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恐る恐る振り返った先にいたのは、赤毛の令嬢……ヴァンダ・レグラマンティだった。
彼女は美しい緑の目を吊り上げ、佇むカストを睨みつけている。
そこでようやく、自分の怪しさに気づいた。
他人様の家の庭でうろうろとしていれば、いやでも目立つ。
「あ、すまない。ちょっと気になるものがあって……」
「すまない?随分馴れ馴れしい口をきくんですね」
「あ……」
失言に気づき、カストは眉間にしわを寄せる。
友好的に接していたのは巻き戻る前のヴァンダ嬢だ。
庭をうろついていた怪しい男が、いきなり親し気に話しかけてくれば警戒も深まろう。
どう弁明しようと己は不審者に違いなく、眉をたれ下げながら改めて謝罪した。
「本当にすみませんでした。レグラマンティ家の敷地内で礼儀もわきまえぬご無礼をお許しください」
「……貴方、警備団の方?」
「ええ、そうです」
しおらしく頷くと、ヴァンダ嬢は少しだけ警戒を解き、カストを見上げる。
真実か否か、見分しているようだった。
「そう言えばお父様が発掘品を運ぶのに手を借りたと言っていましたね……」
「ええ、ライモンドと来ました」
「ライモンド様と?」
令嬢が小首を傾げながらライモンドを呼んだ。
はきはきとした声で紡がれる友人の名に、カストは胸が締め付けられるような感覚を覚える。
(……ヴァンダ嬢は、ライモンドがリンダと浮気をしているのを知らない)
これまでも、これからも、彼女は裏切られ続ける。
あまりにも酷い話だ。
婚約者を信じ、添い遂げるつもりでいるヴァンダ嬢が哀れすぎる。
いっそ全てぶちまけて、共にライモンドを責めに行きたい気分だった。
しかし感情的になるのはまずいと、上着のポケットに例の手紙をねじ込んで会話を続ける。
「……ええ、ライモンドと俺は友人なんです。それで手を貸してくれと頼まれて……」
「そうだったのですね。それで、その貴方が何故こんなところへ?手伝いは終わったのですか?」
「それが、ここで先ほどリンダさんを見て……」
「リンダ?あ、貴方もしかして……」
リンダの名前を出すと、何故か令嬢は何かを思いついたように目を瞬かせた。
「貴方、リンダに恋慕しているという警備団さん?確か名前は……カスト・フランチェスキ様」
「は……?誰が、いつそんなことを……!」
にやりと悪戯っぽく笑うヴァンダに、カストは驚いて思わず声を上げた。
令嬢らしからぬ笑みのまま彼女は、すっと目を細めて「噂になってるのよ」と続ける。
「警備団の庭を手入れしてくださる方がいるでしょう。あの方、家に花を持ってきてくださるんです。その時に他のメイドと話してましたわ」
「あいつ……」
黙っておけ、と言ったのに。
カストは苛立ちで痛くなった頭を押さえて呻いた。
ヴァンダは己の様子をじっと見つめ、先ほどよりも軽い口調で告げる。
「それで、カスト様はリンダとお話がしたかったのですか?呼んできましょうか?」
「い、いえ……!違います!その、別のことで……!」
「別のこと?」
にこにこと機嫌のよい顔で、ヴァンダが目を細めた。
恋愛事に首を突っ込めて楽しいのだろうか……といささかうんざりしたが、次の瞬間カストの心臓はぎくりとはねる。
「それは、父の魔法遺物横領のことかしら?カスト様」
「え?」
「最近遺跡や研究施設で父のことを調べていましたよね。幾度かお見掛けしましたわ」
ヴァンダ嬢の声のトーンが、唐突に変化した。
ぎょっとして彼女の顔を見つめると、彼女の瞳はいつの間にか開いていた。
その表情は冷徹で冷静。
緑の目はこの庭で初めて顔を合わせたときのようにつり上がっている。
厳しい顔のヴァンダは、戦乙女もかくやという態度でカストと距離をつめる。
令嬢らしからぬ迫力に、カストは息をのんだ。
すぐそばにあるヴァンダの美しい顔に、先ほどよりも強い警戒の色が浮かぶ。
「本当は警備団に行ってお話をするつもりでしたの。でも、手間が省けましたね」
「あ、んた……一体、何を知って……」
「あら、口調が乱れてるわ。図星を突かれたのかしら?」
