追放されたプログラマー、異世界をリブートせよ ~バグスキルで神システムを書き換える~

川合佑樹

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第8話

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 森を抜けると、そこには焦土が広がっていた。
 かつて「グリーンヘイブン」と呼ばれ、農業で栄えていた場所だ。
 崩れた石垣、煤けた家の残骸、傾いた木柵が軋むたびに、悲鳴のような音がリクの耳に届く。
 井戸には泥まみれの人形が引っかかり、錆びた農具が土壌に中途半端に突き刺さっていた。
 灰色の空が、未来を拒むようにどんよりと覆っていた。
「……こんな……ひどい……」
 リクは肩の布袋を掛け直し、ゆっくりと歩き出す。
 荒れ果てた景色と、彼が追放された記憶が重なった。
 膝をつき、乾いた土に指を這わせる。
 ざらりとした感触。
「ここも、俺と同じだ……。でも、今なら変えられるかもしれない」
 土は生命の気配を失って死んでいた。
「再構築できるはずだ……」
 独り言をつぶやく少年の目が、静かに燃えた。
「ここから……俺は変わるんだ」
 リクは心に決意を芽生えさせた。
「ここを、家族のような場所にしたい。みんなを守る……俺の居場所に!」
 深呼吸をして、コンソールに手を伸ばした。

 《堆肥ブーストプロトコル》

「このコードなら……地を救えるのか?」
 リクは「はい」を押す。
 コンソールが黒い粒子に変わり、大地に流れ込んだ。
 瞬間、土が温かくなり、腐臭が和らいだ。
「すごい……どんどん生い茂っていく」
 神秘的な変化に、少年は息を止めた。
「……土壌データを書き換えてるのか?」
 だが、その喜びは一瞬で崩れた。

 《警告:魔力供給が不安定です。周囲の生命力を吸収します》

 土に亀裂が生じ、草が色を失ってしおれた。
 虫のざわめきが途絶え、重い静寂が落ちる。
 リクは魔力消費の反動で膝を折る。
「ま、待て……どういうことだ……!」
 彼はコンソールを開く。
「コードエディット、デバッグログを表示!」
 浮かび上がったコンソールには、魔力不足によるエラーログが並んでいた。
「俺の魔力じゃ足りず、周囲の生命力を……勝手に吸収した……?」
 スキルの代償は使用者以外にも適用されていた。
「生命力って、俺だけじゃなく……周囲からも奪うのか……? 使いすぎれば、もっとひどいことに……」
 静けさが少年の心を重く圧迫する。
 ――これで人を救えると思ったのに。
 手で土をすくうと、追放された夜の記憶がよみがえった。
 また……何もできないのか。
「おい。お前、今ここで何をした?」
 背後から低い言葉が聞こえた。
「えっ?」
 振り返ると、老人が険しい顔でこちらを見ていた。
「何をしていた? この土、さっきまでとは違う……動物の気配もない。お前、魔王の配下の者か?」
 その顔は疲れをにじませていた。
「ち、違います! 俺はただ……スキルが暴走して……そんなつもりじゃ!」
 慌てて否定するリクを、老人は顔をしかめて目を伏せた。
「昔は花で溢れていた」
 老人の目尻に涙が滲む。
 そして丘の上の神殿を指差す。
「だが、魔王の軍勢の襲撃で神の石碑も壊され……加護を失ってから、村は急速に衰え、作物は育たず、動物も消えた」
 老人は涙を堪えて睨みつける。
「……お前が何しに来たか知らんが、これ以上ワシらから奪わんでくれ」
「どうしたの? ガロンじぃ」
 後ろから少女が現れた。
 ぼろきれのような服、大きな瞳。
 その少女は、布きれを握りしめていた。
 そこには色褪せた花の刺繍があった。
「ママが花畑で縫ってくれたの。花畑は、どんな辛い日も心を温めてくれるって。元に戻ったら、また作りたいな……」
「エリ! 近づくな!」
 エリは小さな花冠を少年に差し出した。
「お兄ちゃん、これ作ったの。ママの花の刺繍みたいに、花を咲かせたい」
 リクは受け取り、穏やかな表情を浮かべる。
「すごいな、エリちゃん。絶対に咲かせよう、みんなで」
 その小さな背中に、護るべき未来を見た。
 頬を一滴の涙が滑る。
 ガロンはしばらく無言で見つめる。
 そして踵を返すと呟いた。
「……ついてこい」

