと思うけど。生はだめとか?    あ、寄生虫が付いてるとかいう話かな」

「記憶のどこかにあるんです、絶対ミルクは食べちゃダメだと」

「もしかしてアレルギーとか?    それならやめた方がいい。何かあると大変だ、蕁麻疹とか呼吸困難とか。猫だと腰が抜けるとか言うね」

 サヨリを醤油に付け口に入れている伍塁の言葉を繰り返してみた。

 猫だと腰が抜ける、猫だと、猫だと。

「猫はイカを食べたらだめなんですか」

「そうらしいよ。だから家では猫のミルクが食べたそうにしてたけどあげなかった。ねぇ、サヨリも美味しいけど青魚は食べられる?」

 そういうことか。猫は食べてはいけない。でも今の実玖はニンゲンだ。食べても大丈夫なのだろうか。

「サヨリは初めてです、いただきます。でも、青くないですね?」

「身は青くないけど魚の姿の時は皮がちょっと青っぽいかな」

 実玖の素朴な疑問は、ふだん適当に流していることをあらためて考えさせられるから伍塁も真剣に答えているが、顔はずっと笑っている。

「茶碗蒸しもおいしいな。久しぶりに食べたけど」

 実玖はスプーンですくって何度も冷めたのを確認してから口に入れた。広がる出汁と柔らかい舌触りが気に入って、伍塁と目を合わせ頷き合う。同じものを美味しいと思うのは幸せだ。

 それからエンガワ、焼きアナゴ、サーモン、いくらなどたくさん食べた。伍塁は自分が食べたものを「美味しいよ」と、必ず実玖に勧めて頼んだものは全部ひとつずつ食べた。イカ以外は。

「伍塁様、おなかいっぱいです。でも、どうしても気になるんです」

「何?    気になるなら頼んでみようよ、デザート?」

 実玖はもう一度頭の中で「猫だと……」を思い出したが、もう自分はニンゲンだと繰り返した。

「イカを食べてみたいです」

「いいよ、頼んだら?」

 イカは白くてつやつやして柔らかそうだ。他の魚と何が違うのだろう。実玖はイカを見つめた。

「無理ならやめておいていいんだよ」

 何でイカにこだわるのかわからない伍塁は、見つめたまま動かないから助け舟を出したつもりだった。

「いえ、食べます。伍塁様もひとつ食べませんか?」

「じゃあいただく」

 手を伸ばした伍塁と同じタイミングで実玖も寿司をつまみ、ほぼ同時に口に入れる。粘るような柔らかさと甘さをひと噛みごとに感じながら、伍塁を見ると目を細めて実玖が食べるのを見ていた。

「甘くてやわらかくて美味しいです。猫は食べられないなんてかわいそうです」

 伍塁は思わず吹き出しそうになった。

「なんで猫?    実玖はイカを初めて食べたの?」

「初めてだと思います」

「そっか。よかったね、美味しいもの見つけられて」

「はい、ありがとうございます」

 実玖は、もし腰が抜けたらどうしようかと思ったが、それは言わないでおいた。伍塁に猫だとバレたら嫌だったから。





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