55 / 182
第四章 わたし、子を、授かりました
相談 ②ホープ
しおりを挟む
まだホープが療養室にいると聞き、シルヴィアはホープのもとを訪れた。
王の側近を、王妃が個人的に呼び出すことができないので、療養室に居てくれたことがありがたかった。
「……お加減は、もうよろしいのですか?」
シルヴィアが尋ねると、ホープは礼儀正しく頷いた。
「はい。双子の姉が戻ってくるまでは、ここに居候していようかと思っていまして」
シルヴィアは、ふうっと息を吐いて、ホープを見つめた。
「……ホープ卿。あなたは、陛下と長く親しくしておられますよね」
「長く……と言っても、ここ三年程です。ぼくは平民なので、陛下には……分不相応なほどに良くしてもらっています」
「それはあなたも黒髪だから……よね?」
「はい、おそらく……」
シルヴィアは少し何か考えてから、目を伏せ、言葉を続けた。
「実は……わたし、妊娠したの」
「……えっ!」
ホープは思わずシルヴィアを見つめた。驚きと、喜びと、すこしの戸惑いが混じった顔だった。
「それは! おめでとうございます!」
ホープの顔から戸惑いは消え、驚きと喜びで声が明るくなった。
しかし、シルヴィアの瞳が、少しだけ揺れていた。
「……陛下も、喜んではくれました。でも……目をそらされたの」
言葉に詰まりそうになって、シルヴィアは唇を噛んだ。
「陛下が……?」
「ホープ卿……あなたは、陛下の黒髪について、どう思っているの?」
シルヴィアに問われ、ホープは眉を寄せ、しばらく考え込むようにしていたが、やがて、ぽつりと語った。
「……陛下は昔、自分で言っていました。『僕の中にも、【黒】を蔑む心がある』と」
「……黒を蔑む……?」
「黒髪を蔑むという事は、陛下は、自分で自分をずっと否定して生きてきたんです……。この話はヴィンセントも知りません。ぼくが同じ黒髪だったから、陛下の口から直接聞きました」
「……」
「陛下は、幼い頃からずっと、父王に疎まれ、母后には黒髪のせいで王位から遠ざけられたと聞きました……。それでも、王太子の正当性を支持する貴族の為に、自分の黒髪を隠して生きてきた。けれど、どこかでずっと……怖かったんだと思います。ヴァロニアの民が蔑む黒髪の自分が、王としての価値があるのかどうか」
その言葉に、シルヴィアの胸が締めつけられる。
ホープは、王妃に視線を戻す。
「だからきっと、黒髪の子が生まれるという現実は……黒髪が自分の呪いだと言われ続けた、自分の記憶そのものと向き合うような苦しさだったんじゃないかと、思うんです」
「……あなたも、黒髪だけど、そう思った?」
「……ぼくは黒髪しか居ない村で育ちました。ぼくの故郷、ヘーンブルグ領には黒髪しかいません。なので、十四歳の時に村を出るまで、金色の髪を見たこともなかったんです。ヘーンブルグ領の民にとっては、黒髪は呪いでも罪でもありません。ただ、生まれ持ったものです」
シルヴィアはホープの話を真摯に受け止め、聞いていた。
その様子に、ホープは柔らかく微笑んだ。
「だから……、陛下がまだ、黒髪の子を愛する準備が出来ていなくても……、将来、陛下が、やっぱり黒髪の子を愛することが出来なかったとしても、赦してください。そして、王妃様が、愛してあげてください。陛下の代わりに。最初はそれで、いいと思います」
シルヴィアの目に、僅かに光がにじんだ。
「もし、陛下が、どうしても心を痛められるようなら、その時は、ぼくが父親の役目をします! ぼくはずっと陛下の隣に居てますから!」
「……ありがとう、ホープ卿。あなたって、本当に良い人なのね。陛下があなたをとても大切にされる理由も、ラシェルがあなたに恋する理由も、良く分かったわ」
その言葉に、ホープの耳がほんのり赤く染まった。
それを見たシルヴィアは、微笑みながらも、その照れの理由には気づかないふりをした。
王の側近を、王妃が個人的に呼び出すことができないので、療養室に居てくれたことがありがたかった。
「……お加減は、もうよろしいのですか?」
シルヴィアが尋ねると、ホープは礼儀正しく頷いた。
「はい。双子の姉が戻ってくるまでは、ここに居候していようかと思っていまして」
シルヴィアは、ふうっと息を吐いて、ホープを見つめた。
「……ホープ卿。あなたは、陛下と長く親しくしておられますよね」
「長く……と言っても、ここ三年程です。ぼくは平民なので、陛下には……分不相応なほどに良くしてもらっています」
「それはあなたも黒髪だから……よね?」
「はい、おそらく……」
シルヴィアは少し何か考えてから、目を伏せ、言葉を続けた。
「実は……わたし、妊娠したの」
「……えっ!」
ホープは思わずシルヴィアを見つめた。驚きと、喜びと、すこしの戸惑いが混じった顔だった。
「それは! おめでとうございます!」
ホープの顔から戸惑いは消え、驚きと喜びで声が明るくなった。
しかし、シルヴィアの瞳が、少しだけ揺れていた。
「……陛下も、喜んではくれました。でも……目をそらされたの」
言葉に詰まりそうになって、シルヴィアは唇を噛んだ。
「陛下が……?」
「ホープ卿……あなたは、陛下の黒髪について、どう思っているの?」
