【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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第三章 わたしの身体で証明してみせます

王と王妃の物語

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 東の空が、ようやくわずかに白み始めたころ。
 王の寝室はまだ闇に沈み、蝋燭の火もすでに尽きていた。

 寝台の上、ギリアンは深く眠っていた。
 その額には薄い汗がにじみ、眉はかすかに寄せられたままだ。
 まるで夢の中でも、王のままでいるかのように。

 シルヴィアは、隣でそっと身体を起こした。
 冷えかけた肌に寝具をかけ直し、寝息をたてるギリアンの頬を見つめる。

(昨夜……)

『……誰も、僕を、見ない……』
 そう、ギリアンは言った。

 ほんの一瞬だった。
 声も小さく、息に紛れて、すぐにかき消えてしまった。

 けれど、確かに彼は言ったのだ。
 それは、王としてではなく、一人の人間としての痛みだった。

 シルヴィアは、声を殺してまぶたを押さえた。
 涙が、頬を伝った。
 一粒だけ。静かに、音もなく。

(……泣くのはこれが最後よ)

 王妃として、妃として。
 ギリアンの前で流す涙は、これで最後にすると決めた。

 身体の奥に、まだ彼の温もりが残っていた。
 ギリアンの手が、自分を抱き寄せたときの力も、まだどこかに残っている。
 けれど、それを求めたギリアンが、どれほど孤独だったのかを思うと、胸の奥がしんと締めつけられた。

(わたしは、王妃になってしまった)

 恋を知らぬまま嫁ぎ、内乱の中で戴冠し、今、王の隣で眠る。
 触れ合いの中で初めて知ったギリアンの弱さは、同時に、自分にしか見せていないという『重さ』だった。

 ギリアンの手が、寝たままふいにシルヴィアの方へ伸びてきた。
 その指先が、彼女の指先に、そっと触れた。
 ただそれだけ。

 けれど、まるで心の奥をなぞられたように、シルヴィアは微かに息をのんだ。

(……起きてるの?)

 だが、ギリアンの瞼は閉じられたままだった。
 そのまま、何も言わず、ただシルヴィアの指を包み込むようにして、動かなくなる。

(……気づいたのかしら。私が、あなたの重さに触れたことに……それともただ、夢の中で誰かを探しているだけ……?)

 シルヴィアは、その手をそっと握り返す。
 冷たかった手のひらが、ゆっくりと熱を取り戻していくのがわかった。

 心の中で、小さくつぶやいた。

(……気づかれていなくても、いい)

 この人が、声にしない痛みを抱えているのなら、わたしはその沈黙の中に寄り添う者であろう。

 王妃として。
 ひとりの女として。
 誰にも知られずとも、誰に褒められずとも。
 この人の傍にいられることが、わたしの誇りになる。

(……わたしは、この人の妻になる)

 鳥の声が、遠くから聞こえた。
 王宮の高窓に、淡い光が差しはじめる。

 新しい朝が来る。
 そしてまた、王と王妃の物語が始まるのだ。

 シルヴィアは涙を拭い、もう一度だけギリアンの手を握った。
 何も言わず、そっと微笑む。

 それが、自分なりの『覚悟の朝』だった。
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