盾を持ち死にゆく者~パーティ面接に全滅した俺はソロでダンジョンに挑む〜

山羊ノ足

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否定と自覚-2

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 イルマさんと話した後、俺は塔の最上階へ向かった。

 様々な施設が詰め込まれている黒塔には冒険者としての能力を磨くためのものもある。

 そしてこの塔の最上階には冒険者に関する歴史や戦いの術、冒険者とは全く関係のない娯楽用の本など、他にも幾つもの知識が集まっていた。

 足を踏み入れると最初にその天井の高さに目が行く。最上階は三階分の天井をぶち抜いて作られており、壁には書物が並べられていた。

【アルビス】の図書館は世界中から知識が集められており、ダンジョンと同じくこの場所も有名だ。この図書館を利用する為に冒険者になると言う人も少なくはない。

 俺は冒険者になってからはここに何度も訪れていた。困った事や行き詰った時、俺はいつも知識を集める。同じ様な悩みを抱いた人間というのは過去にも多く存在する。本にはそう言った自分よりも先に同じ悩みを抱いた人がその解決方法を書き残している事があるのだ。

 本の中に俺の現状を打開する術がどこかに載っているかもしれないと、俺は図書館の中を歩き始めた。

「何から、読むか……」

 冒険者が図書館に足を運ぶ理由の多くは、スキルを調べる為だ。スキルとは人間が編み出した技術の事である。剣術、歩方、弓術。その他多くの技術を纏めて、冒険者は技術の総称をスキルと呼んだ。

 スキルの取得は本などから取得方法を学ぶか、既にそのスキルを取得している人に教えて貰うかの二択だ。スキルを身に付けた後はギルドでの認定試験に合格する事で、ギルドのプロフィール情報に登録される。スキルとは冒険者にとって自分の能力を分かりやすく証明する手段の一つなのだ。

 ずらりと並ぶ本に目を向けながら、音を立てないように歩く。図書館には人がまばらに座っていて、人の息遣いと微かな足音、本のページを捲られる音で、静かな空間が作られていた。その空気を壊さないように、気になる本を棚から抜き、戻し、を繰り返す。

「……これぐらいにしとくか」

 俺は盾職に関連のあるスキルが載っている本や、冒険者として成功した人の自伝、そして冒険者の歴史に関する本を一通り何冊か手に取り腕に抱える様にして持ち、近くにある机にそれらを置いた。椅子に腰を降ろし一息ついてから手元に一番近かった本を取るとページを捲る。

 こうして本を読む事は久しぶりだったが、没頭している間は自分の中にある不安や悩みが気にならなくなっていく。ただ自分に必要だと思う情報を抜き取り記憶する事に俺は時間が過ぎるのを忘れ没頭した。

考えるべき事が多かった。今まで面接を受けては落ちてを繰り返して、何度も自己を否定され、ゆっくりと考える時間を取れてはいなかったなと思い出す。自分との対話は大切な時間だと言うのに蔑ろにしていたかもしれない。その分どうやら俺の中には随分と想いが溜まっていたようだ。

「……」

 自分に何が足りないのか。どうしてどのパーティにも採用されないのか。

 実力か? 風格か? 経歴か? 実績か?

 様々な要因を考えて、自分に当てはめ本を読む。答えはこの中にあるのかもしれないし、
 ないのかもしれない。諦めきれていない自分がいるから、俺はこうして探している。

 イルマさんは諦めろと俺に言った。多分それは正しくて賢い選択なのだろう。俺がこうして割いている時間は、まったく無駄なものなのかもしれない。

 ここまで拘る理由が俺にはあるのかと聞かれれば、俺はきっと答えることができない。俺が冒険者になった理由なんて、大したことがないのだから。俺自身、最初の頃の想いでこうして諦めずにいられないわけではないと思っていた。

 三年だ。三年という時間を費やした。それは気持や理由、理想が変化するには、十分な時間であると思う。冒険者として働いて、努力を重ね、現実を知り、失敗を繰り返し、今のハイド・ゴーゴルという冒険者が存在している。良い事なんて本当に僅かだった。辛い事の方が多かった。それなのにどうして俺は、この道を簡単に諦めることができないのか。

 自分のことだがわからない。それでも俺は、可能性を探していた。

「これじゃない」

 本を読み終え、また別の本へ。知識を集め、自分の中で消化していく。

 時間は経ち、気が付いたころには図書館にいるのは俺一人になっていた。

 そんな中、俺は冒険者の歴史関連の本を読みながら考える。現代と昔の冒険者を比べた時、昔の冒険者の方が強いというのはよく聞く話だった。この都市に長く住む人や、古参の冒険者が良く口にする言葉。それが一体どうしてなのか、多くの人は知らないし、知ろうとしない。この本を読むまでは、俺もそこを気にしてはいなかった。