口元に挑戦的な笑みを灯し、ヴァンダはカストから距離を取る。
そして踵を返して歩き出すと、「話がしたいんです。ついてきてください」と命じた。
この令嬢は強かで聡明で、自分じゃとても敵わない。
カストはそう考えながら内心白旗を振り、彼女の後ろに付き従った。
◆
カストが案内されたのは、時が巻き戻る前に談笑した庭のベンチだった。
自分たちの他に人影はない。
リンダすらそばにいなかった。
そのことが気になったが、カストが考える前にヴァンダは椅子に腰かけて話しかけてくる。
「それで、一体貴方は何処まで知っているのです?」
「いや……その前にあんたは一体いつ気づいたんだ?その……親父さんの横領のことに」
質問を質問で返す無礼にヴァンダ嬢の眉毛がぴくりと動いたが、すぐに「いいでしょう」と了承が出る。
「連れてきたのはわたくしですからね。お父様の行動を怪しんだのは、今年の春のことですわ」
「今年の春?」
そんなに以前からヴァンダ嬢は父親の罪について悩んでいたのか。
時が巻き戻る前の彼女との会話で、もう少し深く聞いておくんだったと後悔する。
「現場監督が個人でつけていた記録があったのですが、発掘された遺物と公式で見つかったとされる遺物の数が会わなかったのです」
「公式に記録されている数の方が少なかったってことだな」
「ええ。作業員に聞いてみましたが無くなった遺物も我が家に運び込んだと言うことでした」
一度なら誰かの記憶違い、記録ミスという可能性もあり得た。
しかし監督の記録を読み込むと、数が会わない月がここ数か月続いている。
ならば怪しいのは魔法遺物を管理しているレグラマンティ卿ということになる。
ヴァンダは研究室を調べたが、それらしき物は見つからず。
一体、件の魔法遺物は何処へ消えたのか?
「わたくしは父が着服し、私腹を肥やしているのではと疑っております。そうでないと良いのですが」
はっきりと父への嫌疑を告げる彼女に、表情の揺れは見えなかった。
しかしそれは表面だけの強がりだと言うことを、カストはもう知っている。
貴族としての矜持と父への愛が、ヴァンダ嬢に涙を流させないのだろう。
努めて冷徹に振る舞う彼女は、真っ直ぐにカストを見つめていた。
そして「貴方の番ですわ」と促してくる。
「……俺は、」
カストは少しうつむき、考えた。
眉間にきつくしわを作り、頭の中でどう真実を語るか道筋を立ててみる。
時が巻き戻る魔法遺物のことを話す?
この事件が大事になり、二度命を奪われたことを語る?
そんな夢物語のようなことを、彼女は信じてくれるのだろうか?
カストだって、祖父が語ったことをただのほらだと思ったのに?
以前はヴァンダ嬢との間に友情があった。
しかし今回は───。
「わりい、まだ、言えねえ……」
じっくり、たっぷりと悩み、カストはヴァンダを真っすぐに見つめて告げる。
令嬢は冷静な表情を変化させることなく、「あら?」と小首を傾げた。
「どうして?わたくしは全てお話ししたのに、言えない秘密でもあるんですか?」
「ああ……すまねえ……」
謝罪すると、ヴァンダは肩を竦める。
何処となく失望した様子であった。
「ふうん、口が堅いのですね。それとも相手に語らせておいて無言を貫く、卑怯者なのかしら?」
「そう思っても構わない。だけど、多分本当のことを言っても信じて貰えねえと思う」
緑色の目が不思議そうに瞬いた。
「なら適当に誤魔化せばいいんじゃなくて?わたくしに本当のことがわからないと言うのなら」
「あんたに嘘はつきたくねえんだ」
この言葉で、ヴァンダの冷徹な表情に大きくひびが入る。
何処となく困惑したように瞳が揺れていた。
カストは彼女の顔をじっと見つめ、そして告げた。
「俺はあんたに嘘はつかないし、横領の件について知っている情報は全部渡すつもりだ。今俺に出来るのはこれだけだ」
「……」
「でも絶対にいつか全部話すよ。それは約束する」
カストはしばらくヴァンダと見つめ合っていた。
長い時間が流れる。否、もしかしたらほんの僅かな間だったのかもしれない。
やがて折れたのはヴァンダ嬢。
視線を逸らして一つため息をつく。
