ナンバーズ

小桃

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Ⅰ話…名前

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ふっと、目が覚めると暖かなベッドに横になっていた。
半身を起こすと、激痛が走る。
腹部を見ると、綺麗な洋服と包帯が丁寧に巻かれていた。
車輪が回る音に体が強張る。
音がする方に顔を向けると、車いすに乗った綺麗な女性がベッドに近付いた。

「無理に起き上がると、傷口が開きます。無理はいけません」

「貴女が僕を?」

「いいえ、わたしではありません。あなたは幸運の持ち主なのですね」

女性は車いすを反転させると部屋から出て行く。

確かに、僕は生きている。
警告音が鳴り響き視界が真っ赤に点滅していた状態であったのに。
幸運なのか、悪運なのかわからないが生きているという状態に安堵のため息がもれる。

扉が開き、先程の車いすの女性と左頬にⅢの刺青がある男性が入ってきた。
その男性の顔を見て「あっ!」と声を漏らすも、直ぐに違う人だと感じて下を向いてしまう。

「どうしたんだい?」

男性は優しく声を掛けてくれるが、目が笑っておらず物怖じして黙ってしまう。
しかし、沈黙が続くと次第に視界が真っ赤に染まっていく。

「あの、一瞬助けてくれた人かなと思ったけど、直ぐに違うなと思って…」

恐る恐る言葉を紡ぐと視界の色が正常に戻る。
僕の言葉に男性は、にっこりと笑むと「そう」と答えた。

「君に関していくつか質問したいんだけどいいかな?」

「はい」

「君の名前と年、あそこで何をしていたのか教えてくれるかな?」

「…名前は無いです」

「ナイ君ね。年は?」

「あっ、違くて…」

車いすの女性が笑いを堪えていたが次第に大声で笑いだす。
男性は、不可思議そうに小首を傾げる。

「ドライ、お前なにボケてやがる」

急に沸いた声にドライの後ろを見やれば、また似た顔の男が一人増えていた。
右頬にⅠの刺青のある男。

「アインツ兄さんまで、わたしはボケてなんて…」

「このガキは名前を持ってないって言ったんだよ。このご時世珍しい事でもないだろう」

アインツの言葉にドライは「あぁ、そういう事か」と一人納得をしていた。

「という事は年齢とかもわからないかな?」

その言葉に頷く。

「じゃあ、あそこで君は何をしていたんだい?」

「…武器商人の小間使いをしていて。武器の搬入をあそこで済ませていたら雇い主であるはずの男が現れてだまし討ちされて…」

「そう、大変だったね」

ドライに頭を優しく撫でられる。
はじめて頭を撫でられ、なんだか恥ずかしい。

「お前、特技は?」

「特技?」

「フィーアがお前を抱えて帰ってきた時には度肝を抜かれたが、はじめてのあいつのわがままだ。兄貴としてはあいつの願いを叶えてやりたい。って事でしばらくお前の面倒を見てやる。が、自分の面倒はある程度自分でやってもらう。だから、何が得意かによって、お前をナンバーズの店で働かせるか、ゼロとして働かせるか。っていうか、お前って言うのも面倒くさいな、拾い主に名前を付けさせるか、文句はないよな?」

アインツは、僕が首を縦に振るのを確認すると豪快に扉を開けて出て行く。

それよりも、『ナンバーズの店』? 『ゼロ』? なんの話をしているのだろうか?

「頭が、混乱しているみたいだね。兄さんは気が短いから。…アイス、君はどちらの店の方が向いていると思う?」

「なんでわたしが」

「騙し討ちとはいえ、お腹に大きな穴が開いているからね。ゼロとしては直ぐには働かせられない。であれば、お店の方で働いてもらう事になる。そのお店を主に管理しているのは君だからね。道理がなっているだろう?」

「あんな路地裏での搬入作業、どうせろくなモノを運んでいたのではないでしょうから。裏の方で働いてもらおうかしら。その方が何かあった時の始末もつけやすいし」

「君がそう言うのならそうしよう。と言っても直ぐに働かせられないからね。ある程度お腹の穴が塞がったら働いてもらう。それまでは、安静に過ごしていて」

ドライが椅子から立ち上がると、アイスもそれにならい二人は部屋から出て行った。

ふと訪れる静寂に色々なことが頭をよぎる。

『何故僕は生きているのだろうか?』
確かに僕は、あの人に「殺してくれ」といったはずである。
それなのになんで生きていてこんなにも好待遇を受けているのだろうか?

