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第四章 わたし、子を、授かりました
相談 ③ヴィンセント
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夕刻、ヘーンブルグからヴィンセントとジェードが戻ったという知らせが、王妃シルヴィアのもとにも届いた。
ヴィンセントが執務室にいると聞き、シルヴィアとラシェルは王宮西棟へと足を向ける。
扉のノック音に、まだ旅装のまま、机上の書簡を確認していたヴィンセントが顔を上げた。
「どうぞ」
そっと扉が開き、王妃が姿を見せる。その後ろには、侍女であり妹でもあるラシェルが控えていた。
「長旅お疲れ様でした。……旅の疲れも取れていないのに、ごめんなさい。少しだけ、お時間をいただけますか」
「王妃殿下。もちろんです。ラシェル嬢も」
二人が入室し、扉が閉められると、室内の空気がわずかに緊張を帯びた。
シルヴィアは深く息をついてから椅子に腰を下ろし、少し逡巡して口を開いた。
「……わたくし、妊娠しました」
ヴィンセントの手が止まった。
海のように澄んだ蒼い瞳が、まっすぐシルヴィアを射る。
「それは、おめでとうございます」
声は低く、落ち着いていた。だが、すぐにそのまなざしは鋭さを帯びる。
「それで、何をお悩みなのですか?」
まるで心の奥まで見透かすような問いに、シルヴィアはほんの一瞬、視線を逸らした。
「……実は……陛下が、あまり……喜んでおられない気がして……」
ヴィンセントの目がかすかに細まった。
「それは、王妃殿下の責任ではありません」
その冷ややかな断言に、横に控えていたラシェルが思わず眉を寄せる。
「貴女が気に病む必要など、一切ありません」
その声音は、ぴしゃりと突き放すようだった。
「王家にとって、子は最も貴重な朗報です。貴女がなすべきは、ただお身体を大切にし、健康な子を産むこと。それ以外に余計な感情は必要ありません」
シルヴィアは、その言葉に返す声を失い、俯いた。
沈黙を破ったのは、ラシェルだった。
小さな体を震わせながら、ヴィンセントを睨み上げる。
ヴィンセントもその視線に気づき、少しだけ首を傾げた。
「……あなたの言うことは、いつも正しいです。間違っていません。でも――」
「なんだ」
唇をきゅっと結び、ラシェルは声を震わせながら言った。
「人の心がないんですか? あなたって……悪魔みたい!」
空気が、ぴたりと止まった。
ヴィンセントは黙ってラシェルを見返す。
やがて、ふっとわずかに表情を緩めた。
それは笑みとも諦めともつかない、無感情な陰のある仕草だった。
「王妃殿下。どうか、お身体を大切に」
それだけを言うと、ヴィンセントは再び机上の書簡に手を伸ばす。
会話は、そこで断ち切られた。
シルヴィアは静かに立ち上がり、そっとラシェルの肩に手を添えた。
「ありがとう。ラシェル……行きましょう」
二人が退出すると、夜の執務室は再び静寂に包まれた。
* * * * *
回廊を歩く二人。怒りが収まらないラシェルが、声を上げた。
「本当に……! なんなの、あの人! あんな人に相談した私が間違ってました!」
「……でも、王妃として、ある意味では確かな返事をもらえた気もするわ」
シルヴィアが静かに答える。
だが、ラシェルの怒りは止まらない。
「兄は、絶対に失敗しないんです! 誰の気持ちも気にしない! きっと、王妃様が優しくて、素敵で、陛下を愛して、子を産んでくれる方だって……最初から全部、計算してたんですよ! ……もしかしたら、私がシルヴィア様の侍女になったことも、最初から兄の策略のうちだったのかもしれません!」
怒り混じりの言葉に、シルヴィアは思わず小さく笑った。
「もし本当にそうなら……それは、少し嬉しいわ」
ラシェルは目を見開いたまま、言葉を失った。
その横で、シルヴィアの笑顔が、そっと花のように咲いていた。
ヴィンセントが執務室にいると聞き、シルヴィアとラシェルは王宮西棟へと足を向ける。
扉のノック音に、まだ旅装のまま、机上の書簡を確認していたヴィンセントが顔を上げた。
「どうぞ」
そっと扉が開き、王妃が姿を見せる。その後ろには、侍女であり妹でもあるラシェルが控えていた。
「長旅お疲れ様でした。……旅の疲れも取れていないのに、ごめんなさい。少しだけ、お時間をいただけますか」
「王妃殿下。もちろんです。ラシェル嬢も」
二人が入室し、扉が閉められると、室内の空気がわずかに緊張を帯びた。
シルヴィアは深く息をついてから椅子に腰を下ろし、少し逡巡して口を開いた。
「……わたくし、妊娠しました」
ヴィンセントの手が止まった。
海のように澄んだ蒼い瞳が、まっすぐシルヴィアを射る。
「それは、おめでとうございます」
声は低く、落ち着いていた。だが、すぐにそのまなざしは鋭さを帯びる。
「それで、何をお悩みなのですか?」
まるで心の奥まで見透かすような問いに、シルヴィアはほんの一瞬、視線を逸らした。
「……実は……陛下が、あまり……喜んでおられない気がして……」
ヴィンセントの目がかすかに細まった。
「それは、王妃殿下の責任ではありません」
その冷ややかな断言に、横に控えていたラシェルが思わず眉を寄せる。
「貴女が気に病む必要など、一切ありません」
その声音は、ぴしゃりと突き放すようだった。
「王家にとって、子は最も貴重な朗報です。貴女がなすべきは、ただお身体を大切にし、健康な子を産むこと。それ以外に余計な感情は必要ありません」
シルヴィアは、その言葉に返す声を失い、俯いた。
沈黙を破ったのは、ラシェルだった。
小さな体を震わせながら、ヴィンセントを睨み上げる。
ヴィンセントもその視線に気づき、少しだけ首を傾げた。
「……あなたの言うことは、いつも正しいです。間違っていません。でも――」
「なんだ」
唇をきゅっと結び、ラシェルは声を震わせながら言った。
「人の心がないんですか? あなたって……悪魔みたい!」
空気が、ぴたりと止まった。
ヴィンセントは黙ってラシェルを見返す。
やがて、ふっとわずかに表情を緩めた。
それは笑みとも諦めともつかない、無感情な陰のある仕草だった。
「王妃殿下。どうか、お身体を大切に」
それだけを言うと、ヴィンセントは再び机上の書簡に手を伸ばす。
会話は、そこで断ち切られた。
シルヴィアは静かに立ち上がり、そっとラシェルの肩に手を添えた。
「ありがとう。ラシェル……行きましょう」
二人が退出すると、夜の執務室は再び静寂に包まれた。
* * * * *
回廊を歩く二人。怒りが収まらないラシェルが、声を上げた。
「本当に……! なんなの、あの人! あんな人に相談した私が間違ってました!」
「……でも、王妃として、ある意味では確かな返事をもらえた気もするわ」
シルヴィアが静かに答える。
だが、ラシェルの怒りは止まらない。
「兄は、絶対に失敗しないんです! 誰の気持ちも気にしない! きっと、王妃様が優しくて、素敵で、陛下を愛して、子を産んでくれる方だって……最初から全部、計算してたんですよ! ……もしかしたら、私がシルヴィア様の侍女になったことも、最初から兄の策略のうちだったのかもしれません!」
怒り混じりの言葉に、シルヴィアは思わず小さく笑った。
「もし本当にそうなら……それは、少し嬉しいわ」
ラシェルは目を見開いたまま、言葉を失った。
その横で、シルヴィアの笑顔が、そっと花のように咲いていた。
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