 ガロンに案内され、辿り着いたのは丘の上に建つ集会所だった。
 扉の横には「希望の会所」と刻まれた木の看板が、打ち捨てられたように置かれていた。
 遠く、畑のような場所で男が鍬を振るっていた。
「トマス、今日もご苦労」
「ああ……ガロン、今日は雨が降らなきゃいいがな」
 トマスは少年に視線を向ける。
 少し警戒を含んだまま、再び作業へ戻った。
「生き残った者たちは……もはや死ぬのを待っているようなものだ」
 ガロンは淡々と語る。
「お前が何をするつもりでも、この村はもう元には戻らん」
 その背中からにじむのは、怒りでも悲しみでもなく――絶望の残滓だった。
 リクは迷わず口を開く。
「俺に……何かできることはありませんか?」
 しばしの沈黙の後、ガロンは軽く息を吐く。
「ゴブリンでも倒してくればええ」
「え……?」
「畑を荒らし、周囲をうろついておる。ここにはノービスしかおらん。ゴブリンですらワシらには驚異じゃ。お前がどうにかできるなら……やってみればいい」
 リクは小さくうなずく。
「ゴブリンか」
 彼は短剣を手に持つ。
 森でも何度か戦った――でも、これはただの討伐じゃない。
 信頼を得るための、一歩だ。

 村の北。
 なだらかな丘陵地帯。
 風に吹かれる草をかき分け、荒れた小道を進む。
 放置された廃屋を越えたあたりで、少年はぴたりと足を止めた。
 ――空気が変わった。
 ひんやりとした緊張が背筋を駆ける。
 丘の中腹、土を掘った巣穴。
 茂みに身を潜める。
 火を囲む数体のゴブリン。
 手には野菜の残骸、布の切れ端……そして白い骨。
 人の腕のような骨が視界に飛び込んできた。
「……マズい。数が多い」
 短剣を手に持つが、勝ち目は薄い。
 ゴブリンは単体では弱いが、群れると罠や連携を駆使して戦ってくる。
 一人で戦わないのは冒険者としての定石だった。
 思考を巡らせ、コンソールを呼び出す。
 堆肥ブーストが表示されてた。
「これを使えば……もしかして」
 迷ったが、決意を固めた。
 彼は落ちている石を拾う。
 そして振りかぶるとゴブリンたちの中心へ放る。
 落ちていた骨に当たると乾いた音が響いた。
 反応したゴブリンたちが音の方へ集まってきた。
 その瞬間――
「いくぞ!」
 リクは茂みから飛び出し、全速力で駆けながらコンソールに触れる。
 堆肥ブーストが開始され、緑の波が地面を這った。
 彼はゴブリンたちの中心へ転がり込んだ。
 草が一斉に芽吹き、そして。

 《警告:魔力供給不安定。周囲の生命力を吸収します》

 芽吹いた草が枯れ、灰のように散っていった。
 ゴブリンが生命力吸収により次々と崩れ落ちた。
 リクも倒れながら、胸を押さえる。
 焼けるような痛み。
「……上手くいったが」
 意識を保ちながら、ゴブリンへ近づき、動き出す前に全て仕留めた。
 耳を切り取り、袋に入れた。
「こんな形でしか、戦えないのか……」

 村へ戻ると、入り口でガロンが待っていた。
「……やったのか」
 リクは布からゴブリンの耳を取り出し、掲げて見せる。
 ガロンの険しい顔が、ふっと緩んだ。
「お兄ちゃん、すごい!」
 エリが、瞳をきらめかせてはしゃぐ。
 ガロンは無言で少年の肩を叩いた。
 その掌は重く、温かい。
「今夜はゆっくり休め。――明日から、立て直すぞ」
 リクは頷く。
「ガロン、ゴブリンの巣は他にもありそうか?」
 問いに、ガロンは遠くの丘を指差す。
 広場では、壊れた柵や焦げた家屋が夕陽に照らされていた。
 少年はそれを見つめた。
 ――ここから始まる。
 彼の新しい物語が。
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