『ここにいてもいいのだろうか?』
先程の会話で感じたのは今までいた所とここもそう変わりはなさそうだという事。
死を覚悟した時には死んでもしょうがないと思えたが、一度、生きているという安堵感に包まれてしまうと、やはり死にたくないと感じてしまう。
この場所に居続けて生き抜いていく事が出来るのだろうか?

そこまで考えて自嘲気味に笑みが零れる。
此処を出たからと言って帰る場所など元から無い。
まして、此処を出て行きついた場所が此処より安全かどうかなんて全く分からないのだ。
であれば、嫌な警戒音が鳴りやまなくなるまではここが安全なように思えた。

ふっと気配を感じて扉を見れば、少し扉が開いていた。

気になって立ち上がり扉を開き廊下を見る。
…誰もいない。
気のせいだったのかと、扉を閉めようとして、廊下に置かれた装飾品に目が奪われる。

西洋の花瓶に生けられたお花
きっと有名な絵画
壁に掛けられた燭台やカーテン

どれも今までに見たことが無い豪華な品々に目が離せない。
気が付けば自然と足が動き、品々を眺めていく。

どれくらい廊下を進んでいただろうか、もうそろそろ部屋に戻ろうとして、どう自分が進んできたのかが分からなくなっていた。

あの絵画は見て、この絵画は見てないからこっちの道か…と、曲がった瞬間視界が真っ赤に染まる。
急な警告に足が止まる。
何かの視線を感じ左を見ると、扉が半開きになっており中の何かと目が合ってしまう。
中にいる男はあの人と似ているけれど、左の頬にⅡの刺青があり、人であったものを執拗に切り刻んでいた。
男はにたりと笑うとこちらに近付いてくる。
一歩後退ろうとすると、警戒音が耳に鳴り響く。
後退るのを止めると、視界が真っ赤なのは変わらないが警戒音が止む。
鈍色に光る刃物がこちらに向けられ恐怖に顔が歪みそうになるが必死にこらえる。
男が刃物をこちらに振り下ろす瞬間、固く目を瞑る。

…いくら待っても痛みが来ないのでゆっくりと目を開けると、僕を庇うように立つ男が振り上げられた刃物を強く握っており血が目の前に滴り落ちている。
僕を庇うように立つ男の左頬にはⅣの刺青。

「フィーア、なんのつもりだ?」

「こいつ、俺が拾ったんだけどちゃんと飼育しないとアインツ兄さんに怒られる。だから、ツヴァイ兄さんに傷物にされると俺が困る」

「…まぁいいや。逃げなかったのは、褒めてやる。フィーアに飽きられたら俺に斬らせろ」

ツヴァイは刃物から手を離すと、自室に戻って行く。

フィーアは、血に濡れた小さな刃物の柄を僕に向けると手に握らせた。

「お守り用に持ってろ。武器、何も持ってないだろう」

フィーアはその場から離れようとして、振り返る。

「レイン」

「?」

「お前の名前。雨の中拾ったから『レイン』。覚えやすいだろ?」

フィーアは、血に濡れた手でレインの頭を撫でた。
血が髪の毛にこびりついたが、嫌な気持ちよりも嬉しい気持ちでいっぱいになった。

頭から手が離れると、少し物足りなさを感じた。

フィーアは、手を離すと歩いて行ってしまう。

『レイン』

自分に与えられた名前が嬉しかった。
今までは、『そこの』とか『お前』とか『それ』とかで、名前らしい名前を貰った事が無い。
名前を付けられるその事だけで気持ちが舞い上がりそうになり、先程まで考えていた、ここにいる人たちへの不信感はどこかに消し飛んでいた。

雨の中、拾われて、名付けられて、僕はここで初めて生を受けたように感じた
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