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第四章 わたし、子を、授かりました
黒き宝石
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執務室の窓辺に淡い朝日が差し込む頃、扉の前に立つ足音が響いた。
ギリアンは椅子に身を沈めたまま、じっとその気配を待っていた。昨晩、ヴィンセントとジェードが無事にヘーンブルグから戻ったという報せが届いた。
扉が静かに開き、ヴィンセントとジェードが姿を現した。
「お待たせしました、陛下。……これが、その手紙です」
ジェードが差し出したのは、封は破れ、紙は茶色く変色している手紙だった。それでも、筆跡はまだ読み取れた。
「ヴォード・フォン・ヴァロア王と、砂漠の王ユースフとの婚姻外交を記した当時の書記官の記録と、こっちが、ユースフ本人からの手紙です」
ギリアンは書簡に目を落としたが、記されている異国の言語を読み解くことはできなかった。
ジェードは代わりに、静かに読み上げる。
『幸運なるヴァロニア王妃エレオノーラ殿下へ
この贈り物が、貴女の御心を守る護符とならんことを
西の地より
ヴォードの友 ユースフ』
ギリアンは眉をひそめる。
「それだけ……? これでは証明にならないのでは?」
「記録の方には、同じ日付で、ファールーク皇国のユースフ・アル・ファールークより『ヴォード王の髪と瞳を象徴するオニキスのネックレス』が贈られたと記されている」
ヴィンセントの報告を聞き、ギリアンは、黙ったまま目を閉じた。
「……髪と、瞳……。つまり、黒髪と黒い瞳を、オニキスが象徴していた……」
ジェードが小さく頷く。
「はい。そしてそのネックレスは、代々ヴァロニアの王妃たちが身につけてきたものだと、宮廷の古参女官たちが証言してくれました」
「それが手元に戻れば、黒髪こそが『王家の証』であると、民にも明らかにできる」
ギリアンは椅子の背にもたれ、記憶を探るように言った。
「かすかにだが……母上が黒いネックレスをよく身につけていたのを覚えている。もし、まだ母上が持っているのなら……取り戻すことは不可能ではないはずだ」
「そのネックレスの形状は?」
ヴィンセントの問いに、ギリアンは顔を上げ、執務室の壁に掛けられた母后の肖像画を指差す。
その首元には、艶やかな黒い宝石が二連に並ぶ、重厚なネックレスが描かれていた。
その時、不意にヴィンセントが目を細め、遠い記憶を手繰るように言う。
「これは、ヴァンデ条約の式典で、リナリーが身に着けていた」
ギリアンの眉がわずかに動いた。
「そうか……シーランド王との婚姻が決まった姉上に、母上が託したのかもしれないな……」
誰も、すぐには言葉を継がなかった。
ギリアンにとって敵でもある、シーランド王太妃である姉から、どうやってネックレスを取り戻すことが出来るのか、すぐには思いつかなかった。
窓の外には、春の空を切り裂くように、一筋の風が流れていった。
ギリアンは椅子の背にもたれ、瞼を伏せる。
「……黒髪の証明のためだけじゃない……」
その声は、誰に向けたものでもなかった。だが、確かに部屋の空気を変えた。
「……あのネックレスは、ヴァロニアの王妃が身に付けるものだ。……姉上のものではない」
そして、ほんのわずかに迷いを孕んだ表情のまま、ギリアンは静かに告げた。
「……僕は、あのネックレスを……シルヴィアのために取り戻したい」
ヴィンセントにそう言うと、ギリアンの視線は、再び母后の肖像画に向けられていた。
その眼差しには、王としての意志と、まだ言葉にできぬ私情が、静かに混じり合っていた。
ギリアンは椅子に身を沈めたまま、じっとその気配を待っていた。昨晩、ヴィンセントとジェードが無事にヘーンブルグから戻ったという報せが届いた。
扉が静かに開き、ヴィンセントとジェードが姿を現した。
「お待たせしました、陛下。……これが、その手紙です」
ジェードが差し出したのは、封は破れ、紙は茶色く変色している手紙だった。それでも、筆跡はまだ読み取れた。
「ヴォード・フォン・ヴァロア王と、砂漠の王ユースフとの婚姻外交を記した当時の書記官の記録と、こっちが、ユースフ本人からの手紙です」
ギリアンは書簡に目を落としたが、記されている異国の言語を読み解くことはできなかった。
ジェードは代わりに、静かに読み上げる。
『幸運なるヴァロニア王妃エレオノーラ殿下へ
この贈り物が、貴女の御心を守る護符とならんことを
西の地より
ヴォードの友 ユースフ』
ギリアンは眉をひそめる。
「それだけ……? これでは証明にならないのでは?」
「記録の方には、同じ日付で、ファールーク皇国のユースフ・アル・ファールークより『ヴォード王の髪と瞳を象徴するオニキスのネックレス』が贈られたと記されている」
ヴィンセントの報告を聞き、ギリアンは、黙ったまま目を閉じた。
「……髪と、瞳……。つまり、黒髪と黒い瞳を、オニキスが象徴していた……」
ジェードが小さく頷く。
「はい。そしてそのネックレスは、代々ヴァロニアの王妃たちが身につけてきたものだと、宮廷の古参女官たちが証言してくれました」
「それが手元に戻れば、黒髪こそが『王家の証』であると、民にも明らかにできる」
ギリアンは椅子の背にもたれ、記憶を探るように言った。
「かすかにだが……母上が黒いネックレスをよく身につけていたのを覚えている。もし、まだ母上が持っているのなら……取り戻すことは不可能ではないはずだ」
「そのネックレスの形状は?」
ヴィンセントの問いに、ギリアンは顔を上げ、執務室の壁に掛けられた母后の肖像画を指差す。
その首元には、艶やかな黒い宝石が二連に並ぶ、重厚なネックレスが描かれていた。
その時、不意にヴィンセントが目を細め、遠い記憶を手繰るように言う。
「これは、ヴァンデ条約の式典で、リナリーが身に着けていた」
ギリアンの眉がわずかに動いた。
「そうか……シーランド王との婚姻が決まった姉上に、母上が託したのかもしれないな……」
誰も、すぐには言葉を継がなかった。
ギリアンにとって敵でもある、シーランド王太妃である姉から、どうやってネックレスを取り戻すことが出来るのか、すぐには思いつかなかった。
窓の外には、春の空を切り裂くように、一筋の風が流れていった。
ギリアンは椅子の背にもたれ、瞼を伏せる。
「……黒髪の証明のためだけじゃない……」
その声は、誰に向けたものでもなかった。だが、確かに部屋の空気を変えた。
「……あのネックレスは、ヴァロニアの王妃が身に付けるものだ。……姉上のものではない」
そして、ほんのわずかに迷いを孕んだ表情のまま、ギリアンは静かに告げた。
「……僕は、あのネックレスを……シルヴィアのために取り戻したい」
ヴィンセントにそう言うと、ギリアンの視線は、再び母后の肖像画に向けられていた。
その眼差しには、王としての意志と、まだ言葉にできぬ私情が、静かに混じり合っていた。
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