 何冊目かの本のページを捲っている最中、本に書かれていた一部の内容に目が留まる。そこには、かつてパーティを組む事は絶対的な常識ではなく、ソロ、つまりたった一人でダンジョンに入る冒険者も存在したのだという記述。

 今では考えられないその行いは、多くの冒険者を死に追いやったが、生き延びた冒険者も存在しており、冒険者として名を残している偉人には、ソロでの活動経験が長い人や、誰とも組んだ事がないと言った人も中にはいたという事に気が付いた。

「……ソロ」

 本を持っている手が、震えていた。その手段は、考えた事がなかったと俺の目がその記述から目が離せなくなっていた。

 この内容を読んだ時、俺の中の常識が、確かに崩れた。

 冒険者のソロとは、今では敗者の印である。パーティに入ることのできない、弱者の印。
 ダンジョンに潜らず、ギルドで張られている依頼をこなす事しかしていない様な者は嘲笑の対象だ。冒険者はパーティでダンジョンに挑んでこそ冒険者だと言えるのだから、ダンジョンに入らない冒険者などただのごっこ遊びでしかない。

 俺も何度もその視線を向けられた。パーティも入れず、簡単な依頼を受ける事で食いつなぐ冒険者の中でも嫌悪される弱者としての生き方を、見下されて、哂われた。

 聞こえてくるのだ。ああはなりたくないという侮蔑の声が。

 思い出して体が熱くなる。悔しさは俺の中で溜まりいつでもこの体から溢れそうな状態
 を保っていた。

 だから考えてしまう。もし、あの目を全て見返す事ができたらと。

 ソロでのダンジョン探索は自殺行為だ。そんな事は冒険者になった一番最初に誰しもが教えられる。仲間を作り、パーティプレイを磨き、危険な冒険という経験を仲間同士で分かち合う。それが現代の冒険者の姿であり、俺も当たり前だと思っていた冒険者としての姿だった。

 俺は本のページを捲る。

『冒険者とは、危険に身を落としながらそれでも前に進む者の事を指す』

 目に映ったその言葉が、俺の心を疼かせた。

「俺は、冒険者……」

 ギルドに登録しても、パーティに入っても、武器を握り防具を身に纏っても。それだけで本当の冒険者と言えるのか。それは、形だけの紛い物。英雄の真似をしたただの愚物。
 本物に成りたいのであれば、愚物であろうと、愚か者と言われる様な勇気を持たなければ
ならないのではないか?

 歴史が、俺に聞いてくる。

『お前にその覚悟はあるのか』と。

 見返したい。称賛が欲しい。冒険をした先にある勝利を手に、俺も向こう側に立ってみたい。

 自分の中で燻っていた欲望が産声を上げていた。誰にも言えなかった俺の本音が、言葉にしてしまえば捻じ伏せられると恐れ口にはできなかった俺の願望が、俺の理性を壊そうと暴れている。

 危険な道を行くよりも、ごく普通の幸せをとそれが言う。

 望みを諦めるぐらいなら、無謀なまでの挑戦をと本能が言う。

「俺は……」

 俺は初めて、自分の中にある真実に触れた様な気がした。何故なら、俺はその二つの選択を並べた時に、迷うことがなかったから。

 本を閉じる。どこか充実感のような物を抱きつつ、不思議な感覚のまま出ようと席を立とうとした。体の熱が疼いていて抑えられそうにない。たった一人でも、ダンジョンに挑
もうと思えばできるのだ。誰かと一緒でなければならないという固定概念があって、今まで考えもしなかった。

 もし、俺がダンジョンにたった一人で挑めば、何かが変わるんじゃないのか。

 何かを変えたくて、ここに来た。俺は何かを変える為の知識を、今まさに手に入れた感触がしたのだ。頭の中で描いた未来の自分の姿。それを思い浮かべ、笑みが零れる。

 そんな確実な変化を迎えようとしていた俺に突然背後から声がかかる。気配は全く感じられなかった。容易に背後を取られていた事実に反射的に背筋が震えた。

「お久しぶりです。先輩」

 その声には覚えがあり、不快感が胸の内から溢れ出す。俺の満たされていた内側を、覚えがあるその声に穢されていくようだった。

 俺は振り向き、そして心の中で重たい息を漏らす。

「レニス……」

 そこには元パーティの後輩、レニス・フリルが俺に優しい笑みを浮かべ、微笑んでいた。


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