氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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第三章 わたしの身体で証明してみせます

凍てついた薔薇園で

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 二月。薔薇園はすっかり冬枯れの姿をさらしていた。
 白く凍りついた地面には足跡が残り、剪定もされないまま放置された棘の枝が風に揺れている。
 かつて色と香りに満ちていた花園も、いまは寒風に晒され、ところどころで枯れ葉がはらはらと舞っていた。

 その中を、ジェードとラシェル、ふたりの少女が歩いていた。
 金の髪と黒の髪が凍てつく空気にふわりと揺れ、彼女たちはマントの首元をぎゅっと握りしめながら、寒さに肩をすくめた。

「……ホープ様のこと、ホーって呼ぶんですね」

 ラシェルが思わず口にすると、ジェードがふっと笑みを浮かべて答えた。

「平民だけかもしれないけど、家族や恋人みたいに親しい間柄では、名前を短く呼ぶことが多いんです」
「知らなかった……。私は、どう呼べば良いのか、相手の爵位ばかりを気にしていました」

「ラシェル様は……領主様の、妹なんですよね……?」
「……あの、ヴィンセント兄様は、もしかして、ジェード様にもご迷惑を……?」

 ラシェルの言葉に、ジェードは黒い髪がゆらゆらと揺れるほど勢いよく首を横に振った。

「ち、違うんですっ。領主様が、わたしの知っている人にとても似ていたので、それで、ラシェル様も、どこか似てる気がして……」

 その頬がほのかに紅くなったことに、ラシェルは気づいた。

「兄は顔だけは良いので、昔から人好きされるんですが、本当に悪魔みたいな人なので、絶対に好きになっちゃいけません。私の人生、あの人のせいでめちゃくちゃなんですから」

 ラシェルが心配そうに言うと、ジェードの瞳がなぜか滲んだ。
 だが、その意味は、ラシェルにはわからなかった。

「大丈夫です。わたし、好きな人がいるんです。その人を助けるために、ここに来たから」

 冷たい風が吹き抜ける中、ジェードの覚悟を聞いたラシェルの頬が赤くなった。
 だが、その頬の赤みは寒さのせいだけではない。

「ジェード様は、人を好きになると、強くなるんですね。私は、逆で……弱くなってしまった気がします」
「わたしの好きな人は、とても弱い人なんです。わたしが守らないといけない人なんです」

 こんなふうに、はっきりと意見を言ってくれる人は、ラシェルの周囲にはいなかった。
 兄を恐れ、誰もが口を濁す言葉ばかり聞いてきた。

「だから、ラシェル様が弱くなったって思うのは……そのお相手が、とても強い人だからじゃないですか?」
「……どうでしょう。剣士としては中の下って聞いてますけど」

 ラシェルは小さく笑った。
 そしてふたりは、冬枯れの茂みに顔を寄せ、小さな緑の芽を探し始める。
 まるで秘密を分かち合うかのように、枝の奥に目を凝らして。

「ホープ様って……子どもの頃は、どんな子だったんですか?」

 その問いに、ジェードは少し驚いたように目を見開いた。

「よく、女の子みたいって言われてました。わたしとずっと一緒にいたからでしょうね」
 ジェードは枯れ枝を踏まないように歩を進めながら、幼い日を思い出すように言った。

「すぐくっついてきて。わたしが村の男の子と仲良くしてたら、全然気が利かなくて、初恋の邪魔されたこともあるんです。ホーのことを好きな女の子がいても、あの子、全然気がつかないし」
「……今も、そういうとこ、あります」

 ラシェルの声は、少し笑っていた。

「好きな人と、離れていると、寂しいですよね……?」
 ラシェルに問われ、ジェードは漆黒の瞳をラシェルに向けてうなずいた。
「大切なんです。彼のこと、守りたいんです」
 その答えを聞いて、ラシェルもまた立ち止まり、小さく頷いた。



「……ヴァロニアに戻る時に、巡礼宿で、彼に告白したんです……」

 ジェードの突然の『告白』の告白に、ラシェルは両手で頬を押さえた。
 貴族令嬢としてはあるまじき、けれど抗えない好奇心が込み上げてくる。

「それで、その方はなんと!?」
「すごく驚いて『何を言ってるんだ』って……。でもその後、キスしてくれました」
「……まぁ! キスを!……」

 荒れた冬の庭園で、誰にも見られず咲くような、静かな少女の笑い声。
 それは、まだ春の気配もない空の下で、確かにひとつの花のように揺れていた。
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