シルヴィアに問われ、ホープは眉を寄せ、しばらく考え込むようにしていたが、やがて、ぽつりと語った。
「……陛下は昔、自分で言っていました。『僕の中にも、【黒】を蔑む心がある』と」
「……黒を蔑む……?」
「黒髪を蔑むという事は、陛下は、自分で自分をずっと否定して生きてきたんです……。この話はヴィンセントも知りません。ぼくが同じ黒髪だったから、陛下の口から直接聞きました」
「……」
「陛下は、幼い頃からずっと、父王に疎まれ、母后には黒髪のせいで王位から遠ざけられたと聞きました……。それでも、王太子の正当性を支持する貴族の為に、自分の黒髪を隠して生きてきた。けれど、どこかでずっと……怖かったんだと思います。ヴァロニアの民が蔑む黒髪の自分が、王としての価値があるのかどうか」
その言葉に、シルヴィアの胸が締めつけられる。
ホープは、王妃に視線を戻す。
「だからきっと、黒髪の子が生まれるという現実は……黒髪が自分の呪いだと言われ続けた、自分の記憶そのものと向き合うような苦しさだったんじゃないかと、思うんです」
「……あなたも、黒髪だけど、そう思った?」
「……ぼくは黒髪しか居ない村で育ちました。ぼくの故郷、ヘーンブルグ領には黒髪しかいません。なので、十四歳の時に村を出るまで、金色の髪を見たこともなかったんです。ヘーンブルグ領の民にとっては、黒髪は呪いでも罪でもありません。ただ、生まれ持ったものです」
シルヴィアはホープの話を真摯に受け止め、聞いていた。
その様子に、ホープは柔らかく微笑んだ。
「だから……、陛下がまだ、黒髪の子を愛する準備が出来ていなくても……、将来、陛下が、やっぱり黒髪の子を愛することが出来なかったとしても、赦してください。そして、王妃様が、愛してあげてください。陛下の代わりに。最初はそれで、いいと思います」
シルヴィアの目に、僅かに光がにじんだ。
「もし、陛下が、どうしても心を痛められるようなら、その時は、ぼくが父親の役目をします! ぼくはずっと陛下の隣に居てますから!」
「……ありがとう、ホープ卿。あなたって、本当に良い人なのね。陛下があなたをとても大切にされる理由も、ラシェルがあなたに恋する理由も、良く分かったわ」
その言葉に、ホープの耳がほんのり赤く染まった。
それを見たシルヴィアは、微笑みながらも、その照れの理由には気づかないふりをした。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~
世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。
──え……この方、誰?
相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。
けれど私は、自分の名前すら思い出せない。
訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。
「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」
……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!?
しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。
もしかして、そのせいで私は命を狙われている?
公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。
全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね!
※本作品はR18表現があります、ご注意ください。
【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!
加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。
カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。
落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。
そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。
器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。
失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。
過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。
これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。
彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。
毎日15:10に1話ずつ更新です。
この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる