【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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第一章 初めての夜よりも、身体は確かに応えていく

荒れた薔薇園

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 朝食を終えると、女官長が二人を案内に現れた。
「本日は、王宮内の主要施設をご案内いたします。殿下が日々お使いになる場所や、重要な部署の責任者へのご挨拶もございます」

 シルヴィアは頷き、ラシェルを伴って回廊へ出た。
 白い大理石の廊下には光が射し込んでいる。

 すると、すれ違う侍従や侍女たちが、必ず一度は二人に視線を向けた。
 いや、正確には――シルヴィアではなく、ラシェルに向けられている。

(やっぱり、ラシェルはヴァロニア人から見ても美しいのね。こんなに注目されるなんて!)

 昨日来たばかりの、まぁ、そこそこの王太子妃より、よほど目立っている。
 視線は一瞬で通り過ぎるが、その中に好奇心や憧れの色が混じっているような気がした。
 中には、複雑そうな目を向ける者もいる。
 ラシェルはそれに全く動じることなく、全て無視して歩を進めていく。

(慣れてるのかしら……? それとも、意外と鈍感で気づいてないだけ?)

 女官長の案内に従って進む間も、廊下や階段の先から小さな囁き声が聞こえてきた。
 はっきりとは聞き取れないけれど――口元を覆って視線を交わす仕草は、あきらかに二人のことを話している。
 ……いや、やっぱりラシェルのことだ。

(若くて美しい侯爵令嬢ですものね。憧れられてる……のかしら。でも、どうもそれだけじゃない気がするんだけど……)

 ラシェルは、立ち姿が美しい。
 陽光を受ける金糸の髪は柔らかく輝き、蒼い瞳は宝石のようだ。
 笑みは控えめで、所作には品がある。
 けれど、その奥に何か――近づきにくいような、淡い影のようなものを感じさせる。

(初めて会ったはずなのに、宮廷の人たちの反応が……まるで昔から知っている相手みたいだわ)

 中庭への回廊に差し掛かると、ラシェルが振り返った。
「王太子妃殿下、次は薔薇園をご覧になりますか? 私、幼い頃に母と訪れたことがあるんです。今の季節、薔薇は咲いていませんが、オランジュリーがとっても綺麗なんですよ」

 ラシェルの薦めで、薔薇園に向かう為、二人は宮殿の回廊を抜けて外へ出た。
 白壁の向こうに、薔薇の庭園が広がっていた――はずだった。

 しかし、近づくにつれ、少し様子が違うと気づく。
 真冬なので花は咲いてなくとも、枝は伸び放題、雑草が根元を覆い、ところどころ棘が道を塞いでいる。
 整えられたはずのアーチも蔓に覆われ、石のベンチは落ち葉に埋もれていた。

(……これが、宮殿の庭? どうして手入れされていないの?)

 シルヴィアが不審に思い立ち止まると、すぐ後ろから足音が近づき、厳しい声が響いた。
「お下がりください、殿下。この薔薇園は現在、立ち入り禁止です」
 声の主は、鎧姿の近衛兵だった。

 シルヴィアは戸惑って振り返る。
「立ち入り禁止……? どうして?」
 兵は目を伏せ、淡々と答える。
「庭師が逃げ出しました。王都の情勢が落ち着くまで、誰もここに入れぬよう王太子殿下のご命令です」

 ラシェルが小さくため息をつき、シルヴィアの腕を取った。
「……参りましょう、殿下」

(庭師が……逃げた? 王都の情勢って……)
 耳に残った「王太子殿下のご命令」という言葉が、胸の奥に重く沈む。
 ――歓迎されていないのではないか。
 そんな不安が、知らず知らず膨らんでいく。

 薔薇園を背に歩き出すと、回廊の陰から数人の侍女や兵士がこちらを見ているのが目に入った。
 好奇心とも、値踏みともつかない視線。
 その中に、ラシェルに向けられた笑顔や、ひそやかな囁きも混じる。

 けれど、その笑顔の中には、やはり距離を置くような影も見える。
 シルヴィアは黙って前を向いた。
 この宮殿も、王都も――まだ何一つ、自分の居場所だと言い切れない。

 すれ違いざま、兵士たちがラシェルに敬礼めいた視線を送った。
 その眼差しには畏怖とも憧れともつかない色があり、シルヴィアの疑念はさらに深まる一方だった。
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