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第四章 わたし、子を、授かりました
二つの火
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リナリー陣営より正式な通達が届いた――。
明日、リューエルにて代理戦争を開戦するとの布告である。
地図の上には、いくつもの印が置かれていた。
リューエル、中央大教会、王都ランス。
その周囲には、ギリアンの参謀たちが重い沈黙のまま立ち尽くしていた。
「……明日、リューエルにて代理戦争が開戦される。敵方から、我らに代表者の提示を求める正式な通達があった」
ギリアンが地図を見下ろしながら、淡々と告げる。
その声は冷静だったが、こめられた緊張は誰の耳にも明らかだった。
「陛下。中央大教会では、ジェード・ダークの火刑準備が進んでおります。儀式は明日、正午と見られます。これは代理戦争に被せてきたとしか」
「代理戦争の、陛下の名代は、ヴィンセント卿だ! それならば間違いなく勝てるはずです!」
一人の参謀が口を開いた。
「ああ。僕の代理はヴィンセントだ。だから、代理戦争についてはヴィンセントに任せて、こちらは火刑の阻止に注力したい」
ギリアンの言葉に、場にいた者たちは小さく頷いた。
しかし、ギリアンの顔には安堵よりも不安が色濃く浮かんでいた。
ヴィンセントの強さは、リナリーも知っている。
それなのに、なぜ、あえて負けるとわかっている代理戦争をヴィンセント相手に仕掛けてきたのか?
(……バルダレク戦の前、ヴィンセントが言っていたな。『今回は、相手が悪かったのかもしれない』と……。リナリー陣営に、ヴィンセントと互角に渡り合える相手がいるとでも?)
ギリアンの思考は深く沈んでいた。
重く、張り詰めた空気が執務室を支配する。
「姉上は、意図的に代理戦争の通達を遅らせてきた。こちらに判断の猶予を与えたふりをして、逃げ場をなくすために」
「陛下、敵はジェード・ダークを生贄にして、我らに剣を抜かせようとしているのです!」
「わかっている。これは罠だ。代理戦争を拒否する隙も与えない上、ジェードが燃やされても、火刑を阻止しても、我らが民心を失う」
ギリアンは地図から目を離さず言った。
「火刑を止めれば、魔女を助けた異端者とされ、ジェードの命が消えれば、黒髪への差別が再燃する。どちらを選んでも、僕は信頼を失う構図だ」
その時、控えていた近衛が扉を開けた。
「陛下、王妃様にございます」
ギリアンが目を上げると、翠の瞳の王妃、シルヴィアが静かに入室した。
少しだけ裾を持ち上げ、丁寧に礼を取る。
「お忙しいところ、申し訳ありません。少しだけ……お時間をいただけますか?」
「もちろんだ。……どうしました?」
ギリアンが椅子を引くと、シルヴィアは歩み寄り、そっと封書の束を差し出した。
その最上部には、中央大教会の印が押されている。
「本日、わたしの名で教会に宛てた照会状を、宰相府の使者を通じて届けました。内容は、王妃の命による情報照会と、処罰の延期要請いう形式です。……おそらく、火刑の手続きに多少の影響を与えることができるかと」
ギリアンは黙って受け取り、目を細めて頷いた。
「……ありがとう、シルヴィア」
ギリアンの声音には緊張があった。
彼の思考の深淵では、二つの火が同時に燃え上がろうとしていた。
一つは、法の名を借りた信仰の火。
もう一つは、正義の名を問う、血の火。
「民も、騎士たちも……そして、黒髪の少女も。わたしたちは、あなたが選んだ正義を信じています」
シルヴィアの声は静かで、けれど凛としていた。
ギリアンは地図の上に置いた手を握りしめる。
だが、王の口からは、まだ『出陣』の言葉は発せられていなかった。
明日、リューエルにて代理戦争を開戦するとの布告である。
地図の上には、いくつもの印が置かれていた。
リューエル、中央大教会、王都ランス。
その周囲には、ギリアンの参謀たちが重い沈黙のまま立ち尽くしていた。
「……明日、リューエルにて代理戦争が開戦される。敵方から、我らに代表者の提示を求める正式な通達があった」
ギリアンが地図を見下ろしながら、淡々と告げる。
その声は冷静だったが、こめられた緊張は誰の耳にも明らかだった。
「陛下。中央大教会では、ジェード・ダークの火刑準備が進んでおります。儀式は明日、正午と見られます。これは代理戦争に被せてきたとしか」
「代理戦争の、陛下の名代は、ヴィンセント卿だ! それならば間違いなく勝てるはずです!」
一人の参謀が口を開いた。
「ああ。僕の代理はヴィンセントだ。だから、代理戦争についてはヴィンセントに任せて、こちらは火刑の阻止に注力したい」
ギリアンの言葉に、場にいた者たちは小さく頷いた。
しかし、ギリアンの顔には安堵よりも不安が色濃く浮かんでいた。
ヴィンセントの強さは、リナリーも知っている。
それなのに、なぜ、あえて負けるとわかっている代理戦争をヴィンセント相手に仕掛けてきたのか?
(……バルダレク戦の前、ヴィンセントが言っていたな。『今回は、相手が悪かったのかもしれない』と……。リナリー陣営に、ヴィンセントと互角に渡り合える相手がいるとでも?)
ギリアンの思考は深く沈んでいた。
重く、張り詰めた空気が執務室を支配する。
「姉上は、意図的に代理戦争の通達を遅らせてきた。こちらに判断の猶予を与えたふりをして、逃げ場をなくすために」
「陛下、敵はジェード・ダークを生贄にして、我らに剣を抜かせようとしているのです!」
「わかっている。これは罠だ。代理戦争を拒否する隙も与えない上、ジェードが燃やされても、火刑を阻止しても、我らが民心を失う」
ギリアンは地図から目を離さず言った。
「火刑を止めれば、魔女を助けた異端者とされ、ジェードの命が消えれば、黒髪への差別が再燃する。どちらを選んでも、僕は信頼を失う構図だ」
その時、控えていた近衛が扉を開けた。
「陛下、王妃様にございます」
ギリアンが目を上げると、翠の瞳の王妃、シルヴィアが静かに入室した。
少しだけ裾を持ち上げ、丁寧に礼を取る。
「お忙しいところ、申し訳ありません。少しだけ……お時間をいただけますか?」
「もちろんだ。……どうしました?」
ギリアンが椅子を引くと、シルヴィアは歩み寄り、そっと封書の束を差し出した。
その最上部には、中央大教会の印が押されている。
「本日、わたしの名で教会に宛てた照会状を、宰相府の使者を通じて届けました。内容は、王妃の命による情報照会と、処罰の延期要請いう形式です。……おそらく、火刑の手続きに多少の影響を与えることができるかと」
ギリアンは黙って受け取り、目を細めて頷いた。
「……ありがとう、シルヴィア」
ギリアンの声音には緊張があった。
彼の思考の深淵では、二つの火が同時に燃え上がろうとしていた。
一つは、法の名を借りた信仰の火。
もう一つは、正義の名を問う、血の火。
「民も、騎士たちも……そして、黒髪の少女も。わたしたちは、あなたが選んだ正義を信じています」
シルヴィアの声は静かで、けれど凛としていた。
ギリアンは地図の上に置いた手を握りしめる。
だが、王の口からは、まだ『出陣』の言葉は発せられていなかった。
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