そして冷徹の仮面をかぶりなおして、「なら、まずは情報をちょうだい」とカストに言った。
彼女は美しい緑の目を吊り上げ、佇むカストを睨みつけている。
そこでようやく、自分の怪しさに気づいた。
他人様の家の庭でうろうろとしていれば、いやでも目立つ。
「あ、すまない。ちょっと気になるものがあって……」
「すまない?随分馴れ馴れしい口をきくんですね」
「あ……」
失言に気づき、カストは眉間にしわを寄せる。
友好的に接していたのは巻き戻る前のヴァンダ嬢だ。
庭をうろついていた怪しい男が、いきなり親し気に話しかけてくれば警戒も深まろう。
どう弁明しようと己は不審者に違いなく、眉をたれ下げながら改めて謝罪した。
「本当にすみませんでした。レグラマンティ家の敷地内で礼儀もわきまえぬご無礼をお許しください」
「……貴方、警備団の方?」
「ええ、そうです」
しおらしく頷くと、ヴァンダ嬢は少しだけ警戒を解き、カストを見上げる。
真実か否か、見分しているようだった。
「そう言えばお父様が発掘品を運ぶのに手を借りたと言っていましたね……」
「ええ、ライモンドと来ました」
「ライモンド様と?」
令嬢が小首を傾げながらライモンドを呼んだ。
はきはきとした声で紡がれる友人の名に、カストは胸が締め付けられるような感覚を覚える。
(……ヴァンダ嬢は、ライモンドがリンダと浮気をしているのを知らない)
これまでも、これからも、彼女は裏切られ続ける。
あまりにも酷い話だ。
婚約者を信じ、添い遂げるつもりでいるヴァンダ嬢が哀れすぎる。
いっそ全てぶちまけて、共にライモンドを責めに行きたい気分だった。
しかし感情的になるのはまずいと、上着のポケットに例の手紙をねじ込んで会話を続ける。
「……ええ、ライモンドと俺は友人なんです。それで手を貸してくれと頼まれて……」
「そうだったのですね。それで、その貴方が何故こんなところへ?手伝いは終わったのですか?」
「それが、ここで先ほどリンダさんを見て……」
「リンダ?あ、貴方もしかして……」
リンダの名前を出すと、何故か令嬢は何かを思いついたように目を瞬かせた。
「貴方、リンダに恋慕しているという警備団さん?確か名前は……カスト・フランチェスキ様」
「は……?誰が、いつそんなことを……!」
にやりと悪戯っぽく笑うヴァンダに、カストは驚いて思わず声を上げた。
令嬢らしからぬ笑みのまま彼女は、すっと目を細めて「噂になってるのよ」と続ける。
「警備団の庭を手入れしてくださる方がいるでしょう。あの方、家に花を持ってきてくださるんです。その時に他のメイドと話してましたわ」
「あいつ……」
黙っておけ、と言ったのに。
カストは苛立ちで痛くなった頭を押さえて呻いた。
ヴァンダは己の様子をじっと見つめ、先ほどよりも軽い口調で告げる。
「それで、カスト様はリンダとお話がしたかったのですか?呼んできましょうか?」
「い、いえ……!違います!その、別のことで……!」
「別のこと?」
にこにこと機嫌のよい顔で、ヴァンダが目を細めた。
恋愛事に首を突っ込めて楽しいのだろうか……といささかうんざりしたが、次の瞬間カストの心臓はぎくりとはねる。
「それは、父の魔法遺物横領のことかしら?カスト様」
「え?」
「最近遺跡や研究施設で父のことを調べていましたよね。幾度かお見掛けしましたわ」
ヴァンダ嬢の声のトーンが、唐突に変化した。
ぎょっとして彼女の顔を見つめると、彼女の瞳はいつの間にか開いていた。
その表情は冷徹で冷静。
緑の目はこの庭で初めて顔を合わせたときのようにつり上がっている。
厳しい顔のヴァンダは、戦乙女もかくやという態度でカストと距離をつめる。
令嬢らしからぬ迫力に、カストは息をのんだ。
すぐそばにあるヴァンダの美しい顔に、先ほどよりも強い警戒の色が浮かぶ。
「本当は警備団に行ってお話をするつもりでしたの。でも、手間が省けましたね」
「あ、んた……一体、何を知って……」
「あら、口調が乱れてるわ。図星を突かれたのかしら?」
口元に挑戦的な笑みを灯し、ヴァンダはカストから距離を取る。
