氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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第四章 わたし、子を、授かりました

王妃の証

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 王宮の門が開かれたとき、そこに立っていたのはシルヴィアだった。
 外套を羽織っていたが、風にあおられ、雨がその肩を容赦なく濡らしている。

「……おかえりなさい」

 静かに告げた言葉に、ギリアンは馬を降り、無言で頷いた。
 その瞳には、すべてを背負った王としての重みが滲んでいた。
 シルヴィアはまっすぐにその姿を見つめる。――王として帰ってきた彼を、王妃として迎えるまなざしで。

「……助けられなかった」

 ギリアンの声はかすかに震えていた。
 だが、シルヴィアは首を振る。

「あなたは、王として……正しいことをしました」

 ギリアンは顔を伏せた。
 雨粒が頬を伝ったのか、それとも――

「……王命が踏みにじられた。……あなたの正義が踏みにじられたのです。……僕は……もう神殿も、宗教も、……決して許さない」

 その声には、怒りよりも深い、痛みと哀しみがあった。



*   *   *   *   *



 徒歩で戻ったラシェルが、王宮の回廊に足を踏み入れた時も、雨はまだ降り続いていた。
 濡れたままの衣服が冷たく肌に張りつくが、ラシェルは気に留めることもなく歩き続ける。

 謁見の間に通されると、そこにはすでに王と王妃の姿があった。
 先に口を開いたのは、シルヴィアだった。

「……ラシェル!」

 ラシェルの姿を認めた瞬間、シルヴィアは小さく息を呑み、迷いなく歩み寄った。
 そして、ずぶ濡れのままのラシェルを、躊躇うことなく抱きしめた。

「ご報告を……」

 ラシェルが掠れた声で言うと、シルヴィアはその言葉を遮るように、そっと囁いた。

「ありがとう。あなたがいてくれて、本当に良かった……」

 ラシェルは一瞬、戸惑ったように身を強張らせた。
 だが次の瞬間、そっとその腕を返し、ぎゅっと王妃の手を握った。

「……王妃様の命が、あったからです」

 その言葉に、シルヴィアは微笑み、ラシェルの濡れた前髪をそっとかき上げた。

「ヴィンセント卿も……あなたも、ホープも。皆、良くやってくれたわ」

 ちょうどその時、扉の向こうから足音が響いた。
 現れたのは、血に濡れた軍装のままのヴィンセントだった。
 左掌には包帯が巻かれ、赤と雨が滲んでいる。髪や服からは、水が滴っていた。
 だがその手には、小さな黒い箱が握られていた。

「……お戻りになったのですね」

 シルヴィアが驚いたように言うと、ヴィンセントは無言でその箱をギリアンへ差し出した。

「オニキスのネックレスだ。王家の黒髪の証明……リナリーから奪還してきた」

 ギリアンはしばし無言でそれを見つめ、そして小さく、かぶりを振った。

「もう必要ない。今回の騒動で、誰も僕の黒髪を疑わなくなった」

 だが次の瞬間、ギリアンはその小箱を開き、中のネックレスを取り出した。
 そして、隣に立つシルヴィアの首元に、そっとそれをかけた。

「だけど……これはのものだ。僕の正当性ではなく、を示すために」

 淡い光を受けて、オニキスが静かに煌めいた。
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