【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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第一章 初めての夜よりも、身体は確かに応えていく

専属侍女

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 窓から射し込む朝の光に、シルヴィアは目を覚ました。
 毛布の中に、昨夜の香油の匂いがまだ残っている。
 胸の奥がじんわりと熱くなる――思い出すのは、あの低い声と、肌に触れた温もり。

 けれど、王宮は驚くほど静かだった。
 義母である前王妃は反王太子派の実家へ引きこもり、この宮殿にはいない。
 ギリアンも朝から執務室にこもり、先月の戦で負傷した騎士たちの容態を案じて、使者を何度も送っているそうだ。

 女官が温かい湯を運び入れ、化粧台の前に導いた。
 淡い紅を頬にのせながら、淡々と告げる。

「殿下、本日から専属侍女をお迎えいたします」
「……専属?」
 鏡越しに問い返すと、女官は小さくうなずいた。
 昨日到着したばかりなのに、もう数か月ほど経ったような気持になる。
 つい先日まで、自分も一人の伯爵令嬢でしかなかったのだ。
 まさか、敵国に嫁ぐとは思っていなかったので、ヴァロニアの事はあまり勉強していなかった。
(歳が近くても良いし、博識な先輩でもありがたいわ。心やすい方だと良いのだけど)

 やがて扉が開き、一人の若い娘が現れた。
 金糸の髪に蒼い瞳、姿勢の良い佇まい。動作は控えめさを保ちながらも、育ちの良さを隠しきれていない。
 そして、まだ少女のようなのに、とても美しい。
(まぁ、なんて奇麗な方!)

「ラヴァール侯爵家の令嬢、ラシェル様でございます。本日より殿下のお側に」
 女官長の紹介に合わせ、ラシェルは裾をつまみ、深く礼を取った。

「お初にお目にかかります、王太子妃殿下。微力ながら、お役に立てればと存じます」
 声は澄んで、迷いがない。歳はシルヴィアとあまり変わらなそうだ。

 シルヴィアは椅子から身を起こし、目を細めた。
「歳が近そうね。……宮廷仕えは初めて?」
「正式には、本日が初めてです。歳は十六になります」
 簡潔な答え。
 けれど、その瞳は真っすぐで、わずかに探るような色があった。

 ――この娘、ただの侍女ではないかも……。
 そう直感しながら、シルヴィアは唇に微笑を浮かべた。
「これからよろしくね、ラシェル。今日は一緒に、宮殿を回りましょう」
「かしこまりました、殿下」

 朝の光が、二人の間に淡く射し込む。
 それは、未来の数々の出来事をまだ知らぬままの、最初の一歩だった。




 シルヴィアがラシェルを伴って大広間へ向かうと、長いテーブルの端にギリアンが座っていた。
 黒い礼服の上着を肩から羽織り、銀のカップに口をつけている。
 その横には簡素な朝餉――焼きたてのパンと温かいスープが並ぶだけだ。

「おはようございます、殿下」
 シルヴィアが歩み寄ると、ギリアンは視線を上げ、わずかに口元を緩めた。
「……眠れたか?」

 その低い声に、昨夜の記憶が一瞬よみがえり、胸が熱くなる。
「はい。殿下こそ、お忙しそうですね」

 シルヴィアがそう言うと、ギリアンは一度だけ小さくうなずいた。

 案内されて席に着くと、ラシェルが素早くパンを切り分け、器にスープを注いだ。
 ギリアンの視線が一瞬、ラシェルに向く。

「新しい侍女か」
「はい。本日からお側に来てくださってます」
 昨日の今日で、シルヴィアには王宮内の人事も何もわからない。

 シルヴィアが答えると、ギリアンはラシェルをじっと見て、首をわずかに傾けた。
「……ラシェル? 君が侍女? もしかして、ヴィンセントが命じたのかい?」
(ヴィンセント? 確か、婚姻要請の書状を書いた人?)

 ラシェルは笑みを薄く浮かべ、首を横に振った。
「いえ。昨年、次兄が結婚しまして。私も成人を機に、そろそろ家を出た方が良いと思いまして」

「……そうか」
 ギリアンの口元に、かすかな笑みがよぎる。
「まあ、君ならどこにいてもやっていけるだろうけど。でも、本当に困った時は、必ず相談してほしい」
 ギリアンの声色が違うことにシルヴィアは感づいた。

 二人の会話が、旧知の友人同士のように軽く続くのを、シルヴィアは横で聞きながら首をかしげた。
(……何、この親しげな空気。どういう関係なの?)
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