そして踵を返して歩き出すと、「話がしたいんです。ついてきてください」と命じた。
この令嬢は強かで聡明で、自分じゃとても敵わない。
カストはそう考えながら内心白旗を振り、彼女の後ろに付き従った。
◆
カストが案内されたのは、時が巻き戻る前に談笑した庭のベンチだった。
自分たちの他に人影はない。
リンダすらそばにいなかった。
そのことが気になったが、カストが考える前にヴァンダは椅子に腰かけて話しかけてくる。
「それで、一体貴方は何処まで知っているのです?」
「いや……その前にあんたは一体いつ気づいたんだ?その……親父さんの横領のことに」
質問を質問で返す無礼にヴァンダ嬢の眉毛がぴくりと動いたが、すぐに「いいでしょう」と了承が出る。
「連れてきたのはわたくしですからね。お父様の行動を怪しんだのは、今年の春のことですわ」
「今年の春?」
そんなに以前からヴァンダ嬢は父親の罪について悩んでいたのか。
時が巻き戻る前の彼女との会話で、もう少し深く聞いておくんだったと後悔する。
「現場監督が個人でつけていた記録があったのですが、発掘された遺物と公式で見つかったとされる遺物の数が会わなかったのです」
「公式に記録されている数の方が少なかったってことだな」
「ええ。作業員に聞いてみましたが無くなった遺物も我が家に運び込んだと言うことでした」
一度なら誰かの記憶違い、記録ミスという可能性もあり得た。
しかし監督の記録を読み込むと、数が会わない月がここ数か月続いている。
ならば怪しいのは魔法遺物を管理しているレグラマンティ卿ということになる。
ヴァンダは研究室を調べたが、それらしき物は見つからず。
一体、件の魔法遺物は何処へ消えたのか?
「わたくしは父が着服し、私腹を肥やしているのではと疑っております。そうでないと良いのですが」
はっきりと父への嫌疑を告げる彼女に、表情の揺れは見えなかった。
しかしそれは表面だけの強がりだと言うことを、カストはもう知っている。
貴族としての矜持と父への愛が、ヴァンダ嬢に涙を流させないのだろう。
努めて冷徹に振る舞う彼女は、真っ直ぐにカストを見つめていた。
そして「貴方の番ですわ」と促してくる。
「……俺は、」
カストは少しうつむき、考えた。
眉間にきつくしわを作り、頭の中でどう真実を語るか道筋を立ててみる。
時が巻き戻る魔法遺物のことを話す?
この事件が大事になり、二度命を奪われたことを語る?
そんな夢物語のようなことを、彼女は信じてくれるのだろうか?
カストだって、祖父が語ったことをただのほらだと思ったのに?
以前はヴァンダ嬢との間に友情があった。
しかし今回は───。
「わりい、まだ、言えねえ……」
じっくり、たっぷりと悩み、カストはヴァンダを真っすぐに見つめて告げる。
令嬢は冷静な表情を変化させることなく、「あら?」と小首を傾げた。
「どうして?わたくしは全てお話ししたのに、言えない秘密でもあるんですか?」
「ああ……すまねえ……」
謝罪すると、ヴァンダは肩を竦める。
何処となく失望した様子であった。
「ふうん、口が堅いのですね。それとも相手に語らせておいて無言を貫く、卑怯者なのかしら?」
「そう思っても構わない。だけど、多分本当のことを言っても信じて貰えねえと思う」
緑色の目が不思議そうに瞬いた。
「なら適当に誤魔化せばいいんじゃなくて?わたくしに本当のことがわからないと言うのなら」
「あんたに嘘はつきたくねえんだ」
この言葉で、ヴァンダの冷徹な表情に大きくひびが入る。
何処となく困惑したように瞳が揺れていた。
カストは彼女の顔をじっと見つめ、そして告げた。
「俺はあんたに嘘はつかないし、横領の件について知っている情報は全部渡すつもりだ。今俺に出来るのはこれだけだ」
「……」
「でも絶対にいつか全部話すよ。それは約束する」
カストはしばらくヴァンダと見つめ合っていた。
長い時間が流れる。否、もしかしたらほんの僅かな間だったのかもしれない。
やがて折れたのはヴァンダ嬢。
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